上位魔導師のお仕事【16】
「……で? 凶悪なトラップがなんだって?」
程なくして、私は後ろにいた支部長に向かって声を吐き出す。
支部長は『ははは……』と苦笑してから、
「どうやら、リダさんには全く問題のないトラップであった模様です。僕も少し心配症なのかも知れませんね」
お茶を濁す感じの台詞を口にする。
……ふむ。
分かれば良いのだ。
「……え? 何かトラップがあったの?」
少し間を置いてから、ルミがキョトンとした顔になって言う。
きっと、私にしがみ付くのでいっぱいいっぱいだったのだろう。
答えて間もなく、ロビーに大岩が転がっていた事に気付き『え? なんでこんな所に岩なんてあるの? 変な家だねぇ〜?』とか、なんとか……軽く笑いながら答えていた。
やっぱりお前はホラーやサスペンスとは無縁の人間だよ……。
普通の人間は、大岩が転がっているだけで、確実におかしな事が起こっていると疑う物だ。
懐疑心の欠片も見せる事なく、能天気に『変な家』の一言で終わっている、お前の天然っぷりには私も唖然とならざる得ないぞ!
「やっぱり、リダが来てくれて良かった……私の様なか弱い女子だったら、入り口に入ろうとした瞬間にぺしゃんこだったよ! うん、これからもリダが先頭で良いんじゃない?」
直後、フラウが満面の笑みで、己の仕事を放棄する。
マジでやる気あるのか? お前は?
「そうだね! こんな大岩で踏み潰されたら、全部ペシャンコだね! ただでさえフラウは胸がぺっちゃんこなのに、身体全部がぺしゃんこなんて、笑えないよね!」
直後、ルミが『うんうん』と納得加減の言葉を口にし、
「私の胸はペッチャンコになんてなってないからっ!」
即座にフラウがツッコミを入れて来た。
いつも通りの普遍的な会話だった。
「なんだよ、ルミ。いつも通りじゃないか? それなら、そろそろ私から離れて欲しいんだが?」
怖いのが怖いとか言っておきながら、全く怖がる様子もない……と言うか、至って変哲知らずな憎まれ口をロイヤルスマイルで叩くルミがいた所で、私は地味に苦い顔になって言う。
「えっ⁉︎ や、やだよ! 実は、私……物凄ぉ〜く怖いんだけど、なんとなく大丈夫なだけなんだから!」
何となく大丈夫なら、その時点で十分問題ないと思うんだが?
正直、今すぐ離れて欲しい気持ちで一杯の私ではあったのだが……結局やっぱり離れてはくれなかった。
せめて美少年が良かったんだけどっ⁉︎
ほら、さ? やっぱり、さ?
ホラー耐性のない、年下の子がさ?
おねーさんを頼る感じで、こうぅぅ……私にしがみ付いて来る的な?
そう言うシチュエーションだったら、私だってそこまで邪険な真似とかしないと思うんだよ!
しかしながら、現実は残酷な物だ。
私へと必死でしがみ付いて来ているのは、同級生の女。
こんなのが、私の背中へと密着する形でくっ付いて来ても、私はちっとも楽しくない!
ただただ、暑苦しいだけなんだよ! 全く!
この物語を読んでいる方が男性であるのなら、ルミが男だと想定して考えてみよう。
やたらビビりな男友達のクラスメートが、持ち前の根性なしを存分に発揮する形で、自分の背中から引っ付いて離れない……と言うシチュエーションを、頭の中に浮かべてくれないか?
……どうだい?
私の苦悩を分かってくれたかな?
ズバリ言って、この場で即刻引き剥がしては、そこら辺にペイって捨ててやりたい!
しかしながら、この屋敷……支部長が言う様に、多数のトラップが設置されている模様だ。
私クラスになってしまうと、単なる子供騙しに毛が生えた程度の代物に過ぎないが、ルミの場合だと引っ掛かって大怪我を負ってしまう可能性がある。
そこらを考慮するのであれば、多少距離が近いとは言え、私の近くに居てくれた方が対処はしやすい。
一番の上策は、そもそもルミがここに居ない事……なのではあるのだが、今回も連れて来なかった場合、絶対かつ絶望的にヘソを曲げて来るだろう。
下手をすれば三日は口をきいてくれないかも知れない。
そうなってしまったら骨だ……仲直りの口実だって探すのが面倒だし、しばらくはアレコレとルミに気を遣う羽目になってしまうだろう。
これら諸々を加味するのであれば、多少引っ付かれる程度の事は大目に見る必要があるだろう。
……って、事にしとく!
本当は、真横を歩いてくれる程度が丁度いい距離だけど、そこは妥協してやろう!
寛容な心を持つ、私の気遣いに感謝して欲しい所だ!
……と、話しが大きく逸れてしまったな?
そろそろ本題に戻ろうか?
私は、ロビーからズンズンと進む形で前方にあるドアに向かって歩いて行く。
見る限り、他にドアと言うドアが見当たらなかったからな?
一応、二階に続く階段はあったのだが、支部長が言うには『ミィクの部屋は一階にあるので、まずはそちらに向かいたい』との事。
……ふぅむ。
少し違和感のある台詞だな?
どうして、そう思えたのか?
それは、支部長の口振りだ。
まるで、この屋敷を良く知っているかの様な口調だったのだ。
ここが、ちょっと気になった。




