初めての冒険【4】
あれ? 私の耳って、おかしくなったのかな?
何か……そんなに怖い所なんか、行くに決まってる……とか、言葉としておかしな台詞が聞こえて来た様な気がするんだが?
今度、耳鼻科に行く必要があるな……と、胸中でのみ耳鼻科へ行く事を決心していた私へと、
「だから、行くおぉぉっ! お化けなんか、アリン怖くないもんっ! 一口でパクリとか食べられないもんっ!」
アリンは真剣な顔して言って来た。
ああ……そうな。
子供だから、つい背伸びしたい時って、あるよな。
でも、このタイミングで、そんな我が儘を言って来るとは思わなかったよ……か~たまは。
少し呆れた顔になる私を前に、アリンは……何やら含み笑いをして来た。
「あれでしょう? か~たまが怖いんでしょう? ぷぷぷっ!」
……はい?
まさかの答えに、私はポカンとなってしまった。
こう見えても私は冒険者だ。
てか、冒険者協会の会長だ。
もう、一年以上も会長らしい仕事を全くしていないが、それでも冒険者協会の会長さんだ!
たかが化け物の一匹や二匹で……怖がってどうするっ!
「……アリンは知らないかも知れないけど、か~たまはこう見えて、色々な冒険をして来たんだぞ? 凄い怖いお化けとも戦った事があるんだぞ?」
「お? そうなの?」
「ああ、もちろんだ! お化けの大将みたいなのと戦った事もあるし、悪霊とだって戦った事がある!」
「ふへぇ……凄いんだお~」
胸を張り、ここぞとばかりにドヤ顔になって言う私に、アリンは素直に驚いていた。
そして言う。
「じゃあ、ここのお化けなんか、怖くないんだお!」
……ですよね。
そう来ますよね。
もう、か~たまは自分でも思ったよ。
三歳児の挑発にアッサリ触発されてしまうバカな親だと。
「だよね! リダお姉ちゃんがいれば、ここらのモンスターなんか、ケチョンケチョンのボコボコだよっ!……ああ! 私、その姿、見てみたいっ!」
絶好のタイミングだと思ったのか? すかさず、メイちゃんが私達の会話に入って来る。
私の戦闘は、メイちゃんの見世物じゃないぞ?
「おぉぉっ! アリンも、か~たまの格好良い姿がみたいおっ!」
…………。
や、やめてくれ、アリン。
そ……そんな羨望の眼差しで……無垢で純朴で、純粋に私の活躍に興味を示さないでくれっ!
そこまで言われてしまったら……か~たまも、頷く事しか出来なくなってしまうじゃないかっ!
もう……もうぅっっ!
「し、仕方ないな……但し、今日だけだぞ? 明日からはちゃんと魔導師組合の施設にある宿舎に泊まる事! いいな?」
……かくして。
私は魔導師組合の連中から変な目で見られつつも、少し離れた川沿いで不毛なキャンプをする事になって行くのだった。
○◎●◎○
どうしてこうなった?
そうと自問するが、自答する事はない。
結局……愛娘の我が儘に押し切られてしまう私がいたからだ。
我ながら、本当にアリンには弱いと痛感してしまう。
「見て見てっ! ルゥ! カニだよカニッ! 私、何気に本物は初めて見たかもっ!?」
魔導師組合の施設から、徒歩三十分程度の所にあった川岸にやって来た訳なのだが……来て早々に、ルミは嬉々として川の近くでルゥとキャイキャイはしゃぎ始めた。
「沢蟹ですか……私も沢蟹は初めて見ました。海にいる大きな蟹は、いつぞやの晩餐会で見た事がありましたが……生きている蟹は、これが初めてかも知れませんね」
顔から音符でも出て来そうな勢いでキャーキャー騒いで小さい蟹を指差すルミに、ルゥも少し興味を示していた。
まぁ、二人共お姫様だからなぁ……。
そりゃ、川岸にいる沢蟹なんか、見る機会もないだろうよ……。
「どうでも良いけど、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ? 川ってのは怖いんだからな?」
私は飽きれ眼になって二人に言う。
冒険者になれば当然の知識ではあるんだが……川は舐めると死ぬ。
一見すると、穏やかに流れているだけに見えるが、実は違う。
場所によって流れが異なる為、急に流れが強くなる部分があるんだ。
挙げ句、予想以上にデコボコしてて……浅瀬だった部分から、次の瞬間、いきなり深くなっていたりもする。
油断してると、ふとした事で足を持って行かれ……そのまま川に流されてしまう。
こうなったら大変だ。
激流に呑まれてしまうと、人の力など実に微力な物で……何の抵抗をする事も出来ずに身体の全てを持って行かれる。
最悪の場合、そのまま溺れて水死体になる。
川をバカにして、普通に川へと入り……そのまま流されてしまうヤツは、冒険者の中にも割りといるから……何と言うか、困った物だ。




