女神と加護と勇者様【18】
余りにも滅茶苦茶過ぎて、周囲の観客からすれば、何が何だかさっぱりわからないのではなかろうか?
かく言う、実況席でも、
『剣聖……動きが早過ぎて実況出来ないのですが……解説は出来ますか?』
インさんが、かなり困った声を放送席から漏らしていた。
『う! 今、フェル君がフェイントを入れた……う! 次に匿名希望のイシュタルがフェイントを読んでカウンター! だけど、フェル君、これを躱した! う!』
他方のシズは、やはり超人だったのか? しっかりと二人の攻防戦を肉眼で捉えている模様だった。
だけど、さり気なく『匿名希望のイシュタル』とか言ってた。
もう、匿名希望でもなんでもないじゃないかよ……。
「……なんだかな」
私はシズの実況を耳にして苦笑してしまう。
けれど、これで漸く匿名希望の女神様が、どんな女神様なのか分かった。
そうか……イシュタルかよ。
きっと、シズは何処かで会っていたか、なんかしていたんだとは思うが……こんな形で匿名希望の女神様の正体が判明するとは思わなかったよ……。
きっと、匿名希望の女神様も、本意ではないバレ方なんじゃないのかなぁ……とか思ってしまう。
他方……もし、シズの言っていた事が本当であったとするのなら……チャンピオンと同等の実力を誇っていても、決しておかしな話でははない。
もちろん、フラウを大幅に超えるだけの、強大な魔導力を持っている……と言う部分も加味した上で、だ。
愛と美の女神……イシュタル。
戦と豊穣、王権、金星などなど……様々な物を司る最高神だ。
ありとあらゆる概念……万物を司る万能の最高神でもある為、イシュタルは運命の女神とも呼ばれている。
この世界では特に最後の『運命の女神』と呼ばれて、多くの人間に崇拝されているイメージだな?
私が知っている女神の中では、世界樹と同等か、それ以上の強大な女神だ。
「うぅ〜むぅ……」
私は思わず唸り声を上げてしまった。
参った……マジで最高神クラスの女神様じゃないかよ。
幾ら、チャンピオンでも……流石に勝てるとは思えないんだが……?
私は地味にビビっていた。
だってだな?
この調子で勝ち上がって行ったら、間違いなく決勝戦で戦う相手は……この女神様だぞ?
ハッキリ言って、運命の女神に勝てる自信は……ゼロだ!
「あの女神が決勝まで勝ち上がった時は、開始と同時に負けましたと降参して置こう……」
両腕を組みながら、誰に言う訳でもなくぼやきを口にしていた頃、
バキィィィィッッ!
匿名希望の女神様が、チャンピオンの右ストレートをモロに喰らったまま、
ドコォォッッ!
床に叩き付けられていた。
これだけでは分かりにくいな?
時間を少しだけ巻き戻そう。
チャンピオンの攻撃を避ける為に上へと飛んだ女神様。
この動きに合わせて飛び蹴りをして見せるも、女神様はアッサリ躱して来る。
飛び蹴りを躱されたチャンピオンは、そのまま女神様をスルッ! っとすり抜けて行く……と思いきや、女神様と交錯した所でストレートを放ち、宙に浮いた状態から地面へと叩き付ける形で女神様の背中にクリーンヒットした。
次の瞬間……これまで、激音しか聞こえなかった状態から、パッ! っと姿を現した形になった二人。
一人は床に着地した形を取ったチャンピオンと、床に大きくめり込んでしまった女神様。
……マジか。
普通にチャンピオンすげー! とか思ってしまう。
きっと、匿名希望の女神様の正体を知る前であったのなら、そこまで驚く様な事ではなかった……と言うか、私なりにチャンピオンの強さは知っているから、むしろ当然の結果……みたいな事を考えたかも知れない。
だが、今は違う。
私はチャンピオンを褒めてやりたいよ。
人間の身で、最高神に一撃を喰らわしたのだから。
例え、相手が……本気ではなかったとしても……だ。
「……ぷはぁっ! あいたた……あはっ! まさか、借り物の身体に傷を付ける事になるなんて、思ってもいませんでしたよ〜」
しばらく後、陽気な女神様の声が聞こえて来る。
借り物の身体……ねぇ?
さり気なく答えた女神様の言葉に間違いがないのであれば、現在の彼女は学園の生徒から身体を拝借している……と言う事になるのだろう。
まぁ、冷静に考えるのであれば、この大会に出場する権利があるのは、学園の生徒だけだ。
そうなれば、女神様がこの大会に出場する為には、この学園の学籍が必要と言う事になる。
そこで、手取り早く学園の生徒に入って、一時的に身体を拝借していたのではないだろうか?
もしそうだとするのなら、乗り移られた本人は良い迷惑だろう。
本人も良く分からないまま、剣聖杯へと本戦出場しているのだから。




