怒れる山神【2】
……?
どうしたんだろう?
……っ!
あ! もしかしてっ!?
『いきなり笑い始めてるみたいだが……笑いダケでも食べてたのか? ダメだぞ? あれは大抵の生物に強い毒性を持つキノコなんだから……』
『誰がそんな物食うかっ!? 貴様のバカさ加減が滑稽過ぎて、ついつい笑っちまったんだよっ!』
ああ、そっちか。
やっぱり魔狼の視点からすると、笑える程におかしな行動だったみたいだ。
……くそ。
何も知らないから、私も強く言う事が出来ないぞ……。
「ねぇ? リダお姉ちゃん? ワンコがいきなり高笑いして来たんだけど……変な物でも食べたのかなぁ……?」
他方、気持ち悪そうな顔になって言うメイちゃんがいた。
きっと、魔狼が喋る言葉が精霊語だったので、会話の内容を理解する事が出来なかったのだろう。
話の流れを知らないメイちゃんからすれば、いきなり脈絡なく笑いだした様にしか見えなかったに違いない。
ちゃんと話を聞いていた私ですら、笑いダケでも食べたんじゃないかと思った位なんだから、そうなるんだわな?
「取り敢えず、笑いダケの類いは食べてないらしいぞ? 川の精霊を庇う私達の姿が面白くて笑ってるだけの様だ」
「……え? もしかして……それって、私達が悪党を庇ってるから、呆れ過ぎて笑っているとか、そう言う感じだったりする?」
言わないでくれ……実は、私も少しだけそう思っていた所だったんだから……。
ちょっと驚いた顔になって言うメイちゃんに、私は微妙な苦笑いをしてみせた。
「さぁ……ね? 可能性としてはあるんじゃないかな?……けど、取り敢えずは事情を聞こうじゃないか」
まだそうと決まった訳ではない。
なんと言っても、私はまともな事情を聞いてはいないのだから。
わざわざ、精霊族長を縄でふん縛って、この場に置いていたのもそこに理由がある。
魔狼だけの話を一方的に聞くのもおかしい。
やっぱり、ここは双方の話をちゃんと聞いて、その上で判断したいからな?
場合によっては、細やかな誤解から来ている可能性だってあるし……もしそうなら、ここで解決の糸口を見付ける事が出来るかも知れない。
何にしても、今は冷静になって話し合いをする事が大切なんじゃないかと思えたんだ。
取り敢えず、今はカワ子と殺伐な談話を繰り返している族長精霊は置いといて。
まずは、魔狼の話から聞いてみようか。
『それじゃあ、お前の言い分を聞こうか? どうして川の精霊達を襲った? 聞けば山と川の喧嘩だったらしいじゃないか? それなのに魔狼のお前が、どうして川の精霊を襲ったんだ?』
私は真顔になって魔狼へと尋ねる。
思えば、ここも不自然な話だったんだ。
仮に、山の精霊と川の精霊が喧嘩していたとしても……そこに魔狼がやって来ると言うのは、とんだお門違いだ。
しかし、コイツはコイツなりの事情を以て、川の精霊に一定の制裁を加えようとした。
じゃあ、その事情とやらはどんな物なのか?
『俺達、魔狼の群れは……世界的に見ても余り好意的に受け止めてくれる場所が少ない。そんな中、この山を治める山神が俺達の群れを迎い入れてくれたんだ』
『なるほど』
魔狼の言葉に、私は納得の言葉を吐き出した。
確かに、好き好んで魔狼を受け入れる場所は少ないだろう。
抽象的に別の物で表現するのなら、世間から無法者だと揶揄されている難民がいたとして……その難民を引き受ける国や地域は少ない。
魔狼も同じ様な事が言える。
オリジナルの悪事が神話レベルだけに、その劣化クローンとは言え、最凶最悪とも言えるフェンリルの末裔を……群れで引き受けたいと考える地域が存在している筈がない。
だが、この口振りからすれば、この山岳地帯に住む山の神に受け入れられたと言う事になる。
これはこれで、ここに住む山の神も思い切った事をした物だ。
『この山の中で勝手な行動をしないと言う制約こそ誓う羽目になったが……俺達フェンリルにとって安住の地がここになった。よって、俺はもちろん……この山に住むフェンリル達は山の神に感謝して住んでいる』
『なるほど……つまり、山の神には頭が上がらない訳か』
『間違ってはいないが……少し違うな? 俺達フェンリルは強力な魔狼だ。その気になれば山神を倒して、この山を自分達の支配下にする事だって出来た……が、それをしない』
『どうしてだ?』
『ここの山神と、ウチの頭領が恋仲になり……結婚したからだ』
まさかの展開だった!
魔狼の言葉に、私は少し唖然となってしまった。
いや……だってだ?
山の神様だぞ?
なんで、魔狼と結婚してんのっ!? 何があったの? ドラマティックに展開し過ぎだろうよっ!




