水の精霊達の逆襲【26】
その、余りにも醜い……下卑た笑みを本能的に浮かべていた女性を見て……ああ、そう言う事かと納得した。
「バアル、コイツは……もしかして」
私は、同時に飛んでいたバアルへと横目で見据えつつも口を動かす。
すると、私が全てを口にするまでもなく、バアルはコクリと頷いた。
「御察しの通り……これは何らかの洗脳ないし催眠を受けておりますね」
「……やっぱりそうなるのか」
「……? リダ様? どうかなさいましたか?」
「いや……お前の事だから、ここで真剣な顔してボケをかまして来ると思っただけだ」
「私だって、こう言う場面では真面目に答えますからっ!?」
バアルはガーンッ! って顔して叫んでいた。
正直、この言葉には余り賛同する事が出来ないんだが?
『……ほう? 我が力を前に、しっかりと逃げ仰せた者がいるか? 素晴らしいぞ』
バアルのツッコミが私の耳に届いて間もなく、長身の女性……全身を水で覆った存在は、醜悪な笑みを一切崩す事なく、私達へと声を吐き出して来た。
使った言葉は精霊語だった。
……うん。
使う言語が精霊語だと言う所から察しても……もはや、眼前に浮いている女性が何者かであるか分かった。
いきなり強引に水の精霊王を名乗ったカワ子を前に、怒って特攻を掛けた水の精霊王がいると言う話を、川の族長精霊が言っていた。
そして、見事に返り討ちにした事も。
ここらを加味し……かつ、何らかの催眠を受けたと言うのなら、その後に川の族長が言う『今ではカワ子様の忠実な僕』と言う話に繋がる事も頷ける。
つまり、力で屈服させた水の精霊王を、そのまま自分の部下にする為に意識を乗っ取ったのだろう。
……そんな魔法まで使えるのか。
そうなると……私も、カワ子と戦う時には相応の覚悟をしないと行けないな。
負けたら、ヤツの操り人形になってしまう事を覚悟しなければならないのだから。
もちろん、私はカワ子の操り人形になんかなるつもりもない。
あのイタズラ精霊を完膚無きまで叩きのめしてやろうじゃないか!
ここに関しては、私も特段葛藤を抱く事はない。
シンプルに、カワ子を叩きのめすだけの話で……それ以上でも以下にもならない。
……だが、現状の私にとって実に悩ましい葛藤が、眼前に発生していた。
長身の女性……水の精霊王の存在だ。
彼女に罪はない。
強いて言うのなら、相手の実力を過小評価し、単騎でノコノコと挑んでしまった事が、彼女の罪であろうか?
どちらにせよ、彼女が自分の意思でここにいる訳ではなく……まして、魔狼達を鉄砲水で流した行為その物も、カワ子の操り人形と化してしまったが故の行動だ。
全ての根本を考えるのなら……彼女もまた、被害者の一人でもあるのだ。
そう考えると……憎みたくても、憎み切れない。
濁流に飲み込まれた魔狼の事を考えると胸が痛い。
そして、鉄砲水を発生させた水の精霊王に対する怒りもまた、私の思考から沸々と込み上げて来る。
……だが。
こうなる事を、もっと早く予見する事が可能であれば、事態はもっと好転していたかも知れない。
つまり、こうなってしまった原因の一つに、私の判断能力の薄弱さも存在していた……そうと、思えてしまった。
そうなれば、徒に……水の精霊王ばかりを責める事が出来ない私がいた。
この精霊王が犯した罪は、油断だ。
そして、私が犯した罪も、油断だ。
もっと、しっかりと周囲に気を配っていたのなら、回避する事が出来たかも知れない。
私の中で、強い悔恨の念が増幅する中、
「リダ様! お逃げ下さいっ!」
バアルの叫び声が私の鼓膜を激しく揺さぶった。
同時に、私はハッとした顔になってしまう。
自分でも無意識の内に、悔恨から来る懺悔の念で、思考が停止していた模様だ。
直後、視点を合わせた私が見た物は……。
「……っ!」
巨大槍が、天空の彼方から、超音速で落下して来た。
……まるで隕石魔法だ。
一瞬過ぎて良く分からなかったが……大きさにして数百メートルはあるだろう、三ツ又の矛みたいな巨大槍が降って来ると、衝突する勢いで地面へとぶつかり、
ドォォォォォンッッッ!
けたたましい衝撃音と衝撃波を撒き散らした……刹那、
ザッパァァァァァァンッッ!
槍は一瞬にして液化したかの様に水と化し、周囲を一瞬にして水没させていた。
け、桁違いにスゴいな……オイ。
まるで、スペクタクル映画みたいな光景に、私は思わず息を飲んでしまった。




