二人の女神と母と勇者様【5】
本来は主人公である筈なのに、いつの間にか背景の一部と化しては、周囲の仲間に拘束されて動けないと言う、訳の分からないボケを披露していたみかんを尻目に、りんごさんとココナッツ様……そしてパインの三人による、親子の会話が展開されていた。
なんとも滑稽な光景であった。
みかんがシリアスな空気を根底からぶち壊すかの様な態度を露骨に取っている光景をバックに……まるで後ろに見えない防音壁でもあるんじゃないのか? と言いたくなるまでにオールシカトされながらも、パインは悲壮感を大きく漂わせて俯いていたのだから。
そして、そのパイン本人も……未だ巨大な謎箱に入ったままだ。
もはや、全力で人を笑わせに来ているとしか思えないのだが?
だけど、実際には割と真剣に相手の心と向き合っていたりもする。
謎箱の中にいたパインの頭……首から上の部分をそっと優しく抱きしめたりんごさん。
「悲しい顔をしなくても良いぞ、パイン? 私はお前の母だ。悲しい顔をしている娘を放って置くような母であろう筈がないだろう?」
「お母さん……」
優しく抱きしめ、温和に微笑みながら答えたりんごさんに、パインは瞳をウルウルさせて声を返していた。
やっている事は、何気に私も感慨深い。
母親としての温もりが、娘の瞳に一粒の涙を生み出した。
結論からするのなら……やはり、母親の愛情は海よりも深い物なのだ。
でも、謎箱のせいで、素直に共感する事が出来ない私がいるんだけどなっ!
その一方、パインへと愛情を注ぐ母親の姿を見たココナッツ様は、酷くイライラした表情をアリアリと作り出していた。
「それは私も一緒ではないのですかっ! 私もあなたの娘であり、あなたの言付いいつけを守って、この街を五千年前の世界と同じ状態にした! それなのに……何故、あなたはパインばかりに甘い顔をするのですかっ⁉︎」
語気を荒げて叫ぶココナッツ様は、顔で『理解出来ません!』と言わんばかりに叫んでいた。
きっと、ココナッツ様の感覚からすれば、自分に厳しくパインに優しい母親の態度が、恐ろしく不公平に見えて仕方なかったのだろう。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
ココナッツ様は頑張って、キータ国を作り上げた。
その一方で、パインは何をしたと言うのか?
私の知る限り……パインがやった事は、破滅の女神として暴れ捲った事しか知らないぞ。
しかしながら、そこはりんごさんだって知っているだろう。
「じゃあ、言ってあげる。確かにあなたは良くやってくれたわ? 実際にキータの街は豊かな国になり、文明も生まれて……かつてあった世界に近い状態にまで戻った思う。そこは私も感謝したいわね?」
事実、りんごさんは素早くココナッツ様を称える感じの台詞を返して来た。
表情も緩やかで、朗らかに。
……でも、胸元で抱きしめるパインを離す事はなかった。
故に、ココナッツ様のフラストレーションが履ける事はない。
「じゃあ、どうしてパインにだけ甘い顔をするのですか!」
「下心がないのよ? パインにはね?」
「……はぁ?」
笑みのまま答えたりんごさんの言葉に、ココナッツ様は惚けた。
……かなり驚いた! って顔だった。
きっと、りんごさんの言っている意味が全く分からないのだろう。
けれど、私的には……まぁ、りんごさんの言いたい事が分かったね。
これは、飽くまでも私なりの個人的な感想と言うか、ココナッツ様を客観視した上での言葉なのだが……ココナッツ様は、少しばかり長く世情に携わり過ぎたんじゃないのかな? と、思ってしまう。
だから、自分でも気付いてないのだろう。
普通の女神様は、自分の目的を達成させる為に、後から請求書を送り付ける様な腹黒い行為をして来ないと言う事実を……。
元々のココナッツ様であれば、その様な海千山千な思考を持ち合わせては居なかったと思う。
けれど、長い年月を経て……『自分でも気付かない内に』世情の流れに心が染まってしまったのではないか? そう思えてならなかった。
よって、りんごは遠回しに言ったのだ。
お前には下心がある!……と。
もちろん、ココナッツ様からすれば到底受け入れられる言葉ではなかった。
むしろ、耐え難い屈辱の雑言にしか聞こえていない。
「私は誰彼に感謝される目的の為だけにやっていた訳ではありません! この五千年近い、悠久と述べても差し支えない時間の中、あらゆる者から感謝された事は確かにありましたよ? 山の様に感謝されたと思います!……思いますが、ありがたいと思う気持ちこそあれ、自分から『感謝しろ!』と、感謝を強制した事など、一度だってありません!」
いつになく荒ぶった表情を見せていたココナッツ様は、自分の激情を全てぶつける様にして、りんごさんへと怒鳴り声を放った。




