百貨店、爆発する【7】
「これが地下にあるって言うの?……まるで地下ダンジョンみたい……」
ああ、そう言う考え方も出来るな?
視点をルミに移すと、ルミもまた驚きで周囲を思わず見渡していた。
その姿は、あたかも初めて田舎から上京して来たおのぼりさんの様だ。
実際は、魔導都市ニイガのお姫様なんだけどな。
「流石は世界最大級の都市・トウキ……これが、ただのショッピングセンターだと言うのだから……一抹の恐ろしさすら抱いてしまいます」
隣にいたルゥは、畏敬とも畏怖とも取れる表情で、顔を蒼白にしながらも周囲を見ていた。
あなたは未来人なんだから、ルゥ本来の時代では、こんなのはニイガでも出来てるんじゃないのか? とか言いたくなる。
「おおおぉ……おおぉぉ……美味しそうなの一杯だおぉぉ……お菓子も一杯あるお……ここ、楽園なんだお?」
アリンに至っては、感動で涙まで流していた。
天下の食いしん坊将軍からすれば、今ある光景はまさに楽園の様な場所だったのかも知れない。
同時に思えた。
こんなにも感激する娘の姿がいたと言うのに、私はどうして頑なに地下へ行く事を拒んでいたんだろう?
心の底から感動で瞳から涙を滲ませているアリンの姿を見て、娘の喜びを全力で奪おうとした自分が、とてつもなく悪い人間にみえた。
ふ……私は母親失格だな。
「これも、あれも、じぇ~んぶアリンが食べるおぉぉぉぉぉっっ!」
でも、今日の所は前言を撤回させて貰おう。
そんな事されたら、我が家のエンゲル係数がとんでもない事にぃっ!
「こらこら、アリン。この店はただでさえ値段の高い物が多いんだから、買う物は一つだけ……そう、一個だ? それ以上は私の預金残高が活動限界を迎えてしまう」
「えぇぇっっ! 一個だおぉぉっっ!?」
即座に私の懐事情を通達した直後、アリンがこの世の終わりみたい顔になって半べそになっていた。
そんな時だった。
「仕方ないなぁ? リダお母さんがケチなのは仕方ない事だから、私が何か買って上げるよ?」
フラウが嘆息混じりになってアリンへと救済の手を差し伸べて来る。
しれっと、普通に悪態を混じらせている辺りが、フラウの性格を如実に物語っている。
お前……そんな態度をデフォで取っていたら、友達なくすぞ……。
「ほ、本当だお? じゃ、じゃあ? あれ、買ってくれるおー?」
ふてぶてしい態度をわざとやっているだろうフラウを前に、アリンが凛々と瞳を輝かせた状態で自分の欲しいお菓子を指差して見せる。
その先にあったのは……うーんと、カステラかな?
……ん? なに? カステラだとっ!?
「何でこんな所に、こんな物が……?」
思わず唖然となる私。
カステラと言うと、世界が世界であるのなら極々一般的に食べられる庶民的なお菓子……ってイメージがあるかも知れない。
しかし、それは文化レベルが極めて高い世界での事だ。
この世界には、まだまだ確立した流通システムが形成されている訳ではない。
まして、カステラが作られている場所は……この世界では、南西大陸にあるガサキ国と言う、果てしなく遠い異国の地でしか作られていない、幻にも匹敵するお菓子だ。
砂糖自体は、ニイガの魔導技術により中央大陸でも栽培する事が可能になった事で、相場がかなり安くはなったが……そもそもの製造方法がこっちにはないのだ。
一応、似た様な物を作る事が出来るのかも知れないし、カステラ風味のお菓子なる物は、トウキの街にもあったりするが……しかし、それでも本場であるガサキのカステラとは全く異なる。
結局の所、カステラとしっかり言えるお菓子を作る事が出来るのは、ガサキ国のカステラしか、この世界にはないのだ。
よって、その価値は下手な貴金属よりも高い!
恐らく……金貨と同等レベルの額がするんじゃないのか?
「へぇ? なんか高そうなお菓子ねぇ?……でも、ま? 今の私は上位のワイバーンを討伐した時のお金があるからね? むしろ、贅沢したい気分だったから丁度良いかも!」
いや、あれは止めて置いた方が良いぞ?
本物だったら、どんでもない額するし……。
「おおぉぉぉっっ! 流石はフラウちゃんだお! 実際には太くはないけど、太っ腹だお! お胸もないけど太っ腹なんだお!」
「もう、いやねぇ……アリンちゃん? ちゃんと胸もあるよ~? って言うか、そんな事ばっか言ってるなら買うのやめちゃうよ?」
「えっ! え、えとえと! フラウちゃんはボインボインなんだおっっ!」
笑った口調で(だけど目は笑ってなかった)フラウの言葉に、アリンは必死でおべっかを口にしていた。
どうやら、カステラを買ってくれるのなら、多少の恥も嘘も気にしないらしい。
アリンちゃんよ……アンタはいつからそこまで意地汚くなったんだ? か~たまは悲しいよ?
まぁ、カステラの為だから許すけど!




