特別企画短編~とあるハロウィンにあった出来事~
ハロウィン。
それは古代ケルトを起源とするお祭り。とはいえ、現代の日本人の間では大規模な仮装パーティーぐらいの認識でしかないだろう。子供も大人も笑顔で過ごしている時間の裏ではこんな事が起こっていた。
とある一軒家にてテレビを見ながら二人の青年がポテチを食べていた。青年の一人が番組をコロコロと変えていると、ちょうどニュース番組がやっていた。その番組では大勢の仮装をしている人々が町中に溢れている光景が映し出されていた。
「ハァ……ついにこの日が来てしまったか」
「なんだよ、ジャック。そんな雪女の料理を食べさせられたみたいな顔をして……何かあったっけ?」
「恭二、それは雪女の前でだけは言うなよ?そうじゃなくてさ、今日はハロウィンだろ?街に出たらやたらと写真を撮られるんだよ。その癖、誰も俺の事を怖がったりしないしよ……俺は由緒正しい導き手だっていうのによ」
「何が由緒正しい導き手、だよ。お前って地獄にも天国にも拒否られただけだろ?迷っている魂を導けるのだって行った事があるからだろ。それで迷える魂を導いてやる事で徳を積んで転生したいだけじゃん」
「うるせぇな!しょうがねぇだろ?俺だって好きでこんな事してんじゃねぇんだよ!」
「そりゃあさ。口八丁手八丁で天国の門番を騙くらかしたのは凄いと思うぜ?でも、その結果死者の国からはぶられるとか……情けなさすぎるだろ」
テーブルの上にある炭酸飲料を飲みながら、青年の一人――――新飼恭二はそう言った。それに対して、もう一人の青年――――ジャック・オ・ランタンは歯ぎしりしていた。事実、恭二の言っていることは間違ってはいないからだ。
「んで?今度は仏様の力を借りようとしてるとかマジかよ。というか、仏様は力を貸してくれるわけ?一応他宗教なんだろ?お前さんのところの神様が許さないんじゃないの?」
「それこそ馬鹿か、お前。神様なんて世界でも有数の存在が俺みたいな木っ端を気にするわけないだろ。俺はメフィストフェレス様とかサタン様みたいな大悪魔じゃないんだぞ?それに俺は何とかして別の存在になりたいだけ。邪魔なんてしてこないだろうさ」
「ふぅん……んで、その辺りはどうなの?フェレス」
「え?」
「……そうですね。その男はどうでも良いですが、私に買い出しを任せておいてどうでも良い話をしているのは腹が立ちますね」
リビングに入ってきたのは金髪蒼眼の少女だった。どこかに買い物にでも行っていたのか、その両手にはビニール袋が握られていた。その少女――――フェレスは忌々しいものでも見るかのようにジャックを一瞥し、荷物をテーブルに置いた。それと同時に背中から白い翼が現れた。
「おい、そんな盛大に翼を広げるなっていつも言ってるだろ。掃除するの誰だと思ってるんだ」
「……すいません」
「お前、相変わらず凄いよな……」
「ハァ?何が?」
「お前、相手は大天使ガブリエル様の妹だぞ?よくそんな高圧的に出れるな」
「誰様の妹だろうが姉だろうが関係ねぇよ。やるな、って言われたことを何回もする方が悪いんだ。それは木っ端悪魔だろうが大天使様だろうが一緒だろ」
恭二は置かれたビニール袋から缶ジュースを取り出しつつそう言った。その言葉にフェレスは心底申し訳なさそうな表情を浮かべた。ジャックはその怖いものなしの発言に心底恐れおののいていた。こいつ、怖いもんなしかと思わずにはいられなかった。
「それで?ジェノンはどうしてここに来てるわけ?なんか用事?」
「相変わらず、その気配察知能力は凄まじい物がありますね」
そう言いながらリビングへ続く扉から現れたのは赤髪赤眼の女性だった。現代の一張羅ともいえるスーツを身にまとっている姿はさながらできるOLか、きつめの女教師といった雰囲気を醸し出していた。
「そりゃあ、普段感じない気配があれば分かるよ。それでもう一回聞くけど、何か用なのか?神々の娘」
「私は純粋なヴァルキュリアじゃないけどね。ちょっと困った事態が起きつつあってね。君の力を借りに来た、という訳だよ。救世の英雄」
「……俺がそう呼ばれるの嫌いだ、って分かってて言ってんのか?」
「分かっているよ。まぁ、そう怒らないでくれ。今日が何日かは君も分かっているだろう?」
「当たり前だろ。10月31日だろ。それがどうしたんだよ」
「そう、10月31日つまりハロウィンだ。ハロウィンは元々ケルト地方で行われていた行事であることは知っているだろう?秋の終わりに死者が蘇り、生者の魂を連れ去ろうとするのを防ぐために行われた祭りだ」
「知ってるよ。それを防ぐために自分たちも悪魔とかの姿に仮装して、一緒に騒ぐことで魂を取られないようにした、って話だろ?それが……まさか」
「そのまさか、だよ。どうもこの機に乗じて大量の魂を得ようと画策している連中がいるらしい。悪いんだが、どうにかしてくれないか?私たちのところはまだしも、他神話に関して干渉するのは色々とまずい事があるからな」
「チッ……神話同盟の諜報部は無能の集まりか?そんな大掛かりな計画を当日になるまで把握しきれていないとかありえないにも程がある。大体、協力を要請するにしても数日前とかにしておくべきなんじゃないの?」
「お、おい、恭二!」
「うるせぇぞ、ジャック。忘れてんのか、ジェノン?俺はあくまでもただの一般人なんだよ。お前らが英雄だのなんだの言っても、俺はそういう道とは関係ない人間なんだよ。あいつらが歓迎したとしても、俺は歓迎しないんだよ。その辺り、分かってんのか?」
「……もちろん、分かっている。君が争いを好んではいないことも、重々理解している。それでも、どうか力を貸してはもらえないだろうか?我々にはあまり時間が残されてはいないんだ」
ジェノンは深々と頭を下げた。90度ピッタリなのではないかと思えるほど深く頭を下げた。ジャックとフェレスは慌てていた。相手は世界に名高い北欧の主神、その系列であるヴァルキュリアの直系。霊格という意味ではこの場にいる誰よりも高い。
言うなれば、その道の権威の親族が頭を下げているような物だ。ジャックやフェレスから見上げる立場の相手が頭を下げている、という現状に慌てないわけがない。しかし、そんな事は恭二にとっては知った事ではない。
とはいえ、恭二も頭を下げさせることが目的な訳ではない。恭二はあくまでも一般人である自分を巻き込む事、そして巻き込むにしても事前に話を通していなかった事に怒っているだけだ。溜飲さえ下がれば、協力するのは吝かではない。
「……今回限りだからな。今後はその辺りはちゃんとやれ」
「……ああ!約束する!」
「来い、リコル!」
恭二がそう言うと、リビングの外に見事な銀色の毛並みをした犬が現れた。パッと見はただ綺麗なだけの犬でしかない。しかし、裏の領域の住人であるジャックたちはその犬の――――狼の危険性を本能的に察していた。
「リコルディ……フェンリルの直系。何度見ても背筋が凍りつきそうですね」
「神殺しの力を持つ狼なんてよく飼えるもんだよな。俺なら怖くて手元になんてとても置けないぜ」
「神殺しの力は救世を担う彼には影響を及ぼさないとはいえ、いつ見ても恐ろしいと言わざるを得ないですね。まぁ、そうでもしなければ神々に対する抑止力にはなりえませんが……」
「おい、お前らやかましいぞ。さて、リコル。楽しい楽しい狩りの時間だ。標的は皆が楽しみにしているイベントを台無しにしようとしているクソ野郎どもだ。お前の鼻なら嗅ぎ分けるよな?」
「ワフッ!」
「ああ、これが終わったらご馳走を用意してやるよ。……それぐらいは期待しても良いんだろ?」
「ええ。ご要望とあれば最高品質の肉を用意します」
「だってさ。頑張ってくれよ、リコル?」
「ワウ?」
「俺は行かないのかって?もちろん、行くさ。それでも、お前の力が必要だっていう話だよ。手伝ってくれるだろう?」
「ワフッ!」
「良い返事だ。それで、場所とかは分かってるわけ?」
「ああ。日本でも有数の龍穴――――富士山の頂上だ」
「ほーん……どうでも良い話だけど、なんでこういう話って日本とかが多かったりするんだ?別の土地でやればいいのに」
「まぁ、理由はいくつかあるが……一つは他の土地は他神話の影響力が強いが、この国は良くも悪くも多神教の国だ。様々な神話が干渉しあっているだけに、いざという時にすぐに動き出せないという問題を抱えている。そしてこれが最大の理由だが、龍穴の規模だ」
「規模?霊的な観点で言えば、そんなに大きくないだろ。他にも大きな龍穴なんて幾らでも……」
「確かに、それはそうだろう。しかし、忘れていないか?この国は様々な物に神が宿る、八百万が共通認識の国だ。太陽や雷といった事象に限らず、その辺の石ころにだって神が宿るという認識の国だ。そんな国の霊的スポットに力が集まらないと思うか?」
「ふ~ん……聞いといてなんだけど、面倒な理屈でできてるんだな。まぁ、どうせ俺のやる事に変わりはないんだけどさ」
本当に心底からどうでもよさそうな表情をしながら、指を空中に向ける。そして何かを引っ掻くような動作をすると、そこから一枚のカードが出てきた。そこには十字に交錯する槍の絵柄が刻まれていた。それを胸元にあるポケットにしまってリコルディの背中に乗った。
それをしているのが一桁台の子供であれば、まだ可愛い物だっただろう。しかし、恭二は十代も後半の、昔風に言えばもう大人だ。そんな人間が膝にも届かないほどのサイズの動物の背に乗っている、というのはどうもおかしな気がしてくる。そう言わざるを得ない光景だった。
しかし、恭二がリコルディの背中を叩くと、見る見るうちにリコルディの身体のサイズが巨大化していった。瞬く間に2メートルサイズとなったリコルディが吠えそうになった瞬間、恭二がリコルディの頭にチョップをかました。
「やかましいからこのサイズで吠えるな、って前に言ったろ。ただでさえ、今のご時世だと面倒なことになるんだから、不要なことは極力控えろって言っただろうが」
「クゥ~ン……」
「向かった先でなら吠えても構わんが、市街地では止めろ。お前の咆哮って、ただでさえ物理的衝撃が伴うんだから。もうちょい考えてから行動してくれよ。そんな事も出来ないほど能無しじゃないだろ?お前はやればできるって俺は信じてるからな」
「ワフッ!」
「さぁ、行け!脇目も振らずに駆けろ!」
跳び上がったリコルディは空中を駆け上がり始める。そして、ある程度の高度まで上がると、弾丸の如く駆けだした。普通の人間であれば間違いなく吹き飛ばされそうな速度で動き、目的地までの距離を瞬く間に埋めていった。
瞬く間にジェノン達でも捉えられない速度で移動した恭二とリコルディ。その背を見送った、というか追いきれなかったジェノンはため息をつきながら、何時の間にか手に持っていた槍で地面を叩く。すると来ていたスーツの形状が変化して鎧に変化していた。
「私は彼を負います。流石に神狼の脚力には及びませんが、現場に着くころには追い付けるでしょう」
「分かりました。私は神話同盟の方に連絡を入れておきます」
「俺……自分は人間界にいる悪魔とか魔獣に一応、近づかないように連絡入れておきます」
「お願いします。無用の混乱だけは避けなくてはなりませんから……っと、フェレス。これを預かっていてもらえますか?」
「これは……?」
「まぁ、ちょっとしたプレゼントです。壊れてはかないませんので、預かっておいてください。一応、印は刻んでありますが、どこかに置いておくのは嫌ですからね」
そう告げると、ジェノンは家の外に出た。そして、一度の跳躍で先ほどリコルディが上がった高度まで上昇し、そのまま恭二たちを追いかけるように飛翔した。その背を見送った二人はすぐさま行動に移った。
その頃、恭二はできうる限りリコルディに身体を添わせ、何とか吹き飛ばされないように耐えていた。暫くすると、リコルディが急ブレーキをした。まだ目的地までは多少なりとも距離があっただけに、その行動は恭二にとって予想外だった。そのため、踏ん張り切れずにリコルディの上から投げ出されていた。
「っとぉ!?リコル、急に何を……?なんであんたがここにいるんだよ、バアル」
「やぁ、魔人王。いや、なに、何やら面白い事をしようとしている輩がいるというのでね。暇つぶしがてら見物でもしようかと思っているだけだよ」
恭二が視線を向けた先には濡れ羽色の髪を持つ偉丈夫が立っていた。ズボンについた埃を叩き落しながら、空中に浮いている男に問いかける。その問いに対して、男はつまらない事を聞くなと言わんばかりの表情で答えた。
「呑気だな。あそこにはあんたの同族だっているだろうに……今回の一件が神話間で結ばれている条約に抵触することぐらいは分かっているんだろう?」
「分かっているとも。だが、あえて言わせてもらうよ――――それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって……まぁ、お前個人にはどうもしねぇだろうけど」
「そうだとも。今回の一件はあくまでも条約によって割を食っている者たちの主張でしかない。そもそも、神々や悪魔が人間におもねるなどおかしな事ではないか?自由に。奔放に。それが我ら異形の者の基本的な理屈だ。そこから望んで逸脱する方が私には信じがたい」
「んな事、俺に言われてもなぁ……」
「もちろん、君に文句を言いたい訳ではないとも。だがね、少数の意見を無理やり押し込めてそれで平和、などと言われても押し込められた側は納得できないだろうよ」
「まっ、そりゃそうだ。それで納得する事が出来るなら、テロとか起こるわけがないもんな。でもさ、言わせて貰ってもいいか?」
「なんだい?」
「お前、そんな事はどうでも良いんだろ?ただ単純に少数派の連中が何やら楽しそうな事をしているから自分も混ざるか、そうでなくとも見ていたいと思っただけなんだろ?無理やり理屈をこねくり回して俺を納得させようとしてんじゃねぇよ」
「クハッ。相変わらず君は面白いな、魔人王。ああ、確かに君の言うとおりだとも。この世界はどうもつまらなくなってしまった。私のような古い時代を生きた者ほどそう思っているだろうさ。理由は……分かっているだろう?」
「神話間による条約の締結、だろう?でも、そんなの人間には関係ないし、言っちまえば俺にだって関係ねぇよ。俺が生まれる何十年も前に締結された話じゃねぇか。そんな話に俺や今を生きている人間を巻き込むなよ」
「これまた手厳しいことだ。だが、まったく関係ないという事はあるまい?歴史とは過去から現在、そして未来へと継承されるものだ。ならば、今の時代に生きる者たちにも多少の責任はあろう。なにより……この条約を締結させたのは君の曾祖父ではないか」
「曽祖父ちゃんが何を考えてそんな七面倒な事をしたのかなんて知らねぇけど、条約締結の結果として犠牲者や犯罪者の減少という結果が出ているだろ。それまで否定するのかよ?」
「別に平和を否定したい訳ではないよ。しかし、私にはどうしてもつまらないと感じてしまうのだよ。この齎された平和によって確かに人口は増加の一途を辿っている。それによって人々には余裕が生まれ、余裕が生まれたことによって様々な多様性を見出すようになった。それ自体は喜ばしいことだ。だが――――」
富士山の方に視線を向けていた男――――ソロモン72柱の第1位たる大王バアルは恭二に視線を向ける。生半可な物なら膝を屈したくなるほどの圧力を伴いながら。恭二は特に堪えた様子もなく、ただバアルをじっと見つめていた。
「平和とは万民に与えられるものだろう。あそこにいるのは、その平和によって弾き出された者たちだ。その意思まで無碍にするというのは違うのではないか?と私は思う訳だ。この意見に何か間違いがあるかな?魔人王」
「別に?間違っちゃいないと思うけど?」
「ほぅ……?」
「なんだよ、その顔。俺がそんな訳がない!とか言うとでも思ってたのかよ?俺がそんな殊勝な人間じゃないことぐらい、あんただってよく理解してるだろう?」
恭二は心外だ、と言わんばかりの表情で首を横に振った。万民が平和を享受する事が出来る。それが理想であることは事実で、それでも爪弾きにされる少数が存在する。そういう人々が不平不満を露わにすることは何も悪い事ではないと、恭二は考えているからだ。
「確かに、君はストイックな人間だ。きっぱりしている人間と言ってもいい。しかし、否定しないとは思わなかった。なにせ、今の時代を作ったのは――――君の曽祖父なのだから」
「当たり前だろ。曽祖父ちゃんと俺は違う。曽祖父ちゃんがやった事を否定する気はないが、俺までそれに恭順する筋合いはない。違うか?」
「いいや、まったくその通りだとも。だが、それでも――――彼らを止めると?どのような大義を持って、君は彼らの覚悟を踏みにじるつもりなのかね?」
「それを問うてどうなる?どうせ、何の意味もないんだろう?」
「それでも、気になるからさ」
「ハァ……単純明快で至極簡単な事だよ――――俺が気に入らないから。それが理由だ」
「ハ……今、なんと?」
聞き間違いか?今、目の前の男は何やらとんでもないことを口走らなかっただろうか?バアルが思わずそう思ってしまうほどには、恭二の返答はとんでもなく且つ身勝手極まりない物だった。
「だから、俺が気に入らないからだよ。確かに、お前の言うことは間違ってないよ。あの連中はある意味被害者で、虐げられてきた弱者なんだろうさ。でもさ、弱者だったら何をしてもいいのかよ?違うだろ。弱者ならさらに下の奴を虐めてもいいのかよ?違うだろ。
そういうところをはき違えてるから、気に入らないんだよ。自分の立場を変えようとするんじゃない。更に下の連中を使って満足しようとしてる。なんだ、そりゃ。嘗めんじゃねぇよ。そんなその場しのぎみたいな事を許すほど、世界は甘くねぇよ」
「……だから否定すると?」
「そうだよ。俺の曽祖父ちゃんはそうしただろ?力と意思で自分の意見を押し通した。人間に出来たことを出来ないなんて抜かすことは許さない。力がなくとも、意思がなくとも、逃げちゃいけないもんってのがあるんだろうが。それが俺の答えだ。満足か?大王様よ」
「ハッ……ハ、ハハハハハハハハハハハハハッ!なんとバカバカしい理屈か!理想論を語っているのはどちらだと言うのか!ああ……だが、痛快な気分だ。君の言葉には確かな真理がある。少なくとも、正義は君たちの側にあるのだろうからね」
「正義?バカな事を言うなよ。これはただの我が儘の押し付け合いだ。そんじょそこらのガキがやってる喧嘩と大差ないもんだよ。ただ……大怪我するか否か、ってだけの話さ」
恭二は再びリコルディの背に乗り込みながら、そう言った。その威風堂々とした姿は彼をある者たちと同じ存在と誤認させるに十分な物だった。バアルはそれを心中に収めながら、再び移動し始めた恭二たちを見送った。
「さすがは世界の命運を左右する一族、と言うべきなのかな?いや、それにしてもあの破天荒ぶりは君に通ずるところもあったね。今頃、楽しくやってるのかな?あのバカ――――光賀の奴は」
バアルはぼそりとそう呟くと、その場を立ち去った。これ以上は特に見るものなどないだろ、と見切りをつけたからだ。彼が現場に赴いた以上、結果など決まっている。分かりきった結果を見たいと思うほど酔狂な性格はしていない。それでも、多少の人情はある。一瞥した瞬間に当事者たちの無事を祈り、すぐにその場を離れるのだった。
それと同時に黄金の炎が富士山の頂上付近で見られた。幸いというべきなのか、その光を見た者は非常に少なかった上に見た人々も半信半疑だったので広まることはなかった。余談ではあるが、この光を見た人々は数日の間幸運に見舞われたという話があったとかなかったとか。
「クソッ!どうして俺たちの邪魔をするんだ!救世主!」
「お前らが何も関係ない人間を巻き込もうとしてるからさ。今日は皆が楽しく騒ぐ日だ。それをてめえらの都合で台無しにしよう、だなんて話を許しておけるわけがないだろうが。それにな……あいつにはああ言ったけど、曽祖父ちゃんの頑張りを無碍にされるってのはムカつく」
穂先から黄金の炎を発する槍を手に携え、恭二はリコルディの背中を叩いた。それが合図となり、リコルディは風となっていく。黄金の炎を伴った風がそこに集まった者たちを蹂躙していく。それは見ている側からすればいっそ清々しいとまで思えるほどの蹂躙劇だった。
誰も反撃することは愚か視認する事すら叶わないというのだから、どれほどの力の差があるかなど明白だろう。大半の者が地に伏すまで、その蹂躙は続いた。リコルディが足を止めた頃には中心人物と思しき人物以外は地に倒れ伏していた。
しかし、この場合最も恐ろしいのはリコルディを制御していた恭二だろう。リコルディを制御しつつ自分も槍を振るいながら、決して誰も殺してはいないのだ。倒れ伏している誰もが重傷ではあるが、決して死んではいないのだ。
「……手加減のつもりか?救世の英雄」
「そんなつもりはないよ。ただ、こいつらには生きていてもらわなければ困る。ただそれだけの話さ。だけど、まぁ……首級の一つもない、なんて闘争じゃない。違うかな?」
「……大分汚染されているじゃないか。この分なら、お前がどこかの陣営に入る未来もそう遠くはなさそうだな。英霊の器よ」
「その呼び方されるのは大分久しぶりだな。でもさ、その名前で呼ぶ意味は分かってんだろうな?」
「分かっているとも。この世界に存在した全ての英雄の因子をその身に宿す、救世と終焉を押し付けられた少年。それが貴様だ。そして、その貴様がどこかの神話に入れば世界のパワーバランスは一気に崩れ去る。そうなれば戦乱の時代に逆戻り……そうなれば、私の勝ちだ」
その言葉と共に男の肉体が見る見るうちに巨大化し始めた。その背丈は2メートル、3メートルと大きくなっていき……最終的には5メートル程まで巨大化していた。その姿を見て、恭二は相手が何者なのかを察する事が出来た。
「そうか……おっさん、あんた巨人族か。人間みたいな背丈をしてたから全然わからなかったぜ。まぁ、それでも言う事は変わらねぇよな。寝言言ってんなよ、おっさん。勝つのは俺だ。いつだってな」
北欧に名高き巨人族が首魁。その目的は人間たちの魂の収集ではなく、恭二だった。先ほど、巨人族が言ったように、恭二は全ての英雄の因子を持つ奇跡の存在。逆に言えば、今の恭二という存在は薄氷の上で常にバランスを取り続けているに等しい。
善側に転がるのか、それとも悪側に転がるのか?平和を尊ぶのか、闘争を尊ぶのか?その一挙一動は常に数多の神話勢力によって監視されている。それと同時に、誰もが恭二の身柄を欲しがっている。当然だろう、恭二の身体の中には神話を代表する英雄の因子も存在するのだから。
引き取り鍛え上げれば、他の神話勢力に対する最強の存在になりうる。そんな存在をみすみす放っておくような事はどの神話にもできなかった。もし、恭二が彼の曽祖父――――新飼相馬の血族でなければ、戦争が起こっていたとしてもおかしくないほどに垂涎の的なのだ。
だからこそ、今回の事件を用意した。多数の神話体系を巻き込み、且つ多数の神話体系の信奉者がいる日本を標的に選んだ。ただでさえ、協調性という物が薄い神話勢力は即座に動けない。しかし、早くしなければ大変なことになる。ならばどうする?――――決まっている。即座に動かせる者を動かす。
「――――なるほど。それが狙いだったという訳ですね」
「ぬ?誰かと思えば、レギンレイヴの娘か。どういうつもりかな?」
「それはこちらのセリフです。ムスペルヘイムに住まう巨人の血族よ。彼の身柄に関しては相互不干渉の条約が結ばれています。彼がどの道を選ぶとしても、その選択は彼に委ねるというのが各神話勢力の総意でしょう!」
「温い!人間たちから信仰心が消え去り始めてからどれだけの月日が経った?このまま何もせずにいれば、全ての神話が失われたとしてもおかしくはない!ならば、動かなければならない!たとえ、死して滅ぶとしても!このまま安穏と滅びることを享受できる訳がなかろうが!」
恭二そっちのけで言い争いをしている巨人族とジェノン。先ほどまで戦う気満々だった恭二もそのやり取りに完全に白けていた。黄金の炎を宿した槍が消え、来る際に持っていたカードに変わっていた。カードが光り、次の瞬間には武骨な朱い槍に変化していた。
一度軽くため息をつくと、巨人族の後ろに回って槍を思いっきり振り回して横合いから頭を殴りつけた。言い争いが白熱していたせいか、二人とも完全に恭二の事を忘れていた。そして唐突に強烈な打撃を受けたことで巨人族は耐える事もできずに意識を失った。
「……ふん」
「恭二君、今回はその……すまなかった。我々の恥をさらしてしまったようで申し訳ない」
「良いよ別に。俺の身が神話勢力に狙われてるなんて今に始まった事じゃない。それより、そいつらの身柄はそっちに任せるから」
「ああ、任せてくれ。きちんと裁きを与えるからな」
「そっ。じゃあ、俺はもう行くから」
「今回は本当にありがとう。助かったよ……あ、そうだ。ちょっと待ってくれるかい?」
「は?なに?まだなんかあんの?」
「なに、すぐに終わるよ……よいしょっと。はい、コレ」
ジェノンが掌に魔法陣を作り出すと、そこには可愛らしいラッピングの袋があった。それは事前にフェレスに渡してあった物であり、印を刻んでおいたソレを転送魔法で呼び出した。恭二もそれは分かったが、それが何なのかはさっぱり分からなかった。
「……なにこれ?」
「なにって、お菓子だよお菓子。なにせ、今日はハロウィンだからね。報酬とは別に用意しておいたんだ。なんだったら、今回の一件がなかったらこれを渡すために君の所に行ったまであるからね」
「態々用意してくれたのか?」
「何も私だけではないよ。雪女だって今頃用意しているだろうし、フェレス君だって用意しているさ。ただ私はこの機会を逃すと渡せなさそうだからね。だから、今のうちに渡しておくよ」
「……ありがとう」
「どういたしまして。あとはゆっくり休んでくれ。今回は本当にありがとう」
ジェノンから菓子の袋を受け取り、恭二はその袋を大事そうに懐にしまい込んだ。そして、リコルディに乗り込み帰途に就いた。そして、何事もなく戻ってきた恭二はそのまま家に入ろうとした――――ところで足を止め、インターホンを押した。そして、扉が開いた瞬間にこう言うのだった。
「Trick or Treat!菓子をくれなきゃ悪戯するぞ?」
恭二の表情には悪戯をしたくてうずうずしているような、はたまたどんなお菓子を貰えるのか楽しみにしているような――――年齢に不釣り合いな全力でイベントを楽しもうとしている子供のような表情だったという。