怒れる山神【16】
何にしても、私が少し結界についてアレコレ考えている内に、その勝敗は決してしまった模様だ。
もう、何てか……これが漫画だったらメイちゃんがヒットさせた拳が大コマを使って、派手に演出されるんじゃないかってぐらいに、見事にクリティカルヒットしてた。
ヒットした瞬間、セツナさんの顔が思いきり残念なまでにへしゃ曲がるのが見えたからなぁ……あれは、ちょっとやり過ぎなんじゃ……?
顔面をモロに強打されたセツナさんは、勢い良く吹き飛んでは、
ズザザザザァッッッ!
逆ヘッドスライディング状態で頭から地面に突っ込んでいた。
通常は正面からするんだけど、背面飛びの要領で地面に激突していた感じだ。
常人なら、この時点で死んでる可能性だってあるぞ……。
「……あれ?」
セツナさんを思いきり殴り飛ばしたメイちゃんは、殴ってからキョトンとした顔になる。
きっと、本気で殴ってから気付いたのだろう。
実は、そこまで強くはなかったと言う事実に。
『あの姉ちゃんも何者だ?……まさか、セツナがあんなにアッサリ沈むなんて思わなかったぞ……?』
唖然とした口調で私に尋ねて来たのは、これまで沈黙していたフェンリル。
名前は……なんだっけ?
まぁ、後で聞こう。
ともかくフェンリルは、私に対する裏切り行為があったせいで、その体毛を白くしていた為、敢えて口を動かす様な真似をしていなかった。
まぁ、賢明だと思うね?
私を裏切った程度にもよるんだけど、体毛が完全に白くなっているから……今日一日程度は、私の反感を買う様な態度も素振りもしない方が良いだろうからな?
しかしながら、フェンリルにとっても意外だったらしく、私へと口を開いて来た。
どの道、この台詞は私への裏切り行為には値しないから、普通に声を出してもなんら問題はなかったのだが。
『お前は知らないかも知れないが、ああ見えて……あの子は次期拳聖になる為に、日々努力を続けているんだ。バカにして掛かるとああなる』
『そりゃ……怖い話だ』
私の言葉を耳にして、フェンリルは驚き半分に頷いた。
同時に気付いたのだろう。
『どうやら……お前達に楯突いては行けないみたいだな……やれやれだ』
フェンリルは、答えてから嘆息してみせた。
そんな……私と魔狼が軽い会話をしていた時だった。
「まだだ……まだやれる! 全国のお姉ちゃんを語る者が、私を後押しする以上……こんなに簡単にやられる訳には行かない!」
……ありゃ。
殴られた右頬を押さえつつ、セツナさんは立ち上がって来た。
もはや意味不明な台詞を言う様になっていたのは……聞かなかった事にして置こうか。
同時に思う。
私は『お姉さん』と呼んであげるから、ここは素直に気絶して置け……と。
気力で立ち上がり、全国のお姉さんと呼ばれたい方々から聞こえる、たくさんの空耳を背にファイティングポーズを取ったまでは良かったのだが……相手が戦う意思を見せている以上、一切の手を抜く事がないのがメイちゃんだ。
全く……メイちゃんは、素直過ぎると言うか……なんと言うか。
ともかく真面目過ぎるんだよなぁ……。
戦う意思を見せたセツナさんがいた瞬間……メイちゃんは彼女の眼前まで距離を詰める。
……いやぁ、早いね。
そして、そこからが凄まじかった。
ボムゥッ!
「……ふぐっ!」
無言のまま、問答無用でセツナさんの腹部に突き刺さる様なボディブローを叩き込み、
バキィッッ!
「はぐぁっ!」
更に左拳でセツナさんを殴った後、
ドゴォォォッッ!
「…………っっ!」
最後に、強烈なハイキックでセツナさんを仕留めに行った。
流れる様なコンボだった……最後の一撃を食らう前に、もう意識が飛んでいたのか? ハイキックの一撃ではセツナさんの悲鳴が上がる事はなかった。
そこまでしなくても良いのに。
「ちょっ! タンマだメイちゃん! これじゃ、こっちが相手をなぶっている様にしか見えないから!」
完全に勝敗が決まったと思った私は、慌ててメイちゃんの正面にやって来る。
感覚的に言うと、レフェリーストップと言う感じだ。
「……? 何で? これはしっかりとした戦いでしょ? 相手も私を張り倒す気持ちで来てるんだから、こっちが手を抜いたら失礼じゃない?」
そこは確かにその通りなんだけど! アンタはちょっとやり過ぎなんだよっっ!
「メイちゃん……落ち着いてくれ……相手は、単純におばさん扱いを受けた事に腹を立てているだけのイタイ巫女さんなんだ……ここは人としての優しさを持とう! 笑顔で一言『お姉ちゃん』と呼んであげよう! それで全てが解決するんだからっ!」
「……? 言ってる意味が分かんないだけど?」
「だろうね! 本当は私も分かんないよっ!」
顔にハテナを浮かべるメイちゃんに、私は真顔でボケた台詞を口にしていた。
本当……なんで私が、良く分かんない巫女さんのフォローをしなければならないのだろうか?




