交換留学生からの洗礼【15】
「すいません、リダ様……私がついて居ながら」
少し間を置いてから、バアルが深く頭を下げた状態のまま私へと答えた。
「いや、むしろ直ぐに報告を入れてくれて助かった。私こそ、アリンに対しての危機管理能力が不足していた……すまん。母親失格だ」
頭を下げるバアルに対し、私は笑みを作りながらも声を返した。
作り出した愛想笑いは……妙に乾いた笑いになっていた。
……アリン。
「……はは、本当に私は親として失格だ。アリンを主軸とした思考よりも、自分の事を優先的に考えていた気がするよ……守るべき存在は私ではなくアリンであった……その重向を……比重を自分に置いてしまった時点で、今回の事件は起こるべくして起こってしまった」
答え……視界が涙で歪む。
浅はかな自分に嫌気が差して仕方がない。
「リダ様! 御自分をそこまで責めてはいけません! 責めるのであれば、即座に察知して救出しに現地まで向かったと言うのに、返り討ちにあって……すごすごとリダ様に助けを求める形で逃げ帰って来た、この私めを責めて下さい! これは私の責であり……罪でもあります。どうか、罰をお与え下さい。どの様な罰をも、喜んで受けましょう!」
バアルは真摯な瞳を真っ直ぐ私へと見せながらも答えて来た。
……コイツ、本当に悪魔なんだろうか?
ハッキリ言って、複数の悪魔王を束ねる悪魔皇帝の言葉とは思えない態度であり、言動だ。
……いや、違うか?
むしろ、悪魔皇帝と呼ばれるだけのカリスマ性があったからこそ、バアルは数百万はいるだろう悪魔達の頂点に立つ事が出来る。
元々、こいつの名前は『バアル・ゼブル』なのだ。
崇高なる名君なのだ。
今のバアルが見せる態度こそが、元来あるべき姿であり態度なのかも知れない。
「お前に罰など似合わない。頭を上げろ」
「しかし、リダ様……」
「何度も言わせるな? お前に罰など似合わない……仮に失敗をしたと言うのなら、その失態を全力で覆して見せろ。他の連中であれば不可能な事かも知れないが、お前なら可能だ」
「………」
私の言葉に、バアルは無言になった。
そこからしばらく、無言状態は続く。
一分程度経った所だったろうか?
「リダ様は……本当に素晴らしい人格者です。本当に……涙が出そうですよ。冗談でもなんでもなく、ね?」
答えたバアルは、そこで表情を一気に引き締めた。
「良いでしょう。不肖・このバアル! 全力でリダ様に見せた失態をひっくり返し……いや、むしろ余りあるだけの功績をお見せしましょう!」
「うむ! 良い顔になったな? よし、頼むぞ? バアル! 私は無理な事は言うが『やれない事は言わない』のだ……この意味は分かるな?」
つまるに、バアルならやれる。
私はそうと確信している!
「もちろんであります、リダ様! では、リダ様はフラウ達とゆっくり雑談を楽しんで下さい!」
バアルは胸を張る形で言うと、私の視界がフッ……と、瞬時に変化した。
変化した先は……先程までいた喫茶店だ。
ワイワイと喧騒の様な物が周囲からやって来た事で、ふとここが喫茶店である事に実感の様な物が湧いた。
「……そこまでする事はないだろうに」
喫茶店に戻って来た所で、私は思わず苦笑いをしてしまう。
私も少しばかりバアルに言った言葉を間違えてしまったかも知れないな?
確かに私は言ったのだ。
失態を取り返せ……と。
つまるに、バアルの失態はバアル本人が取り替えさなければ意味がない……と言う意味に繋がる。
これらを加味するのであれば、私はむしろ関わって欲しくないのだろう。
そうなれば、私は元の喫茶店に戻る……と言う事になるわな?
しかしながら、これは私の監督不行が原因だ!
何より、娘が何者かに連れ去られて行方不明だと言うのに……その母親が悠長に友達と茶店でだべって居られるのか? って話しだ!
それが普通に罷り通ると考えているのなら、もはやそんな奴は母親失格どころの話しじゃない!
もちろん、私だってそうだ!
……でも、ちょっと尿意が危険だからトイレだけは行く事にする!
今度こそ普通のトイレに入って用を足した私は素早くフラウ達の席へと戻って来た。
「……なんか遅かったね、リダ? もしかして……」
「便秘じゃないからな!」
そして、私の顔を見るや否や、もはや公然のボケネタとなってしまいつつあった台詞を先回りする形で私が素早く否定する。
ハッキリ言おう!
今は、そんな下らないボケにツッコミを入れる事だって惜しいのだ!
「すまん! いきなりで申し訳ないが、急用が出来た!」
言うが早いが、私はフラウ達の席に座る事なくそうとだけ叫ぶと、
バンッッ!
フラウ達の前に喫茶店で飲んだコーヒーと、軽食の代金を素早くテーブルに置き……一目散に外へと出て行った。




