アリン、居なくなる【13】
ぼちぼち、話を戻そうか。
「……私達は、本気でおかしな所まで飛ばされてしまったと言う事でしょうか……?」
そうと答えたのはユニクスだ。
恰幅の良い獣人さんの言葉は、どう考えても嘘には聞こえない。
しかし、それが事実であったとするのなら……私達は世界の裏側まで一瞬でワープして来たと言う事になってしまう。
ただ、ワープ・トラップを受けていたと言う事も事実なので……ハッキリ言うと、現実として起こっていたとしても、あながち否定出来ないと言うのだから、困った話だ。
この調子だと、ここは本当にイイキ島にある里で……かつ、百年前の過去であるのかも知れない。
いよいよ、おかしな事になってしまったな。
「うむぅ……そう言えば、さっきの獣人さんに魔法が使える獣人が居るかどうか聞きそびれてたな……」
同時に私は思い出す感じで、ポツリと口を動かして行く。
ここが百年前の世界であるのなら、物理的に中央大陸へと戻ったとしても、それでは意味がない。
そこは百年前の中央大陸であって、私達が住む中央大陸ではないのだから。
くそぉ……本当に面倒な事になっているなぁ……。
次から次へと、おかしな事実が転がって来ていた私は、思わず頭を抱えたい衝動に駆られた。
……と言うか、普通に頭を抱えていた。
すると、恰幅の良い獣人さんが、やんわり微笑みながら言う。
「何をそんなに悩んでいるのか知らないけど……元気出しなよ? ここはアンタらが住んでいる本土の様な所とは違って、とっても平穏で暮らしやすい場所なんだからさ」
……そこが問題なんだよねぇ。
きっと、私を励ましてくれてる感じで言ってるんだろうけど……むしろ頭を抱えたくなって来たよ……あたしゃ。
「ああ、そうだ? 自己紹介がまだだったねぇ? 私の名前はミサ。族長の屋敷で家政婦をしている者さ?」
家政婦のミサですか?
何処かで聞いた事があるフレーズ……げふんげぶん、名前ですな。
何処と無く、事件を解決出来そうな名前に感じたが、恐らく普通の家政婦なんだろう。
この里には、重大な殺人事件はもちろん、凶悪かつ複雑怪奇なサスペンスが起こる様な雰囲気など塵も芥もなかったのだから。
「ミサさんですか? なんと言うか、とっても聖なる名前って感じがして良いですね」
他方、ユニクスは愛想の良い笑みを作りながら答える。
ああ、そう言う見方もあったな。
でも、この世界にミサをする宗教があったかな?
…………。
うむ。
ここは聞かなかった事にして置いた方が良さそうだ。
「あはは! 私の名前が聖なる名前? そんな事はないよ。偶然、そう言う発音になってるだけさ? 親は美しく育って欲しいって事で、この名前にしたらしいしね?」
美しく……か。
見る限り、ドラム缶みたいな体躯を……おっと、ここは胸中で考えるだけにして置いた方が良さそうだ。
ともすれば、獣人の世界ではそう言った体型の人物がモテるのかも知れないし……と言うか、そう言う事にして置こう。
ミサさんの話は敢えて聞かなかった事にして置いて、
「それより、ミサさん? この里には魔法を使う獣人は居ないかい?」
私は然り気無く話のベクトルを傾ける形で質問してみせた。
実際に私としては聞きたい所ではあったので、割りとナチュラルに話の矛先を変える事が出来たと思うぞ?
私も、中々の気遣い上手だな!
……と、自画自賛していた頃、ミサさんは少し考える仕草を取ってから私へと声を返した。
「そうだね……一応、居る事は居るよ? 自称・里一番の大魔導師が」
自称ですか。
それは、本当にスゴい魔導師なんですかねぇ……?
あからさまに怪しい単語が前に付いていた事で、私の中にあった懐疑心が何歩も先に行ってしまった。
「えぇと……どの程度の腕前なのでしょうか?」
「そうさねぇ……里の皆は魔法なんて小難しい物、使えないからねぇ……比較になる相手が居ないから、どうにも……」
それで、里一番なんですか。
いよいよ、本気でスゴい魔導師であるのか怪しくなって来た。
しかし、現状で魔法を使う事が出来る魔導師は、その獣人しか居ないだろうし……こっちとしても藁にもすがる様な気持ちでもある。
一応、会うだけでも会ってみる事にしようか。
「分かりました。ご丁寧に教えて頂き、ありがとうございます」
私は礼儀正しく頭を下げてから家政婦のミサにお礼を口にした。
「いやいや、大した事を言った訳でもないよ? この里じゃ、知らない者が居ない程の変わり者だからね?」
変わり者の魔導師ですか。
まんま、マッドな魔導師じゃないですか。
少し、会いたい気持ちが減って来たんですが。




