初めての冒険【13】
私の老後まで考えてくれなくても良いから、取り敢えずは立派になって欲しいなぁ……けど、それはそれで助かるから否定もしたくないし……なんぞと、珍妙な堂々巡りが私の胸中で展開されて行く中、
ブォゥンッッ!
何故か熊らしいのが、豪快なヘッドスライディングをかましていた。
ヘッドスライディングと言ったが、格好的にそう言う風に見えるだけで、実際の所は物凄く豪快に飛んでいる。
実際、ヘッドスライディング状態で宙を舞っていた熊は、そのまま私達の横を突き抜けて……優に十メートルは飛んでいた。
……なんだこれ?
『なぁ、カワ子? こっちの熊は飛ぶのか?』
良く分からないから、近くを浮遊するカワ子に聞いて見た。
まぁ、昔はモンスターを無駄に強化する趣味を持った魔導師が住んでたみたいだしな。
もしかしたら、通常の生態系では考えも付かないモンスターが、当たり前の様に……。
『そんな訳ないです! あんなの初めて見ましたよっ! てか、何ですかあれっ!? 熊ってあんなに飛べるんですか? 熊だって空が飛べる時代なのですかっ!?』
……住んではいないみたいだ。
ふぅーむぅ。
「か~たま? さっきのはなぁーにー?」
アリンも気になったみたいで、キョトンとした顔のまま私に尋ねて来た。
「私も分からない。地元民と言うか、地元精霊だって時代のせいにしてるぐらいだしなぁ……」
どうやら、カワ子ですら意味不明な珍現象が起こっている模様だ。
一体、何メートル飛んで来たのか知らないが、私の知る限りで十メートル以上飛んで来た熊は、勢い良くもんどり打って……と言うか、二~三回バウンドした後に、ズザザザザザァッ! っと地面を削ってから倒れていた。
「……本当に何だ、あれは?」
倒れた熊はピクピクと足の辺りを痙攣させている以外は、全く動く様子はない。
ああ……あれは気絶してるなぁ。
下手すると死ぬぞ、あれ。
突発的に飛んで来た、謎の熊を軽く見据えていた頃、
「あ、リダお姉ちゃんとアリンちゃん。こんな所で何してんの?……って言うか、こっちに熊が飛んで来なかった?」
熊がアイキャンフライ状態でやって来た方向からメイちゃんの声がやって来る。
……そこら辺で、私は思い出した。
キャンプの準備をしているメンバーの中に、メイちゃんがいなかった事に。
そして、何となくだけど、検討が付く。
ビックリするまでに豪快なヘッドスライディングをかましていた熊が、どうして飛んでいたのか? その理由を、だ。
「熊なら、そこに倒れているけど……これ、メイちゃんがやったのか?」
「ああ、やっぱりこっちまで飛んでたか~。薪拾いをしていたら熊に襲われたから、一本背負いで投げ飛ばしたんだけど、ちょっと勢い良く投げ過ぎちゃってさぁ? 途中で見失ってたんだよねぇ」
ああ、そう言う事か。
苦笑混じりに答えたメイちゃんに、私は『なるほど』と納得した。
「ほぇ~。やっぱりメイちゃんはつおいねぇ~。熊さんがすんごぉ~く飛んでたお~?」
納得混じりの私がいた所で、アリンも少しだけ驚いた顔になって口を動かしていた。
カワ子が物凄い勢いで捲し立てて来たのは、そこから間もなくだった。
『いやいやいや! 凄いとか凄くないとか……いや、凄いんだけど! そう言う問題じゃないと思うんです! 今のって、人間が出来るレベルですか? しかも、ここらでは獰猛なモンスターで有名なサーベルベアーじゃないですかっ!? あんなのぶん投げる人間なんか、私は見た事がないですよっ!』
遮二無二喚くカワ子。
そう言われてもなぁ……実際に飛んでる訳だから、それ以上の事は私の口からは何と答えて良いのか分からない。
「……ん? リダお姉ちゃん? この精霊っぽいのは何?」
そこから近くまでやってきたメイちゃんが、不思議そうな顔になってカワ子を指差す。
「ああ、何か色々あって、キャンプしてる所の川岸で出会った川の精霊だ。カワ子って言う名前らしいぞ?」
メイちゃんに尋ねられた私は、軽く説明をして見せると、
「え? 川の精霊のカワ子ちゃん? 何それ? そのまんま過ぎてビックリするんだけど」
メイちゃんがやや吹き出した顔で返答し、
『うるさいな! 分かり易くて良いでしょっ!』
直後、メイちゃんの言葉に激怒するカワ子がいた。
もしかしたら、少し気にしているのかも知れない。
そうなぁ……山の精霊の名前が山子さんだったら、やっぱりそのまんまの名前だなぁーって、思うんだろうし、風の精霊の風子さんがいたら、やっぱり同じ事を考えるかも知れない。
「カワ子……お前も、色々と大変だったんだな」
取り敢えず、私はカワ子に少しだけ優しくなろうと考える様になった。
『大変じゃないから!……そりゃ、ちょっとだけ『川の精霊のカワ子さんは、ある意味でキラキラネームよりインパクトがありますね?』とか、『そのまんま過ぎて逆に覚えにくいですよね?』とか、『カワ子ってさ? 可愛い子のカワ子って言う割りには、そこまで可愛くないよね~?』とかって言われて……ぐす……あれ? なんか、瞳から汗が出て来たぞ?』
「もういい! もう十分だ!」
精一杯自分を弁護していたんだけど、最終的には単なる自虐になって涙を流して来たカワ子を見て、私はいたたまれない気持ちになってしまった。




