夢と、現実の狭間【1】
……翌日。
「さぁ、悪い本土の人間を懲らしめてやるぞー!」
どう言う訳か? やたらと張り切る感じの台詞を声高に言うミドリさんがいた。
「……ふふ、ミドリちゃんは今日も元気ね?」
意気揚々とテンション高く声を張り上げて行くミドリさんに、コニアさんがやんわりと微笑みを作ってから声を返す。
すると、ミドリさんは高いテンションそのままの笑みで口を開いた。
「もちろん! 私から元気を無くしたら、後は最愛のお父さんへの愛しか残らないからね!」
それはそれでどうなんだろう?
満面の笑みのまま……何やら大きな爆弾発言をしれっと涼しい顔で言っていた様な気がしたけど、敢えてそこは聞き流す事にしていた。
そんなミドリさんとコニアさんの二人を見て、ローグルさんもまた笑みを作りながらも二人に声を掛ける。
「……おいおい、これから激しい戦闘になるかも知れないってのに、やたら陽気だな。辛気臭い顔をされても困るけど、少しは緊張感を持った方が良いと思うぜ?」
少し二人を窘める感じで答えたローグルさんではあったが、そこまで強く言うつもりはないらしく、やんわりと注意をするだけに留めていた。
きっと、雰囲気的にはそこまで悪いとは思ってもいないのだろう。
ミドリさんは、元から明るい感じの性質を持っていたし、コニアさんもまた穏やかで大人の雰囲気を保持しつつも、暖かで穏和なイメージを持つ女性だ。
簡素に言うのなら、今の二人が見せる姿は自然体なのだ。
下手に緊張されるよりも、自然体のままリラックスした精神状態でいてくれた方が、ローグルさんにとってもベストだと考えたのだろう。
……とは言え、羽目を外されても困るから、少し釘を指して置いた。
そんな風に見て取れた。
……あれから。
族長の頼みを聞いた私達は、客室を使わせて貰う形でその日を終えた。
簡素ではあったのだが、軽い歓迎会の様な物を開いてくれた為、ちょっとしたパーティーの様な状態になっていたりもする。
少しではあったが、地酒とかも出た。
私的には、これが少し嬉しかったかな?
うむ……最近は、火の車になりつつある家計をどうにかこうにか遣り繰りしようと考えていた関係もあって、嗜好品に過ぎない酒の類いはなるべく購入しない形を取っていたからな。
そう言った意味では、私にとって至福のひとときだったぞ!
……と、そこはさておき。
ちょっとしたパーティーを開いてくれた時、族長から現在の里で起こっている問題の詳細を色々と耳に入れる事になった。
話によると……どうやら、本土の軍隊らしき部隊が、里の明け渡しを要求しているらしい。
そう言えば、この世界……否、この時代は世界戦争が勃発していた時だった。
現在の正確な時間は知らないし、私も世界戦争の詳細を如実に知っている訳でもないが、この時代に大きな世界戦争が起こったと言う事だけは書物の上で知っている。
独学も含め、そこそこは歴史書で読みはしたが……まさか、実際に体験する事になるとは思わなかったぞ。
本当に、世の中ってのは何処で何が起こるか分からない物だ。
……そんな、世界戦争の真っ只中にある中、戦争の火の粉が里にもやって来た。
なんと、西側大陸の軍がこちら側に攻めて来るのだと言う。
地理的に言って、イイキ島は西側の大陸軍が占拠してしまうと、本土の人間……ここでは南西大陸の軍にとって大きな痛手になってしまう。
イイキ島を西側大陸に占拠され、ここを軍事拠点にされてしまった日には……今までの比ではない勢いで南西大陸軍を攻撃して来るのは目に見えていた。
そこで本土の人間は、ここが戦禍に巻き込まれる前に、安全な所へと避難せよと言う避難勧告を里の獣人達へと通達して来たのだ。
これだけを聞くと、単純に危ないから逃げてくれ……と言っているだけにしか聞こえない。
ハッキリ言うのなら、素直に逃げた方が良いんじゃないのか?……そうと、私は言おうとしたぐらいだ。
しかし、話はまだ続きがあった。
本土の人間が、西側の軍隊からイイキ島を守る為にやって来た……と言う筋書きであったのなら、族長も里の獣人達の命を最優先に考えるべきだと判断したに違いない。
……だが、族長はこの申し出に素早くノーと突っぱねた。
どうしてか?
答えは……里を明け渡せと言って来た軍隊が、実は本土の人間などではなかったからだ。
……そう。
それは、本土の人間等ではなく、イイキ島を占拠して新しい軍事拠点を築こうとしていた張本人……西側大陸の軍であったのだ。
西側の将校に当たる代表が、あたかも本土の人間を装い……里が危険だから本土の安全な場所に避難しろと勧告して来たのだった。
それら一連の偽装を、族長は一瞬で見抜いた。
どう言う訳か? この族長は恐ろしく色々な物を見抜く力がある。
否……なにもかもを『知っている』節が見られる。
ここは私の予測に過ぎないので、実際の所は違っているかも知れないけど……族長は、本当に何者なんだろう? そう思えてしまうまでに、色々な真実を最初から知っていたのだ。




