怒れる山神【11】
あああっ! もうっっ! こんな事になるのなら、アリンとメイちゃんを強引にでもキャンプ地に戻して置けば良かった!
心の中でバケツ一杯分の涙を豪快に流していた……その時だった。
『なにやら騒がしいな? 何かあったのか?』
一匹の狼が、私達の前にやって来る。
うぅ~ん……と?
見る限りだと、魔狼達の仲間にも見えるんだが?
正直、パッと見る限り……私と一緒に大猪の近くで地味に不貞腐れている魔狼と同じ様な外見をしている存在が、その見た目通り四足歩行でゆっくりと私達の前にやって来た。
『ああ、山神様。ちょっと聞いて下さいよ? どう言う風の吹き回しなのか存じませんが、今頃になって川の精霊から使者の様な物がやって来て、話し合いがしたいと言って来たのです!』
そして、巫女さんの台詞に間違いがないのであれば……ここの山神様は狼の格好をしている模様だ。
えぇぇ……。
あたしゃ、魔狼の格好をしている山神なんて、はじめて見たよ。
少し驚く私がいたけど……ただ、少しだけ納得する部分はある。
確か、ここの山に魔狼が住み着く様になった挙げ句、魔狼の群れを治める頭目と結婚だかをしていた筈だ。
そう考えれば、なるほど……狼と結婚したのだから狼の格好を好んでしているのかも知れない。
相手が好む格好をしていると仮定すれば、やっぱり狼になってしまうのだろう。
そう考えれば、狼の格好は合理的だし、得てしてそこまで不自然でもなかった。
……でも、魔狼の格好をした神様って……どうなんだろう?
私の中で、幾ばくかのビミョーな疑念が生まれて行く中、魔狼の姿をしていた山神様が口を開いた。
『ところで、ザンジダはどうして黒くなってる? イメチェンか?』
『呪いを掛けられたんだよ』
『……はぁ?』
うぁ……もう少しマシな言い方しとけよ!
つか、それ……私に対しての裏切り行為だぞ?
そんな事を何回も続けていたら……。
『……っ!?』
ああ、言わんこっちゃない。
魔狼の体毛から見る間に色素が失われて行く。
これは、警告段階だな。
前にも説明していたかも知れないが、私を裏切ると体毛と目が黒から白へと変色し……更に進むと、朱に染まる。
ここまで来ると手遅れだ。
『お前、自分でも呪いと言ってるのなら、分かるだろう? その段階ならまだ引き返せる。素直に黙っていた方が良いと思うんだが?』
『…………』
魔狼は押し黙った。
体毛は相変わらず白いままであったが、私に対する裏切り行為をしばらくやめて置けば、勝手に黒へと戻るだろう。
……ただ、この状態で再び私を裏切れば、間違いなく朱に染まるな。
そうしたら……まぁ、冥土の片道切符になってしまう訳だが。
『おい、お前……川の精霊の使者とか言ったな? 見る限り人間の様に見えるんだが?』
『そうですね。私は人間です。縁あって、今回は私が仲介者をする事になりました』
『なるほどな……ふん。小賢しい呪いで、私の群れにいる同胞を人質に取るとは……これだから、人間のやる事は姑息だと言うんだ』
あんたも人間不信なのかよ。
私からすれば、あんた等……排他的過ぎるだろうが。
川の族長精霊と言い、山神様と言い……どうしてそこまで人間を見下すんだろうか?
人間が、あんたらに何をしたって言うのか? 私は小一時間ばかり話をしたい気分で一杯になった。
しかし、現状は人間への不信感に付いて話し合う猶予がある様には見えない。
そこらに関しては、機会があればたっぷりやりたい所だ。
何にせよ……ちょうど良かった。
『私はあなた様……山神様に事情を聞きに来たのですよ?』
私は友好的な笑みを努める形で全面的に押し出して答えた。
『事情だと?……川の使者で来たのなら、川の連中に聞いてるだろう?』
『そこなのです。川の族長と少しばかり話をしたのですが、どうしてこうなってしまったのか、良く分かっていない模様なのです』
『……何?』
ピクッ! っと、山神様は反応してから声を返す。
その反応を見る限りだと、川の精霊達が全く分かっていない事が意外だった模様だ。
……うむ。
もしかしたら、これは解決の糸口を掴むチャンスかも知れない。
仮に山神様の方でも川の精霊達が訳も分からない状態と知れば、どうして山神様が怒っているのかを教えてくれるかも知れない。
山神様は、神徳のある存在だ。
だから『山神』として、周囲の存在に崇められている訳で。
土着振興であったとしても、伊達や酔狂で神様になっている訳ではないのだ。
『ほんの少しでも構いません……どうか、川の精霊達にどうして山神様が怒っているのか? その理由を教えては頂けないでしょうか?』
私は答えてから、深々と頭を下げてみせた。




