助け合える明日へ【20】
「素直に喜んでくれて良かった。最初は自宅で採れた野菜や山菜、キノコ等にしようかとも思っていたのだが、アリンが素直に喜んでくれそうなのは、その饅頭だと聞いていたから、それにしたんだ」
え? 私的にはそっちの方が良かったのですがっ!?
笑みのまま答えたセツナさんの言葉を耳にして、私は内心でのみツッコミ半分の台詞を放っていた。
もちろん、そんなガメツイ事を口にする事はなかったのだが。
けど……あの高級食材と比較すると……どうしても、ねぇ?
心の中で、思わず苦笑する私がいる中、
「ありがとー! セツナお姉ちゃん!」
饅頭が入っている箱を貰ったアリンが、満面の笑みでセツナさんへとお礼を言っていた。
「……っ!?」
直後、セツナさんの瞳が大きく見開かれる。
しばらく後、セツナさんの目から涙が流れて来た。
「アリンが……アリンが……私の事を、お姉ちゃんと呼んでくれた」
セツナさんは、身体をフルフルと震わせ、あたかも感動巨編のストーリを見た後の様な状態になっていた。
そこ……そんなに大事なのか?
ふと、こんな事を考える私がいたけど……まぁ、なんと言うか……セツナさんにとっては重要な事なのだろう。
そして、アリンも一つ学習したと言う事でもある。
「セツナおば……お姉ちゃん! また遊びに来るお! その時も、お饅頭欲しいお! よろしくだお~!」
アリンは、然り気無くセツナにおねだりをしていた。
つまり、相手の気分を良くして、自分の欲求を満たす術を、三才児なりに学習した訳だ。
……これ、良い事なのか?
「途中、おば……で、止まっていた所が気掛かりではあるけど、分かったぞ? 次こそは、間違ってもおばちゃんと呼ばれない様に、私も女を磨いて待っている。覚悟しておけよ!」
どう覚悟すれば良いのだろうか?
本当に良く分からない会話だった。
「うん! 覚悟してまた来るお~!」
言ってる意味は分からないけど、ここは頷いた方が無難かな……とでも判断したのだろうアリンは、特に疑問を抱く事なくセツナさんの台詞に頷きを返していた。
これはこれで、どう言う会話なんだろうと、私は小首を傾げたくなっていた。
しかし、それで意思疏通はしっかりと出来ていたのだろう。
二人は熱い抱擁をして、互いに芽生えた友愛の形を態度で示していた。
今、ここに『おばちゃんと呼ばれない努力をする女』と『おばちゃんをお姉ちゃんと呼ぶ努力をする女児』との間に、大きな絆が生まれた。
全く以て意味不明である。
だけど、絵的には綺麗に纏まっているんだから……本当に奇妙な光景でもあった。
アリンとセツナさんとの間に、珍妙な友愛が生まれていた中、
『その……今回は色々と……ありがとうございました』
私へと頭を下げて来るイタズラ精霊……カワ子がいた。
いや、今はもうイタズラ精霊などではなかったな。
『いや、些末な事だ。それより水の108諸侯の昇格、おめでとう。次はトウキの代表として会う事が出来たら幸いだな?』
トウキ代表の水精霊となったカワ子を前に、私は笑みを作ってから会釈してみせる。
すると、カワ子は少しだけ慌てた態度をとり、
『そんな……頭を下げないで下さい。元来であるのなら私は罪人として咎められる立場であっても、なにもおかしな存在ではありませんでした。そんな私に、この様な待遇を与えて下さった、水の精霊王様には頭が上がりません……そして、リダ会長……あなたにも、です』
私に向かって真摯な声音で口を動かしてみせた。
……うむ。
なんと言うか、変われば変わる物だな。
初めて会った時は、単なるイタズラ精霊でしかなかったカワ子。
しかし、色々な紆余曲折を経て……立派な水精霊の代表となり、心も入れ換えた姿は、まるで別人……いや、別精霊を見ているかの様な状態だった。
『私は、まだ人間には一定の不信を募らせてはいるんだがな?』
他方の族長精霊は、最初に会った時と全く変わり映えしていなかったのだが。
まぁ、あれからそこまでの時間が経過している訳ではないんだ。
むしろ、この短期間でここまで立派になれたカワ子の方が凄い。
そう言った意味では、カワ子の急速な成長を称賛するべきなのかも知れないな。
『私としては、108諸侯と言う待遇は、余りにも出来すぎていて……厚待遇に少し戸惑いを感じておりますが……周囲にいる同じ108諸侯の方々は、こんな私をしっかりと歓迎してくれました……本当にありがたい限りです』
答えたカワ子は目から涙を流していた。
きっと、本気で感涙しているのだろう。




