リダ会長、冒険者見習いになる【1】
「研修ですか?」
キョトンとした顔のまま、私は眼前の先生に向かって口を開いた。
ある日の放課後の事である。
その日、授業を終わらせた私とアリンの二人は、教科書を鞄の中に入れて自宅の寮へと帰ろうとしていた時、最後の授業を担当していた先生に声を掛けられていた。
声を掛けて来た先生は、いつぞや私に基礎魔導を教わりにやって来た先生。
気の良い先生なので、私的には好きな先生だ。
そこはさて置いて。
「そうです。毎年、この時期になると二学年の生徒には、冒険者になる事を想定とした研修会を開くのですよ」
……へぇ。
何気に初耳だ。
しかし、それでいて実に合理的ではある。
在校生の全てが冒険者になるとは限らないが、その大半が冒険者になる事を前提として学園で勉強をしているのであれば、在校期間中に冒険者がどんな仕事をしているのかを、自分の目で確かめて置いた方が建設的だからだ。
しかしながら。
「研修の参加・不参加は、生徒の意思で決めても問題はない物で、決して強制ではないのですが……リダさんは研修に興味がある物だと思って、少し聞いて見ました」
にこやかに答える先生の言葉を聞いて、私は少し不思議な気持ちにさせられた。
この先生が、私の事をどの程度まで知っているのかは知らない。
私が、実は冒険者協会の会長である事を知らないで、物を言っている可能性すら想定の範囲内だ。
しかし、私が会長ある事を知らないと仮定しても、
「何故、先生は私が研修に興味があると思われたのですか?」
これが私なりに不思議ではあった。
ともすれば、私は完全に冒険者志望の人間だから、是非体験して欲しいと言う意味で答えていたのかも知れないのだが……それであっても、複雑な気持ちになってしまう。
知らないかも知れないけど……それでも、私は会長だぞ?
冒険者の頂点に位置する会長さんだぞ?
……なんで、冒険者見習いをやらないと行けないんだ?
微妙に素朴な疑問を胸中に抱く私を前に、先生は依然としてにこやかな笑みを作ったまま、こうと私に答えた。
「リダさんの娘さん……アリンちゃんに、冒険者の心得と言いますか、そう言った物を体験させたいのかなぁ?……と、思いまして」
「ああ! なるほど!」
確かにそうだ!
先生の言葉に、目からウロコが落ちた気持ちになってしまった。
同時に、私は自己嫌悪する。
自分の事しか考えていない事実が、そこに存在していた。
「確かに、アリンの事を考えるのなら、良い機会だったと思います。最終的に冒険者を志望するかどうかはアリンの意思に任せるつもりではありましたが、そうであってもアリンに冒険者の仕事を見せるのは、良い機会でもありますね」
先生の話しを耳にして、私は納得する形で声を返した。
全く以てその通り過ぎた。
アリンが冒険者をやらないにしても、私は冒険者家業を今後もやると思うし、そうなれば親の仕事がどんな物であるのかを、娘に見せる事が出来る良い機会でもあったのだ。
「そうですよね? アリンちゃんには未来があります。しかも、とびっきり優秀な人材でもあります。可能であれば冒険者として活動して欲しいと言う気持ちも兼ねて、リダさんもこの研修には興味を持っているんじゃないかな? と、思っていた所だったのですよ?」
「はい、そうですね! 正確に言うと、初耳だったので……その、興味を持ったのは今だったりもしますが、すごく興味深い内容だと思います」
先生の言葉に、私は少しだけ肩を竦めつつ答え……しかし、とても興味を惹かれた部分を強調して声を返した。
実際の所、私としても可能であればアリンには冒険者をして貰いたい。
理由は簡素な物だ。
私の持っている理想の未来像は、決して私の代で達成出来るとは限らないからだ。
そうなれば、私の意思を継ぐ後継者が欲しい事になるのだが……その意思を娘が継いでくれるのなら、これ以上に嬉しい事はないのだ。
ここは少しばかり自分なりのエゴが存在しているかも知れないけどさ? だけど、やっぱり自分の半身でもある娘であれば、親としては嬉しい訳だよ。
「では、研修には参加と言う形でよろしいですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
先生の言葉に、私は二つ返事でOKを出して見せる。
かくして、私はアリンと二人で冒険者の見習いと言う形で、学園の研修に参加して行く事になるのだった。
●◎○◎●
数日後。
私は、アリンと二人で学園の近所にある冒険者協会の支部へと向かっていた。




