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新星のアズリ  作者: 赤城イサミ
【エピソード2】 エピローグ
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エピローグ

 子供の回復力は凄いね、とルマーナに言われた。

 十日も経つと目元の腫れは引き、手足の包帯も取れた。傷も癒えて来て、今では残ったかさぶたが少し痒いだけ。

 ティニャは良く見える様になったその大きな瞳でラブリー☆ルマーナ号のブリッジを興味津々に見回した。

「ここがブリッジだよ。そしてこれが船長席」

 隣に立つルマーナが、ソファーの様な大きな椅子を叩きながら言って来た。

 ティニャは「ふかふかだね」と言ってその船長席に座った。

「ティニャはまだ体が小さいからね。座る時はあたいと一緒にここに座りな」

 ティニャは上目遣いで「うんっ。ここがいい」と答えた。


 たくさん泣いたあの日、ティニャに新しい母が出来た。

 ティーヨの事は受け入れたくなかった。だが、受け入れなければならないと、その新しい母……ルマーナが言った。

 ティーヨには本当の母。自分にはルマーナがついていてくれる。

 何故だろうか。

 それだけで、驚く程に安心してしまった。


「おはよう……って珍しい。ルマーナがもう居る」

 サラがブリッジへ入って来て言う。

「ルマーナ様おはようございま~す。って早っ」

「ルマーナ様おは~。早いですね~」

 次いでパウリナとメルティもやってきて、軽い挨拶をした。

「早くて悪かったね。ティニャがあたいの船見たいって言うから連れて来たんだよ」

「え? あら本当。船長席にティニャちゃん座ってる」

 ティニャの座高は椅子の背もたれよりも低く、体は完全に隠れている。

 覗くようにサラが見つめて来て、わざとらしく驚いた。

 するとパウリナ達も覗いて「やだ~可愛い」とか「船長席に小さな女の子。尊いわ~」等と喜んだ。

「そんな事言ってないで、ほら、早く起動準備しなっ」

 ルマーナはしっしっと追い払う仕草をし、サラ達は「はいは~い」と適当な返事をした。

 三つある操縦席に三人が座り、何やらごちゃごちゃと計器を見ながら機械を操作し始めた。


「サラ、少しふかし気味にして~。調整したの確認したいから……ってルマーナ様がもう居る!」

「早いね~ルマーナ様。あ、サラ~。もう格納扉開けてもいい~?」

 今度はパームとローサがブリッジに入って来て、先の三人と同じ驚きを見せた。

「……居ちゃ悪いの?」

「いいえ。全然~」

「出航するまで寝てても良いですよ」

「馬鹿にしないでちょうだい」

 パームとローサは言いたい事を言って笑いながら立ち去ろうとする。すると「船長席にティニャちゃんいるよ~」とパウリナが振り向きながら声をかけた。

「え? 嘘っ。きゃーホントだ可愛い!」

「これからはティニャちゃんがそこに座ってルマーナ様は立ちっぱなし?」

 と、先の三人同様に覗きながら喜びを表現する。

「ふざけた事言ってないで、仕事しなっ。仕事っ」

 そして彼女達も「はいは~い」と適当な返事を残し、ブリッジを後にした。

「まったく。ごめんねティニャ。こんなのばっかりで」

「ううん。楽しい。それに皆優しいから大好き」


 ルマーナの店に引っ越して、ティーヨを母の元へ返してから、三日程新しい部屋で療養した。その間、ルマーナの店に住む皆が、とっかえひっかえ様子を見に来て慰めてくれた。サラを含めたお姉さん達に幾度となく抱きしめられ、そして彼女たちは一緒に泣いてくれた。

 それがなければ、今こうして元気な笑顔を見せていないとティニャは思う。

 きっと、まだまだ、ずっとずっと気持ちの引きずりを感じていただろう。

 ルマーナから得た安心があったとしても、心からの笑顔は作れてなかったかもしれない。

 優しい皆の想いと、少し硬く感じる胸は(おっぱい)一生忘れない。


「皆さん。おはようございます。どうですか? 準備出来てますか? ……ってルマーナ様っ。早いですね! 驚きです」

「うわぁ、ルマーナ様が居るでさ。驚いて数キロ痩せた気分でさ」

「あんた達……」

 今度はキエルドとレッチョだ。

 三度目ともなると、流石に彼女の私生活を窺い知る事が出来る。


――ルマーナ様ってお寝坊さんなんだね。


 そんな彼女は可愛い、とティニャは思う。

「ちょっと早めに来てティニャに船内を案内しただけで……なんなんだい、あんた達」

「いえいえ、悪い意味ではないですよ。良い意味で驚いているのです。それと期待です」

「そうでさ。これからも、そうして欲しいっていう期待でさ」

「……うるさい」

「で、そのティニャちゃんは何処に?」

「ここに座ってるよ」

 言うと、二人もソファーを覗いた。

「座ってる姿、ルマーナ様よりも似合ってますよ。座り心地はいかがですか? ここ特等席ですから見渡せるでしょう?」

「うん。気持ちいい」

「ルマーナ様、これからはティニャちゃんにこの席譲るでさ? でも立ちっぱなし……は大変でさ。おいらが隣に椅子作るでさ。木材で」

「あんた達っ。あたいを馬鹿にしてんのかい!」

「ショック! そんな事はありません。私はいつもルマーナ様を尊敬しておりますよ」

「同じくでさ」

「で、そんな事より、今日からティニャちゃん、船掘デビューですか?」

「仕事はさせないからデビューとは言えないね。連れて行くだけだよ。広い世界見せて良い女に育って貰いたいからね」

「良い考えです。いつか本当にその席が彼女の席になるでしょうし」

「だったら良いね。勿論その時は、あたい、隠居するよ」

「サボる気満々でさ。それは駄目でさ。お目付け役で居ないと。おいらがちゃんと席を用意するでさ。木箱で」

「馬鹿にするんじゃないよっ」

 そんな会話を聞いて、サラ達は笑った。


 ルマーナの店のオーナーで、二番通りで一番偉くて、ルマーナ船掘商会の船長でもあるルマーナを、軽い調子でいじり、それを一つの楽しみにしている仲間達。

 そんな仲間達に「まったく……」と独り言ちるだけで、それが日常である事を示す苦笑を見せるルマーナ。

 この人達はきっと、心で繋がっているのだとティニャは思う。

 これから先、自分が大人になったら、彼女の様に大勢の人と心で繋がりたい。そうすればきっと、今よりずっと住みやすい世界を作る事が出来る。そう思う。


「落ちた船の種類は避難艇だろうとの事です。今の所、私達しかこの情報知らないはずですから、他に取られる前に急ぎますよ」

「わかってるよ」

「今回の仕事で壊れた探査艇直すでさ。ルマーナ様、ローンは無しでさ。絶対に回収するでさ」

「……わ、わかってるよ」

 ティニャは「そんなに強く言うんじゃないよ。あたいだってローンは組みたくないよ……出来るだけ」と小さな声でぶつくさ言うルマーナを見て微笑んだ。

 と、その時、格納庫の扉がガコンガコンと大きな音を立てて開いた。

 薄暗いブリッジに光が差し込んでくる。

 格納庫群は高い崖に横穴を掘る様に作られているとの事。

 遮る物が何もない美しい世界の、これでもかと言わんばかりの壮大な景色が、ティニャの視界に飛び込んで来た。

「うわぁぁ」

 これからずっと、沢山の()()が飛び込んでくるだろう。

 そう思うだけでワクワクした。

 船掘は危険な仕事だと聞いているが、ティニャにとってはどうでも良い事だった。

 ルマーナが居て、優しい皆が居る。それだけで十分。

 あの下級街から飛び立つ事が出来たのなら、それだけで十分幸せなのだ。


 一羽の鳥が飛んだ。

 開いた扉を横切る鳥は青い羽根を大きく羽ばたかせて飛んで行った。

 そんな鳥を見てティニャは昔を思い出した。


 まだ中級街に住んでいた三つか四つの頃、時折、母の姉が、子供を連れて会いに来る事があった。

 母の姉はロンラインで働いていて、とても偉い人と結婚した。しかし、上級街の外へ殆ど出して貰えなかった。三人目の子供が出来た頃、漸く、夫の目を盗んで外出する術を知り、妹に会いに来る事が出来たという。

「遊ぼうよ」

 母親に連れてこられた男の子はいつも開口一番にそう言って、帰るギリギリまで一緒に遊んでくれた。

 近所でかくれんぼしたり、意味なく散策したり、ハルマ焼きを一緒に食べたり。

 五つくらい年上の男の子だったから、ティニャにとっては優しいお兄ちゃんだった。その子から姉弟の大切さや思いやりを学んだ。

「次来た時、トットに会わせてあげる。鳥なんだけど、僕の親友なんだ。ティニャもきっと友達になれる。楽しみに待ってて」

 ある日の帰り際、その子はそう言いながら笑顔を向けてくれた。大きく手を振って「またね」と去る姿が印象的だった。

 しかし、その日が来る事は無かった。

 何があったか知らないが、その日を境にピタッと来なくなった。

 それでもティニャは、いつかその子が来ると信じて待っていた。


 だが、そんなある日父が死んだ。

 狩猟商会で働いていた父は何処だか知らない場所で死に、遺品だけで戻って来た。

 母は数日間泣き崩れ、墓の無い父の遺品だけを胸に抱いて下級街へと引っ越した。

 母も二人の子供を育てる為に、中級街へ舞い戻る為に、父と同じ狩猟商会で働いた。

 そして、その母も、去年、左腕一本の状態で戻ってきた。

 狩猟商会の知らないおじさんが、その腕を集合墓地へと持って行き、恐ろしく小さな墓の場所だけを教えてくれた。

 今はティーヨもそこに眠っている。

 母とティーヨはその場所で一緒に過ごしているのだ。

 だから、トットの親友のその男の子だって、きっと今も母親と一緒に幸せに過ごしていることだろう。

「またね」と去った時の笑顔を思い出すと、きっと大丈夫だと信じられた。

 今こうして、自分もルマーナと一緒に居れて幸せなのだから、きっと同じ。

 キャニオンスライムに襲われた時、ルマーナが母に見えた。

 それも今考えれば、運命がそうあるべきと示してくれたからに違いない。

 そして、そう見えた理由も今なら分かる気がする。

 昔遊んだ男の子……その母親にルマーナが似ているからだ。


「起動準備完了です」

「エンジン温まったよ~」

 パウリナとメルティが振り向きながら言った。

「全員乗ってるから、いつでも大丈夫。飛べるわよ」

 サラも振り向きながら言う。

「やっと飛べるね。ティニャ、楽しみかい?」

「うん。楽しみ」

「そう。じゃあ、広いこの世界。存分に楽しみな」

「うん!」

 狩猟商会とは違うが、自分も両親と同じく世界を探索する事となる。

 ロンラインで働いて、世界を見て回って、立派な大人になるのだ。


――お姉ちゃん。ティーヨの分まで頑張るからね。見ててね!


 ずっと遠くで、先程見かけた鳥がいつの間にかつがいを伴い、踊る様に飛んでいた。

 まるで、今日という日を祝うかのようだった。


「それじゃあ行くよ。ラブリー☆ルマーナ号、しゅっ」

 と、ルマーナが意気揚々とかけ声を上げた時、ザザッと通信が入った。

『あ~ルマーナ様。ちょっといいですか?』

 男性の声だった。たぶん、ルマーナの店のキッチンとか受付にいる人の声だとティニャは思い出す。

「なんだい! もう出航するんだよ!」

『あ~えっとですね。お客さん来てるんですよ。事務所に』

「こんな時に……まったく。無視だよ無視。もう出航したって言いなっ」

『いや、それがですね……』

「うるさいっ。せっかくイイ所だったのに。かっこいい場面が台無しじゃないか」

『はぁ~すいません。じゃあ、帰ってもらいますね』

「そうして頂戴!」

『了解です。あ、因みにお客さんは例の……えっとロクセさんって方です。では』

「ちょっと待った~~!」

『はい?』

「何でそれを早く言わないんだいっ」

『え? ああ。すいません』

「よ、要件は?」

『……さぁ。でも大きな袋持ってますよ。チラッと見えましたが、リボンが付いている様でした』

「プ……プレ……。ひゃぁぁぁ! キターーーーー!」

 ルマーナは大きな悲鳴を上げて小躍りした。


「ど、どうしようキエルド、あたいこんな格好」

 ルマーナの店で働いている時とは違い、今は船掘用の作業服。

 ティニャはその服もカッコイイから好きだと思うが、彼女の焦り様を見ると彼女自身はそうでもないらしい。

「どうしようと聞かれましても……どうしようもないですよ。そのまま受け取ってくるなりなんなり、とにかく早くして下さい」

「そ、そうだね。そうするしかないね」

 ルマーナは崩れてもいない襟を正して踵を返し、小走りでブリッジを去った。

 そしてその際、こんな事を言い残した。

「出航取り消し。今日は記念日だよ。皆休み。ハイッ解散っ!」

「「「えーーーーっ!」」」

 あまりに急なスケジュール変更に皆が驚きと呆れの声を上げた。

 勿論、そんな事は無視してルマーナはブリッジを去った。


「……アレで一児の母ですからね……本当にあんな適当な人でいいんですか?」

 キエルドが聞いて来た。

「うん。いい」

「こぶ付きになっても乙女ですからね……」

「ティニャ……居ちゃ邪魔?」

「いいえ。むしろ逆です。あなたが居てもルマーナ様を好きになってくれる男こそ、信頼に値します。感謝してますよ我々は。これからもあの人をよろしくお願いしますね」

 キエルドが言うと「そうそう。おバカだけど私達がついていく女だから。ティニャちゃんも適当にあしらって、上手に引っ張ってあげて」とサラが毒を吐いた。

「ああ、確実に探査艇はローンでさ」

「ですね。……お金の使い方だけはこの子が真似しないよう、皆で守っていきましょう」

「「「同意!」」」


 楽しみにしていた船掘業。ワクワクが消えてしまったが気にしない。

 ティニャは思う。

 ルマーナや彼女について来る仲間達、そして、ルマーナの店や姉妹店にいる女性達。その輪の中に入れた事、そこで生きていける事こそが自分にとっての、ずっとずっと続くワクワクなのだと。

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