魂の追憶【1】
……元来。
人間とは自分の半生を生きた程度の記憶を持っているのが常識と言える。
自分が自分であり、自身が残した半生の追憶を持ち、かつて歩んだ己の過去を記憶の断片から思い返すと言う行為は、決して難しくはないだろう。
ここは、私も同意見だ。
しかしながら、私の場合は少し勝手が違う。
全てを思い出すには至らない物の……かつての自分、今の私ではない私をしていた頃の記憶が、僅かながらも残っていたりする。
率直に言おう。
それは、前世の記憶だ。
得てして……前世の記憶がある人間と言うのは、早々居るものではない。
むしろ、これを一般的と考えている者が居るのであれば、その人物の周囲には同じ様な境遇の知人・友人が沢山居るのか? そうと尋ねたい。
あるいは、実際に前世の記憶を持つ知人や友人が周囲に沢山いようとも……視野をもう少し広げて世間へと目を向けて欲しい。
果たして、前世の記憶を持つ人間は一般的か?
答えは聞かずして分かる……そんな筈がない。
これらから鑑みても、やはり私の様な存在は極めて稀有と結論付けて良いだろう。
まぁ、特別だからと言って、良い事など何一つありはしないのだが。
だが、メリットが一切ないからと言って悲嘆する必要はない。
むしろ『さもありなん!』と笑いながら一蹴すべきだ。
この理由は、実にシンプル。
現状の私が、かつての私を振り返るに値しない、充実した毎日を送っているからだ。
過去を振り返る様な生活よりも、現在を楽しんで生きていた方が、人間として健全であろう。
前世の記憶と言う魂の追憶は、私にとって無用の長物に過ぎず、特段あってもなくても構わない。
そして、これからも変わる事のない、普遍的な代物になって行くだろう……そう、思っていた。
……しかし。
どうやら、私の考えは……余りにも甘かったらしい。
少なからず、私は余りにも……そう、余りにも……無知だった。
◯◯◯◯●
「あら、存外片付いている部屋なのね? 私はもっと生活感のある、ジャングルの様な佇まいをしているのかと思っていたんだけど……予想外だったわ?」
冒頭から失礼極まりない台詞を、空気中の酸素を肺の中に入れるまでのナチュラルな口調でほざいていたのは、私にとって一応の担任。
名前はリーナ・マリル。
この物語を序盤の方から飛ばす事なく読んでいる方なら、多少は知っているかも知れないが、元々はプロトタイプの人工邪神でもある。
アリンとは違い、前世でもなんでもなく、今でも現役で人工邪神として生きている陰険女だ。
性格は、決して悪くはない……らしい。
どうして最後に『らしい』と言う表現をするのかと言うのなら、私には全く当て嵌まらないからだ。
ただ、一応の理由と言うか、事情の様な物は分かる。
彼女はアインを愛していたからだ。
アインと言うのは……アリンの父親であり、私にとって幼馴染でもある。
そして……前世でも一定の繋がりがあった相手でもあった。
ここに関しては、二編目を読んで貰えたら幸いだ。
取り敢えず、今回の場合はアインと言う幼馴染が私にいて……そして、アリンの父親であると言う部分さえ知って貰えば問題なく物語が読めるので、ここだけ覚えて貰えると嬉しい。
それと、もう一つ。
私は、結果的にアインを殺してしまった……と言う事。
………正直、さ?
今思い返しても、あの時はああするしかなかったと言う答えしか出て来ない。
あの当時の私では、アインを圧倒するだけの実力もなかったし……むしろ、アインに圧倒されていた、と言うのが実情だった。
しかしながら、例えどの様な経緯があろうとも、私がアインを殺した事には変わらない。
如何に不本意であろうと……私の心が大きく軋んでいたとしても、尚……私はアインと死闘を繰り広げ、その先に生存したのは私であり、死んだのはアインだった。
この事実だけは、どう足掻いても捻じ曲げる事など出来ない。
故に、リーナは私を大きく激しく恨んでいるのだ。
こればかりは、私も甘んじて受け入れなければならない。
でも、底意地悪いんだよなぁっ!
担任と言う立場を利用して、私へと地味ぃぃぃぃぃに嫌がらせをするなんて、日常茶飯事! 本当、マジで勘弁してくれないだろうか?
そんなリーナが、何故か私の部屋へとやって来た。
個人的な観点からすれば、私のプライベートにまでやって来て欲しくない。
もうね? 学校の教室で顔を合わせるだけで、十二分過ぎるぐらいにお腹一杯なんだよ!
もちろん、全く以て私の思考には、リーナが自宅にやって来ると言う一点に於いて『本意』と言う単語などありもしない。
徹頭徹尾に於いて『不本意』と言う言葉しかないね!
つか、マジで何しに来たんだ? この陰険担任はっ⁉︎




