リダさん親子の平凡な一日【5】
「そ、そうなんです! 基礎と言う物は、どんな分野に置いても大切な要素で、きっちりと覚えない限りは、次のステップに進む事は出来ない概念でもあるのです!」
アリンを諭す感じで、頭を撫でながら答えた私の言葉を耳にして、先生のフリーズ状態が解除された。
「そうなのか~。うん、分かったお~! アリン、基礎をしっかりべんきょーするお~」
私と先生の言葉を聞いて素直に頷いたアリンは、お日様笑顔で頷いていた。
元が良いからと言うのもあるのだが、やっぱり性格と言うか……その笑顔が反則的に可愛すぎて、こっちも思わずほのぼのした気持ちになってしまう。
「そ、そう……ですね! アリンさんの様な素直さのある生徒がいる事を、私も嬉しく思います」
三歳児の天然朗らか笑顔に釣られて、先生も笑顔を見せていた。
正直、この笑顔があれば、世界から争いが無くなるんじゃないかって嘯きたくなる。
それだけの威力が、この三歳児にはあったのだ。
「はい! 頑張りますっ!」
若干、舌足らず気味のアクセントながらも、しっかりと敬語で答えたアリンは、顔もキリリッと引き締めて、礼儀正しく頷いて見せる。
こんな事を教えた記憶はなかったんだけど……でも、やって見せた。
親はなくとも子は育つと言うが……多分、そんな所なのかも知れない。
大方、誰かの礼儀正しい姿を見て、ああするのかと自分なりに学習した結果なのだろう。
こうやって、何気ない生活の中で、アリンは色々な事を勉強して行くんだなぁ……。
何やら、妙に感慨深い気持ちになっている私がいる中、
「か~たま? 学校のべんきょ~も頑張るから、さっきの式もおせ~て欲しいお~」
然り気無く、私の方にもおねだりして来た。
もちろん、私に断る理由はない。
「ああ、良いぞ? 今日、帰ったら教えてやるぞ~」
私はにんまりと柔和に笑って、すぐに頷いた。
その時だ。
「あ、あのぅ……その魔導式なのですが……出来れば、私にも教えて欲しいのですが……」
おずおずと、恥ずかしそうな顔をして答えた先生が。
お ま え も かっ!
いや、アンタは教える立場の人間だろう?
そもそも、教卓に立つレベルになってるのなら、自分で勉強しろと叫んでやりたい気持ちで一杯になったのだが、
「……ええ、構いませんよ」
私は一応の頷きを返して見せる。
いや……まぁ、なんてかだ?
ここで、妙に反感の買う台詞をわざわざ言う必要はないかな……と思った訳で。
「良いのですか!? リダさん、ありがとう! 先生、少しリダさんを見直しましたっ!」
先生は瞳をキラキラさせて喜んでいた。
……どうでも良いが、少しは見直したって……私の事をどう思っての台詞なんだろう?
きっと、ろくでもない事を言いそうだったし、最初からその真意を聞きたいとも思ってなかった私だけど、やっぱり少しばかり引っ掛かる台詞だな……とか思っていた。
「私としては、応用魔導の様々な高位式をスラスラ解けてしまう、リダさんの魔導式とかも気になります……少しでも良いので、その辺りの御教授もお願いしたいですね!」
いや、バカなの?
妥協混じりではあったが、快い返事を貰った先生は、更に瞳を輝かせた状況で私へと頼み込んで来る。
この言葉に、
「ふぁっ!? か~たま? もしかして大天才?」
アリンまで目を輝かせて来る。
まだ、基礎だってロクに勉強していないアリンが、そんな上位魔導式を覚えても仕方ないと思うんだけど……きっと、アリンにとっては好奇心の権化染みた内容だったのかも知れない。
…………。
人間とは、お腹が膨れる以外の目的でも知識を貪欲に求める特殊な生物だと言う。
己の知的好奇心が全てをそうさせているのだろうが、他の生物はここまで知識に貪欲ではない。
その結果、他の種族を凌駕する叡知を獲得し、今日の世界情勢へと繋がって行くのだ。
ご飯を食べて、雨風凌げる寝床で寝れて、暑さ寒さに耐えうる事が出来るだけの衣類を作る事さえ出来れば、それで満足と考えた他種族とは異なり、どんな物にもより良い物を構築しようと貪欲に知識を求めた結果でもある。
そう考えると、この世界ってのは努力した先人がいたからこそ、成立する世界なのかも知れない。
そして、先人達に負けない努力をしようと、これまた探求心を原動力にして、更なる飛躍を貪欲に求めているのが……人間なのだろう。
そう考えると、飽く無き探求と言うのは、底無しの欲望とも表現出来るな。
一重にそれが良い事とは思えないが、この探求心があったからこそ、人の世は栄えたと言う事もある。
……でも、だ?
いや、違う。
だからこそ……思う。
「……アリンには少し早いから、まずは基礎から学ぼうな? あと、先生……不躾を承知で申し上げますが……高位式は先生にも時期尚早なので、まずは応用魔導の下位式を独学なさるのが、高位式の近道かと存じます」
私はまず、アリンへとにこやかに答え、先生には遠回しな断りを入れた。
自力で探求するからこそ、切り開いた物が多い。
つまり、私に頼っての勉強では意味がないと言いたい。
百歩譲って三歳児のアリンはまだ分かるが……先生は良い大人なんだから、自分で調べろよと言いたい!




