加護と剣聖杯と勇者様【21】
「……なっ⁉︎」
匿名希望の女神……ってか、もうシズがバラしてるから、ここはもう普通に名前で呼ぼうか?
イシュタルが温和に語る中……その事実を耳にしたユニクスは思わず唖然とした顔を作ってしまった。
同時にユニクスは気付いたのだ。
闘技場の外にいる観客を擁護する為に作成されていた魔導防壁が限界を迎えようとしている事実に。
「……流石はリダ様です。私は全く気付く事が出来ませんでした」
私が、どうしてわざと場外負けを選んでいたのか? その理由を知ったユニクスは、大きく肩を落としながら答えた。
戦闘に全神経を注いでいたユニクスは、闘技場に起こっている危機的状況に意識を向ける事がどうしても出来無かったのだろう。
それはそれで仕方のない事だ。
そもそも、互いに真剣勝負をしている中……それ以外の事に精神を使っている時点で、もはや全力とは言えないからな?
全神経を眼前にいる相手へと全て注いで初めて『真剣勝負』と表現すべきであって……周囲への配慮に多少なりとも気を遣っていた私の行為は、全神経を私に注いでいたユニクスに対して失礼極まる行為とも形容出来た。
しかし、ユニクスはそう思わなかったらしい。
「完敗です……強さだけではなく、この場にいる全ての人達へと向ける配慮を同時に見せたリダ様の器量と采配には脱帽する事しか出来ません」
答えたユニクスは、私の近くまでやって来てから、ペコリと頭を下げた。
そこから審判の所へと向かい、降参の告知をしようと口を動かそうとした……その時。
「……待ちなさい、勇者・ユニクス。勝負はまだ終わっておりません」
真剣な顔をしたイシュタルが、その言葉を止めた。
「……? どうして止めるんだ? 堕落女神?」
「誰が堕落女神ですか! 私程、日々の生活をしっかりと生きている者などおりませんから!」
「そうか、分かったよ自堕落女神……そこは置いておこう? それより……」
「置いておけますかっ! しかも、分かったと言いながら……言うに事書いて『自堕落女神』ですってっ⁉︎ 撤回なさい! 今直ぐに!」
ユニクスとイシュタルの会話は遅々とて進まなかった。
この二人の会話って、どうしてここまでグダるんだろうね?
「まぁまぁ、取り敢えずは話しを進めしょう?」
仕方ないので、二人の間に私が入る形で、どうにか会話を成立させる努力をしてみせる。
途中、ユニクスの耳元へと向かい『……オイ、ユニクス……ここはイシュタル様の顔を立てとけ。こんなんでも最高神なんだぞ?』と、小声で呟いて見せたのだが『ちゃんと聞こえてますよ?』と、間もなくイシュタルに言われたので、地味に苦笑する事しか出来なかった。
女神様の癖に、大した地獄耳だ。
……まぁ、私も同じ様な芸当が出来るので、人の事は言えないのだが。
「……仕方ありませんね? ユニクスの暴言は、リダさんの顔を立てると言う事で……今回だけは水に流してあげます。でも、一回だけですよ? 今回だけですからね? また性懲りもなく言ったら、今度こそ許しませんからね? 次は天罰を喰らわしてあげます!」
「天罰が怖くて勇者が出来ると思っているのか? その程度の脅迫でこのユニクス……はぶっ!」
警告して来るイシュタルに、以前として悪態を吐きそうな態度を続けるユニクスがいたので、私が口を塞いだ。
……マジで勘弁してくれないかな? このレズ勇者!
「ともかく、お話しを聞きましょうか?」
口を塞いだユニクスの代わりに、私がイシュタルへと問い掛ける。
「私としましては、お二人には心置きなく戦って欲しいと考えております。少なからず、このままではお互いに不完全燃焼で終わってしまい、気持ちも優れない筈です……幾ら、観客に被害が出るからと言う事情があったとは言え、互いに全力で戦った訳ではないと言う結果だけは残ります。それが一種の遺恨として、お互いの心に残ってしまう事でしょう……そんな状態を、私はヨシとしません」
そこまで答えたイシュタルは、ニコッ! っと微笑みながら、再び口を動かして行く。
「だから『私が、アナタ達のバトル・フィールドを』構築して上げます」
……へ?
にこやかに答えたイシュタルの言葉に、私はポカンとなってしまった。
それはユニクスも同じで、かなり意外そうな顔をしていた。
だが、その言葉には、一切の偽りは無かった。
ポゥゥゥ…………
少し間を開けてから、イシュタルは両手に大きな光の玉を生み出し、
パァァァァッッッ!
両手にあった光の玉を宙に飛ばすと、光の玉は大きく弾け……その破片がプリズムの欠片となって周囲に大きく霧散した。




