疑惑の始まり【12】
「……なんの話だ?」
イリは惚けて見せる。
一見すると、かなりナチュラルに言っている様にも見えるが、そうじゃない。
うっすらとだが、動揺の色が見える。
だからだろう。
「イリさん……私達は仲間じゃなかったのですか? それに、賞金稼ぎ組合だって『組合』である以上、その最上段に位置する冒険者協会の会長に協力しないと言うのは、如何な物かと……」
イリの態度に動揺があると感じ取ったユニクスが、すかさず捲し立てて来た。
「なんだよ? 職権乱用か? 自分の権威に物を言わせて態度をデカくする様なヤツは、生け好かないんだがな?」
しかし、イリは眉を寄せる。
顔では言っていた『その話し方じゃ、俺から情報は出て来ないぜ?』と。
ここらに関して言うのなら……そうだな?
私も納得出来る部分がある。
自分の肩書きを鼻に掛ける様な言い方をするヤツが、私も嫌いだった。
「そうだな……そこは、ユニクスが悪い」
「えぇぇ……」
アッサリ非を認めた私がいた事で、ユニクスは軽く引いていた。
ユニクスからするのなら、なんら間違った事を言ってない……って顔だ。
確かに間違った事を言っていないかも知れないが……粋じゃないだろ? その言い方は?
「取り敢えず、ユニクス。ここは私に任せてくれないか? イリとの付き合いは、私の方が長い。ある程度ならヤツと意気投合して話をする事が出来ると思うんだ」
「……仕方ありませんね」
ユニクスは不承不承ながらも頷いた。
他方のイリはつまらない顔になって、
「ユニクスよりは長いかも知れないが、それで俺の何が分かってると言うんだ?」
「さぁてね? キイロさんから比べたら、私だってお前の性質とかをちゃんと理解しているレベルではないかも知れないが……それでも、今ここにやって来た三人の中では、私がお前を一番理解していると自負したい所だな」
よって、私がお前と会話する。
まさに適任だと思うんだがな?
「……そうか。分かった、好きにしろ。どの道……お前達に話す事なんざないしな」
イリはぶっきらぼうに言う。
何で、そこまで私達に非協力的なんだよ、お前は……?
思わず、胸中でそんな事をぼやいていた時だ。
「イリ、そろそろ話して上げたら?」
キイロがイリへと答えて来た。
「……お前、言ってる意味が分かって言っているのか?」
イリは唖然となる。
……やけに深刻と言うか、私に本当の事を教える事が重大な選択肢になっている様に見えた。
それが、どんな意味を持つのかは、やっぱり全然見えて来なかったのだが。
「私は、何でも一人でやろうとするイリの姿を見てるのが辛いんだよ……ううん、もう我慢の限界って言っても良い位……」
「それが俺の仕事なんだ。辛いとか……そんな甘ったれた気持ちでやってる訳じゃないんだよ」
悲しそうな瞳でイリへと訴え掛けるキイロがいたが……しかし、それでもイリは頑として首を縦に振らない。
なんて頑固な野郎なんだよ……。
そこから暫く、キイロとイリのにらみ合いの様な状態になる。
……そして。
「そんなに意地ばっかり張ると、もうチューもハグもして上げないんだから」
「ああ、良いぜ? むしろ清々するぜ!」
「ミドリに『実はお父さんは疣痔』って言いふらしてやるから」
「おまっ!? それ、完全な嘘じゃねーかよっ!」
妙な夫婦喧嘩が始まった。
聞いてる限りだと、妙に生々しく……そして、地味にセコい。
夫婦喧嘩の内容は……割愛。
一例となるのが、さっきの会話だと思ってくれたら幸いだ。
イリがこれまで甘受して来た恩恵(?)に当たる物から、ありそうでなさそうな嘘をでっち上げ様としてたりと……まぁ、良くポンポン出て来るよなぁ……と、逆に感心してしまう様な内容だった。
果たして。
「分かった! 分かったよっ! 話せば良いんだろう? 話せばっ!?」
最終的に『お小遣いを減らすぞ?』と言う当たりで、イリの分が悪くなり……最終的に降参する事になって行く。
…………。
何てか、こう言うのを見ると……母は強いんだなぁ……。
そして、イリさんよぉ……。
「旦那になる事って、結構しんどい事なんだな……」
「言うな……虚しくなる」
やや同情するかの様に答えた私へと、イリは苦虫を噛む様な面持ちで毒突いた。
普段は天下の賞金稼ぎとして世界的に有名なイリも、家庭の中では単なるお父さんでしかないのだろう。
家庭は、かかあ天下の方が何かと円満だったりもするが……他人に見せたい代物でもない事は確かだ。
ここは敢えて、素直に引き下がって置く事にしようか。




