驚きの始まり【8】
「どうしてユニクスを選んだのかと言えば……もう、お前のふためきが全てを語ってるだろ? 向こうからすりゃ、お前の精神を揺さぶるのにユニクスはかなり都合が良かった。そう言う事だろ?」
イリは尚も淡々と……飽くまでも客観的な第三者の視点から、私へと言葉を向けた。
「…………」
言葉が無かった。
つまりは、そう言う事なのだろう。
イリと私との大きな違いでもあったのかも知れない。
私は、余りにも私情と言う物を強く持ちすぎてしまった。
これが悪いとは、今でも思わない。
むしろ、人間は一人では生きて行けない以上……多少なりとも協力して生きて行かなくてはならない。
だからこそ仲間と言うのは大切で、みんながいてこその自分だと、今でもそう考えている。
イリも、大方はこの考えに理解を示してはくれるだろう。
しかし……きっと、根本的な部分は大きく違うんじゃないかと、私は思ってしまう。
イリは多分、それはそれ、これはこれとしっかりと割り切る事が出来るのだろう。
そして、それが私にはしっかり出来ない。
……だからだろう。
「こんな事は俺の口からわざわざ言わなくても分かっている事だと思っていたから、敢えて言わなかったけど……これは生死を懸けた戦いだ。もちろん試合なんかじゃねぇ……ルールなんて小綺麗な代物だってないんだよ。要は、どんな手を使ってでも相手を殺せば良い。汚いも反則もあるか。現にお前が動揺している姿は、向こうからすれば計算通りなんだろうよ? どう言う理屈で、お前を精神面から攻めているのかまでは知らないが、そこで動揺なんぞしたら相手の思う壺だって言う事を、しっかりと肝に命じる事だ」
イリはいつになく饒舌に私へと語り掛けた。
いや、語り掛けると言うよりも訴え掛けると表現した方がより正しいのかも知れない。
それだけ、必死さが伝わる口調だった。
……なるほど、な?
「言いたい事は分かったよ。ともかくユニクスには気を使う事にする」
私はイリの助言をしっかりと受け入れる事にした。
そして、私を殺そうとしている犯人へと、強い憎悪の念を抱く事になった。
例え、それが私を殺すツールになったとしていても。
暗殺にルールなんて物が、最初からないとしても。
それでも、ユニクスを犯人に仕立て上げようとした行為だけは、絶対に許す事が出来なかった。
今の時点で分かっている事から考えると……ユニクスは相手に意識を乗っ取られているのだろう。
簡素に言うのなら、完全なる操り人形状態になっていると言う事だ。
犯人は、本当に何を考えてこんな事をしていると言うのだろう?
私が狙いであったのなら、私だけを狙えば良いのに。
それをやらず、敢えてユニクスを狙い……そして、暗殺の道具として使った。
心の中から、沸々と沸き上がって来る怒りのマグマに、精神がどうにかなってしまいそうだった!
何を根拠に、西側から密入国までしてやって来て、私を殺そうとしているのか? その理由は全く分からないままだが、こっちには許せない理由が生まれてしまった。
その腐った根性……絶対に叩きのめしてやるっ!
私の怒りは、ここで大きく燃え上がる事になって行くのだった。
□○◎○□
十分程度だろうか?
ともかく、大体その程度の時間をイリとの会話に費やした。
分かった事は、ユニクスに狙われた事で瀕死の重症を負い、生死の合間をさ迷ったと言う事。
それにしても……イリの実力であったのなら、ユニクスに殺されそうになるとは思えないんだけどなぁ……?
他にも気になる事がある。
イリがユニクスに殺されそうになっていた時間だ。
一応聞きはしたのだが、今日の昼間過ぎ程度らしい。
その時間……ユニクスは、私と一緒にいた様な気がするんだが……?
ただ、判然としている訳ではないんだ。
私は、診療所へと向かい、自分に催眠などが掛けられているかどうかを調べに行って、問題がない事を知った後、自宅に戻って軽く荷造りをしていた。
この一連の間に私は確かにユニクスと会っていたのだが……私がしっかりと会話をしていたのは、荷造りをはじめて少ししてから。
もしそうであるのなら、時間的に矛盾している様で……実はちゃんと調べれば、矛盾していない可能性なんかもある。
ほら? 何てかさ?
昔流行ったじゃん?
こう言う、時間のトリックってさ?
そして何より、ユニクスの顔をしっかり見ているイリの証言に嘘はないと思っている。
余談だが、その後に聞いたキイロやミドリの話だと、やっぱりユニクスがイリを襲ったらしい。
そして、イリはミドリとキイロの二人を庇った事で、運悪く致命傷を負う事になったんだとか?
そう考えると、イリも人の事が言えないなぁ……?
私情がどうとか? 冷徹になれとか?
何か、そう言う格好の良い事を言っておきながら、自分はちゃっかり嫁や娘の為に命を投げ出していたんだからな?
思った私は、少し苦笑してしまった。




