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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
幕間
103/172

変態四人組

 キャニオンスライムの一件から二日後、漸く多々良の修理が完了しようとしていた。

 もう少し早く完了すると思っていたが、最終チェックに時間がかかっているようだった。しかし、ポッドには残り0.2%と表示されていて、あと一時間もしない内に多々良は目覚める……と予測出来た。

 そんな中「なかなかですね……」と言うイジドの呆れ声が六瀬の怒りを買う。


「何がだ?」

「いえ……ともかく、何度も言いますが、もう一着買った方が良いです」

 六瀬とヴィスの真実を知る人物、イジドとブルーノン。

 彼らはヴィスと共に六瀬の自宅へ赴き、多々良の裸体の前でくつろいでいた。

 壊したはずの腕と足は、何のギミックも無い予備の義肢に変わっていて、先日の戦闘は無かったかのように、平気な顔で遠慮の無いセリフを投げてくる。

 いや、遠慮がまったくない……という事でもない。ヴィスと同じ存在だと認識した様で、一応会話では敬語という形で敬意を示していた。


「そもそも、その服は誰が用意したんだ? まさかお前が女物の下着まで買って来た……なんて事は無いだろ?」

 椅子に座って足を組み、マグカップに入った水を片手にヴィスが聞いて来る。

「アズリだ。お前がルマーナの店に来た時、赤いドレスを着た女が居ただろ。そいつだ」

「ああ、居たな。因みにお前も買い物(それ)に付き合ったのか?」

「当然だ。支払いは俺だしな」

「前日に拷問まがいの殺しをやって次の日はデートか。豪胆だな」

「胸糞悪い現場にあいつも居た。落ち込んでいたからな……慰めになったか分からないが気分転換くらいにはなったろう。だからまぁデートなんて洒落た物ではない。それに早く用意しないと多々良が起きてしまう。急いでいたしな」

「それをルマーナとやれ」

「意味が分からん。それに本来は彼女に用意してもらいたかったんだ。だが、店を紹介するだけで終わってしまった。行く気が無かったんだろう……俺にだってそれくらいは分かる。そもそも彼女は忙しい立場の女だ。無理強いは出来ない」

「本気で言ってるのか。お前は……」

「当たり前だ。空気くらい読める」

「ご愁傷様としか言えないな……」


「スタイルはルマーナ嬢と同じなんですよね。この人」

 と今度は多々良を見ながらイジドが問う。

「何度も言ってるだろ。だから彼女に頼んだんだ」

「……だからこそ、もう一着買ってくださいと言ってるんですが……」

「だから意味が分からん」

 ヴィスは「まったく……」と呆れ、イジドは「ホント、なかなかですね」と呆れる。

 多々良の修理が完了した後、直ぐに自分も使いたいと言うヴィスに、少しで良いからポッドを見てみたいとイジドとブルーノンがついて来た。

 多々良の裸体を一般人に見せるのはどうかと思ったが、バレなければ問題無いだろうと判断した。

 しかし、今は少し後悔している。

 無言のブルーノンは置いといて、ヴィスとイジドが意味不明な圧力をかけてくる。

 多々良の為に用意した服を見て、何処で手に入れた? とか何とか何度も同じ事を聞いて来て、何度も同じ事を言う。

 最初は適当に答えていたが、今は言葉の度にイライラした。


「……とりあえず、同じサイズの服は俺が用意してやる。それをルマーナに渡せ」

「だから何でだ」

「はっきり言う。ルマーナはお前からの贈り物を期待している」

「そんな訳ないだろう」

「あるから言ってるんだ。女に服のサイズを聞いた上、その女の前で贈り物だと答えたんだろ? ルマーナはかなりスタイルが良い。完璧に近いと言ってもいい。正直アレを超える女はそうはいない。誰に贈るつもりか……なんて、選択肢が決まっている様なものだ」

「ここにいるだろう。多々良が」

「確かにこいつも良い体してる。ルマーナと同じサイズの服でぴったりだ。だが、彼女は多々良の存在を知っていたのか? 知らないだろう?」

「当たり前だ」

「だったら予測できるだろ。贈る先が自分だと勘違いする彼女の思考が」 

「……何故そうなる。俺には理解出来ないが?」

「本当にお前は……」

「ヤバいですね。というかルマーナ嬢が不憫です」

「……帰れ。お前ら」

「とにかく六瀬。俺の言う通りにしてくれ。渡すだけでいい。金はいらない。これはお前の為でもあるし、ロンラインの為でもある。協力してくれ」

「……わかったよ」


 ちょっとした手土産として菓子や雑貨は理解出来るが、服は如何なものか。

 恋人同士ならばあり得るが、ルマーナとはそういった関係ではない。

 服を送って、妙な好意を向けられては困る。

 等と六瀬は思うが、もし、本当にルマーナが贈り物を期待しているとするならば、友好的な関係を保つ為に一役買ってくれるだろう、とも思う。

 それに金はヴィスが払うというのだから、多少面倒でも言う通りにしておいて損はない。


――飯と酒の礼だという事にしておこう。


 そういう事にしておこう。

 六瀬はそこで考えるのを止めた。


「それよりもブルーノン。いつにも増して無口だな。どうした?」

 イジドが問う。

 ここに来てから「む」とか「どうも」とか、それしか言葉を発しなかったブルーノンは腕を組み、立ちっぱなしでじっと多々良を見ている。

 ルマーナの件でどうこう話していた会話にも一切関与せず、心ここにあらずといった雰囲気だった。

 二日前、イジドとあれだけ会話していたのに急にどうした? と疑問が沸く。

 もしかしたら普段はこういった人物なのだろうか。


「お前好みの女だったか?」

 今度はヴィスが問う。すると、

「……はい」

 と一言。しかし、

「そうか。でも、やめておけよ」

 とヴィスは即、くぎを刺した。


「そうそう。彼女は兄貴と同じ存在なんだ。ブルーノン、お前よりずっと長生きするんだぜ? 不幸になるのは目に見えてる」

「言われなくても分かっている。だが、幼女趣味のお前よりはマシだ」

「はぁ? 誰が何だって? 俺は可愛い()が好きなだけだ」

「リリといい、【ニア】の娘といい……幼女趣味以外に答えがあるのか?」

「お前知らないのか? 【ニア】のあの娘はな、もう二十歳だ……ったはずだ。彼女はな、背が低い、それだけなんだよ」

「十分な理由だろう」

「偏見だな。大勢の男達に袋叩きに会うぜ」

「大勢? はっ。一部の間違いじゃないのか?」

「いや、お前が知らないだけで多いんだぜ。同志は」

「……変態が」

 前言撤回。

 やはり意外と喋る奴だと六瀬は認識を改めた。


「それよりも例の花屋、教えてくれ。【ニア】の娘が通っていた例の」

「断る」

「おいおい、約束しただろ」

「約束した覚えはない」

「何だ。不毛な恋だと言われたから拗ねてるのか?」 

「何だと?」

「似た様な体してんだからルマーナ嬢にアタックしろ。その方が現実的だ。まぁ、恋敵はいるがな」

 イジドはチラッと六瀬を見た。


――なんだ?


 だが、直ぐに視線を戻した。


「……ルマーナ(あんなの)と同じにするな」

「……ん? 待て。ブルーノン、お前、本気で気に入ったのか?」

「一目惚れと言っても過言ではない」

 ブルーノンは多々良をみつめながら言う。

 六瀬の目からみても、多々良はイイ女だ。

 子供の頃から知っているのだから、性格も熟知している。彼女が人間であれば、レプリケーダーでなければ、躊躇なくお勧め出来る人物だ。

 とはいえ、ブルーノンと釣り合うかと聞かれれば、それは否定する。

 そもそもブルーノンは多々良の趣味じゃない。


「マジかよ。だが……確かに、きめ細かい肌は俺でも唸るくらに綺麗だし、色々とまぁ、擦れてない色だ。経験無いのかもな。もし、そうなら……悪くはないな」

 言いながらイジドは、多々良の体を上から下まで観察するかの様に眺めた。

 その目は変態的で、ブルーノンの先のセリフに同意したいと六瀬は思った。

「お前は体だけか?」

「なんだ。お前は違うのかよ」

「スタイルもそうだが、この顔だ」

「……美人ではあるな。ロンラインで働いたら相当な人気出るだろ。これなら」

「……目だ」

「目?」

「目が良い。ほら見ろ。この大きな目だ。引き込まれそうだろ?」

「……確かにな……って……ん?」

 

 いつの間にか多々良の目が開いていた。

 そこでやっと気がついた。

 気づくのが……遅すぎた。

 あと一時間と判断したロクセの予測は間違っていた。

 最後の0.2%は予想以上に早く消えてしまい、完了の文字へと変わっていた。

 最終チェックが最後の最後で本気を出したのだ。

 ダウンロードが後半で急に進む現象と同じ。


「む?」とブルーノン、「マズい」とヴィス、「しまった」と六瀬。

「聞こえていたわ。何が良いって? 目が? ありがとう。褒めてくれて」

 多々良は既に起動していて、じっと会話を聞いていた。

 無表情のまま、生まれたままの姿でポッドから出て来る。

 六瀬は多々良の性格を熟知している。

 これは……本当に、マズい。

 やってしまった、という後悔が六瀬の脳裏をかき乱した。


「擦れてない体ね……。直ったばかりだもの、確かにそうかもね。でも私、元からこうよ。男が喜ぶ体だったみたいで嬉しいわ」

 皮肉だ。

 抑揚の無い声を乗せる言葉が怖い。

 そして、ブルーノンが評価したその大きな瞳を使い、ゴミを見る様な表現をする。

「六瀬隊長……この状況、説明できますか?」

 ゆっくりと六瀬を見やり、そしてゆっくりと語る様に問う。

 少しくらいの下ネタでも冗談で返すし、誰にでも気さくでノリが良い。意外と女の子らしい趣味を持っていて、気が利くし面倒見も良い。

 何度もいうが多々良の性格は熟知している。

 だからこそ、彼女にはこの状況を容認出来る程の寛容さは無い、と断言できる。

 怒ると怖い。

 それも断言できる。

 六瀬には最早、この状況を打破する手段はない。

 否、六瀬だけではなく、この場に居る誰もがそんな手段を持ち合わせていない。


「いや……」

 答えられずにボソッとそれだけを呟くと、多々良は周囲を見回した。

「クロヴィスと……知らない男が二人。そ。皆で私の体を鑑賞してたって事ね」

 多々良はヴィスの存在に驚きもせず、自らこの状況を的確に判断した。

「よ、よう。多々良。久しぶりだな」

 遠慮がちに手を上げて、しかし出来るだけ気さくに挨拶するヴィス。

 しかし、ゴミを見る目のまま無言を突き通し、多々良はその挨拶をガン無視した。


「……修理もメンテナンスも裸でするし、慣れてはいるわ。見られても気にしない。でもね。尊厳ってあると思うの」

 顔を上げ、天井をみつめながら言う。そして「ですよね?」と六瀬に顔を向けた。

 ギュンと一瞬で顔を向ける仕草は恐怖だ。

 六瀬は「ごもっとも……」と言って目を逸らした。


「そこの二人はダイバーボーグね。いいわ。今度、死なない程度に可愛がってあげる」

 イジドとブルーノンは終始無言だった。

 イジドの顔は引きつり、変な汗が額に滲んでいる。

 ブルーノンは何故か恍惚的。

 戦えるのが嬉しいのか、それとも多々良の動く姿や話す声を聞いて興奮しているのか。


「で、クロヴィスと六瀬隊長」

「「はい」」

 返事は「ああ」でも無い「おう」でも無い。

 二人は完璧な意思疎通で上司へ向ける様な丁寧な返事をした。

「お二人はどうしますか?」

「……物理はやめてくれ……下さい」

「同じく。俺はポッドを持っていないからな。これ以上の故障は困……ります」

「そうですか。では、考えておきます。拒否権はありませんのでよろしくお願いします」

「「わかりました」」

 ここでも完璧な返事。

 

 六瀬は心の底から後悔した。

 こんな事になるなら、こいつらを招き入れるんじゃなかった……と。

 ヴィスの修理は、多々良が目覚めて、少し落ち着いてからで良かったじゃないか……と。

 冷静に考えれば、イジドとブルーノンは多々良の裸を見たかっただけだったのかもしれない……と。

 いつ目覚めてもおかしくなかったのだから、外野はさっさと帰らせた方が良かった……と。


 今ではもう遅い。

 怒らせると怖いのだ。

 多々良の性格は……熟知している。


「……何ぼーっとしてるんですかっ。服っ! 早く!」

「「はいっ!」」


 完璧な返事。

 練度の高い、息の合った返事。

 六瀬は思った。


 ヴィスとは上手くやって行けそうだ。と。

時系列は、幕間2→幕間→エピローグとなってます。


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