驚きの始まり【2】
「先生、ありがとうございました。これで安心して学生生活を送る事が出来ます」
答え、私は深々とお礼を口にした。
「うんうん、そうですか。それは良かったです。今後も何か困った事があればいつでも来て下さい。ジャベリン様には、普段から色々と助けて貰っていますから。可能な限り恩返しがしたいのですよ」
先生はニッコリ笑って言う。
へぇ……そうだったのか?
診療所の先生が、どうして外資系の人間と仲良くやっているのかは……流石に野暮なので聞かなかったが、顔を見る限りだとそれなりにジャベリンは恩を売ってる模様だ。
普段は、ユニクスが近くにいる事もあってか? 単純に意中の相手を口説き倒すだけしか能のない残念な男に見えてしまう傾向にあるのだが……当然ながら、そうではない事が良く分かる台詞でもあった。
どちらにせよ、私もジャベリンに一つ貸しを作ってしまったな。
今度、何か助ける時があったら、私もしっかりとフォローして行こう。
そんな事を考えつつ……私は帰宅して行った。
その一時間後には、既に荷造りをはじめていた。
さっきも言ってたが、この診療所は存外近所にあったからだ。
「……? リダ様? 何のおつもりですか?」
自宅に戻って来て早々に荷造りを始めた私を見て、いつの間にか人の部屋に入って来ていたユニクスがハテナ顔になって私へと聞いて来た。
見て分からないか?
「寮に戻るんだよ。元々、あっちには生活に必要な物は置いて来たから、そこまで用意する様な物はないんだけどな?」
セッセと、寮に戻る準備をしながら口を動かす私。
夜逃げではないんだが、刹那的に半分逃げるかの様に自宅へと戻って来た関係もあり、ここで敢えて荷造りなどしなくても、必要な物は一通り向こうにはある。
しかしながら、あっちの生活をしていて分かった事が色々ある。
まず一つに、暇潰しグッズが大量に必要だと言う事だ。
これは私個人の感想なのだが……予想以上に退屈になる時が多い。
ルミから借りたニイガ魔導全集等が、私にとって良い退屈凌ぎになった程だ。
ここから分かる様に……存外、色々と退屈凌ぎになる代物を自宅から持って行った方が、より良い学園生活を送れると言う事が、最近になって良く分かった。
そこで、そこらの荷物を見繕って持って行こうと考えていたのだ。
結果……おおよそ、生活必需品には遠く及ばない物ばかりがメインの荷造りになってしまったのだが……まぁ、そこは大丈夫だろう。
本当の意味での生活必需品は、ちゃんと向こうに置いてあるのだから。
「……あのぅ……すると、もうここは引き払うのですか?」
ユニクスは途方もなく苦い顔になってぼやいた。
私は苦笑混じりになって顔を横に振った。
「いいや、そんな事はしないさ。学生をする必要が無くなって、元の会長……あるいはただの冒険者に戻った時は、ここが私の自宅になる訳だし。これでもこの自宅は自分なりに気に入っているから、簡単に手放す様な事はしないつもりだ」
「そうですか……それは朗報ではあります……ありますが?」
そこまで言うと、ユニクスは苦々しい感情を更に外へと押し出す形で顔を歪ませる。
「今は、リダ様があの学園に戻るのは極めて危険過ぎませんか!? どう考えても水晶に出て来た犯人が、あの学園内に潜んでいる可能性の方が高いのですから!」
……何を今更。
……と、言うかだな?
「だからこそ戻るんじゃないか。虎穴入らずんば虎児を得ずだ。多少の危険やリスクを追うのは、それに見合う対価が存在するからこそだと思うんだが?」
「見合う対価があれば……の、話です! 現状では、リダ様の危険が爆発的に増大するデメリットの方が圧倒的に高過ぎます! 私は断固反対です!」
ユニクスは両手コブシをギュッ! と握った状態で叫んでいた。
心から私を心配してくれている事が、嫌でも分かる光景でもあった。
それでいて、実にユニクスらしい考えでもある。
とにかくユニクスは、人一倍の心配性なんだよなぁ……。
けれど、私は寮に戻るぞ?
自分でも知らないうちに休学扱いとかされるのは嫌だからな?
「別に私は戻ると言うだけの話だ。お前はここに残りたいと言うのなら、別に構わないぞ? 好きなだけ居れば良いじゃないか」
そうと、私は何気なく答えた時、
「……え? 好きなだけですか?」
ユニクスは目を大きく見開き……そして、頬を紅色に染めた。
……?
今の台詞に、そこまで勘違いが出来る様な内容が存在していたか?
「リダ様が……自分の自宅に『好きなだけ居ても構わない』と言ってくれるなんて……」
答え、ユニクスは感動で瞳から涙を流していた。
……いや、まて?
「リダ様! 今の台詞をもう一度だけ言って頂いてもよろしですか? 今後の証拠に……あ、いえ、記念に録音して置きたいので!」
「バカなの、お前わっ!」
最後は、地味に興奮していたのか? 恍惚の笑みで鼻息まで荒くなっていた。
当然、私は即行でユニクスの言葉を一蹴した。




