助け合える明日へ【23】
「か~たま? 分かったお~?」
「……? 何が分かったんだ?」
「えっと……だお? これだお~?」
言うなり、アリンは小枝を右手に握り締め、地面にガリガリと何かを描いて行く。
これは……ぐ、ぐぅむ?
私の額から嫌な汗が出た。
アリンが描いているのは、魔導式の一種だ。
ただ、この魔導式は……なんて言うか、私にとって一種のトラウマでしかない。
この物語……と言うか、三位一体の全てを隅々まで読んでいる、マスターレベルの人であれば、あるいは分かるかも知れないが……実は、私はアリンが描いている魔導式の様な物を、一度だけ見ている。
フラウやユニクスの故郷でもある、コーリヤマと言う街へと遊びに行った時……みかんの設計図を元にした封印の魔方陣を作る事になるのだが……その時に見た設計図に載っていた魔導式が、アリンの描いている物と酷似していたのだ。
正確に言うのなら、アリンの描いている魔導式っぽいヤツの方が、少しばかりシンプルと言うか……簡単な下位式の様な物に見えるんだけど……どの道、私達が一般的に使用している魔導式から比べると、恐ろしく理解しにくい。
まぁ、コーリヤマの時は精神疾患に陥るかと思うまでに、色々と頑張ったからなぁ……。
あの時の情景を思い浮かべると、もう……二度とやりたくないって言う気持ちしか出て来ない。
反面、あの時にみかんの解説を元に魔方陣を製作していた関係もあってか、アリンの描く魔導式っぽい物の意味が多少は分かったりもする。
……まぁ、完全には無理だったけどな?
今回は、みかんの解説もないし。
「ここを、こーするお?」
ある程度、難解な式を描いたアリンは、自分で書いた式の一部にスラッシュで訂正を入れる。
「ふぅーむ、なるほど」
……分からんっ!
結局は、見た事も聞いた事もない外国語を見せられている気分にしかならなかった。
しかし、そこはそれ。
一応、アリンの母親と言う、なけなしの見栄を出す事で、いかにも分かっている様な顔をして相づちを打って見せた。
程なくして、スラッシュで訂正した部分に矢印を付け、新しい魔導式を描き、
「この式をこんな風に置き換えると、時間の移動が出来なくなるお~?」
ニパッ! っと、笑みで私に答えた。
「…………」
私は絶句した。
なんでか?
理由は簡素な物だ。
この世界で『どうして人間は空間転移魔法を禁忌とされているのか?』と言うと、人間は『時間を越えては行けない』とか言う、おかしな自然の理が成立しているからだ。
これがどうしてこんな事になってしまっているのかは知らない。
恐らく、神話レベルでなんらかの不祥事を人間が犯してしまい、怒った神様が人間へと罰を与えた……とか、そう言う感じなのだろう。
抽象的に別の物で例えると『バベルの塔』辺りと一緒かな?
バベルの塔では、天空まで突き抜けてしまうまでの巨大な塔を建造した事で神の逆鱗に触れ……結果、巨大な塔を二度と作らせないようにする為、人間から共通言語を奪った。
これにより、人間は同じ人間であっても人種や住んでる地域が異なるだけで違う言語を使う事となり、言葉によるコミュニケーションが難しくなってしまった。
結果、団結力を著しく低下させて行き……労力を確保出来ず、巨大な塔を作れなくなった……と言う話だな。
よって、外国に行くと日本語が通じない訳だ。
……バベルの塔なんて、作らなかったら良かったのにな。
そこはさて置き。
こっちの世界の場合、そう言う神様が本当にいるから困り物だ。
そして、自然の理として縛りを受けると、完全に脱却する事は出来ない。
神様の示した自然の理は、人間の力ではどうする事も出来ないのだ。
結果、私達は空間転移魔法を使用する事が出来ない。
だが、アリンが独自製作した魔導式である場合、空間転移『だけ』は可能になりそうなのだ。
ポイントは、空間転移魔法とは『時空』を越えてしまう事だ。
簡素に言うのなら、空間だけではなく、時間まで越える事が可能になってしまう。
そこで、アリンはこの空間転移魔法に縛りを設けた。
もう、お分かりだろうか?
つまり、時間に縛りを入れたのだ。
時間を越える部分を無効化する魔導式を組み込む事で、空間だけ飛び越える事が可能な魔導式を作り出したのである。
……と、まぁ。
簡素に言い纏めれば、こんな理屈な訳だが……言うは容易い物の、実際にその魔導式を作れるとなれば、かなりの苦労と努力を必要とする。
…………筈なのだ。
所がどうだろう?
この三歳児は、いとも容易くポォ~ン! っと、人間でも使用可能な空間転移魔法の魔導式を、アッサリと作り出してしまった!
……参ったよ、本当。
末恐ろしいとは、まさにこの事だと思えた。




