怒れる山神【8】
私の魔法で爆破された巨大猪は……おや?
……うむ。
完全に跡形もなく吹き飛んだと思っていた私だが、どうやら存外耐久力があるらしい。
流石は神話に出て来る猪だけあるのか? 補助魔法も補助スキルも使用していないとは言え、私の超炎熱爆破魔法の一撃をちゃんと耐える形で倒れていた。
少し驚いたよ……うん。
まさか、しっかりと標準を合わせて撃った最上位魔法を喰らって……単に目を回すだけで終わるとは思わなかった。
『あの猪も、ただの猪じゃないな。折角だから、あれも私の部下に加えてやろう』
目を回して倒れていた巨大猪の近くにやって来た私は、さっきのフェンリルに掛けた呪いを猪にも掛けてやる。
全身の体毛が真っ黒に変わった。
『うぁ……』
魔狼が、心底可哀想な声を吐き出す。
……いや、待て?
『これは、私の加護でもあるんだぞ? ちゃんと私を裏切りさえしなければ、逆に能力アップに繋がるんだからな?』
私なりの言い分を魔狼に向けて答えていた時、アリンが私の腰辺りをポンポンと叩いて、
「か~たま? あの猪、血抜きして良い~?」
「って、食べる気満々過ぎ!」
程好く気絶した巨大猪を指差すアリンに、私はガーンッ! って顔になって叫んだ。
「アリン……あれだけはやめて置け。本当……ちゃんとした食事は、キャンプに戻ったら食べれるから……だから、それまで我慢しとこう! つか、いよいよと言う時はそこの魔狼の尻尾でも炙って食べて良いから!」
必死に言い繕う形で言う私がいた所で、アリンはフェンリルを見る。
『……っ!?』
直後、フェンリルは恐怖を覚える形で、強い警戒感を示した。
『ねぇ? ワンコ? その尻尾は美味しいお?』
『はぁっ!? バカ言うなっ! 人の尻尾を食うつもりかっ!? 大体、人間のガキが、俺の尻尾を食うなんざ、百年早……』
更に聞き捨てならない台詞をしれっと言って来たアリンに、魔狼が高圧的な態度で声高に叫ぶが、
陽炎球魔法!
『あぢゃぁぁぁぁぁっ!』
アリンの右手から放たれた魔法によって、尻尾を焼かれてしまい……カチカチ山の狸みたいな勢いで、周囲をグルグル走り回っていた。
水球魔法
仕方ないから、私が奴の尻尾についた炎を消火してやる。
それにしても、陽炎を球状にしてしまう魔法とか……アリンはいつの間に覚えたんだ?
我が娘ながら……その学習能力には舌を巻く。
恐らく、誰彼に教えて貰った物ではなく、アリンなりのオリジナルなのかも知れない。
その証拠に、魔導式が雑と言うか、粗削りだった。
その分だけ、魔法としての威力も減少しており、消火するのも簡単ではあったが……魔導式をちゃんと勉強したアリンが同じ魔法を発動させた時には、今とは比較にならない威力の陽炎球魔法が発動されてしまうだろう。
まさに、恐るべき三歳児であった。
「ああ~! か~たま! 消しちゃ、メッ! だおぅっ! アリンのご飯が水浸しなんだお~っ!」
本当に何でも食べる子に育ってしまった。
好き嫌いしないのは良い事だけど、もう少し人間らしい食べ物を好んで食べて欲しい所だ。
『もしかして……なんだが、このガキも相当な使い手なのか?』
尻尾が消火され、半ベソで自分に治療魔法を発動させているフェンリルは、私へと尋ねて来た。
魔狼のクセに、回復魔法も使えるとか……器用なワン公だな。
『私と同等か……それ以上の能力はあるな? しかも見ての通りまだ子供でな? 成長して大人になった時の強さは……私にも分からない。完全な未知数って所だな?』
『……お前等、本当に人間なのか?』
愕然とせざる得ない魔狼は、ワナワナと身体を震わせ……。
『それで、ワンコ? 尻尾は美味しい?』
邪気もなく聞いて来たアリンの質問に、
『ギャワンッ! お、おおおおお、俺の尻尾は不味いぞ! ああ、そりゃあもう、食べたら三秒で口から吐き出したくなるまでのクソ不味さだ!』
かなり必死になってアリンへと叫んでいた。
きっと、本当に食われると思ったのだろう。
……実際に、ここで『うまい』と言えば食べようとするだろうから、私としても不味いと言ってくれた方が気楽ではあるんだけどな。
『ふぅ~ん。美味しくないのか~……じゃ、要らないお~』
魔狼の言葉を素直に信じたアリンがいた所で、フェンリルが途方もない安堵の息を口から吐き出していたけど、余談程度にして置こう。
○◎●◎○
思わぬ形で、猪の御供が一匹増えた所で、私達は山神様が住んでいるだろう場所に到着した。
最初は、山の精霊が住んでいる場所を訪ねるべきかで悩んだが……どうやら、今回の一件で川の精霊に制裁を加えようと指示を出しているのが山神様の模様なので、手っ取り早く直談判する事にした。




