そもそも名前などあろう筈もない新世界【1】
翌日。
私は自宅マンションから外に出た。
さっきまで、ベランダでミノムシの気持ちを十分堪能したであろう変態と一緒に。
「うぅ……まさか一晩中、本当にベランダに吊るされる羽目になるとは思いませんでしたよ……ドーンテンさんのお宅は、鬼畜な人間しか住んでないんでしょうか……ちょっとトラウマになりそうで怖いです」
喧しいよ。
半ベソ状態のままブチブチとぼやきを入れるパラレルが居たのだが……元を正せば、お前が人の寝室で私の下着漁りを慣行する危険性が急上昇中だったのが要因なのだ。
つまり、日頃の行いこそが、お前をミノムシの真似事をする結末を生んだだけに過ぎない。
「お前の性質が普通であったのなら、きっとアリン辺りがそっと助けてくれたと思うぞ? アリンは優しいからな? けれど、そんなアリンですらお前を助けようとはしなかった。それが答えだと思わないか?」
「なるほど、理解しました! この一家で一番優しいアリンさんですら、世間一般では鬼畜外道に値すると言う事ですね!」
そんな訳あるか。
しれっとふざけた事をほざいたパラレルがいた頃、アリンの額に怒りマークが生まれていた。
余談になるが、私がN65パラレルの世界へと追い掛ける事を知っていたアリンとカリンの二人は、見送りがてら玄関先までやって来ていた。
「……へぇ。本気でそう思っているのなら、次回にまたこの家へと来た時は『もっと特別なおもてなし』を考えて置きますんで『覚悟して下さい』ね?」
ニコニコ笑顔で言うアリン。
もちろん、目は笑ってない。
そればかりか、額にデッカイ怒りマークを作っていた背後には、何処から湧いて来るのか?『ゴゴゴゴォォッ』って感じの轟音見たいな地響きまで聞こえていた。
アリンって、怒るとこうなるんだな。
……うむ。
絶対に怒らせてはいけないと言う事が、良く分かる光景だった。
「はわっ! じょ、冗談ですよアリンさん! あ、あなたはとっても優しい……そう! 聖母様の様な純朴かつ純真な優しさを誇っていると、私は確信しました! だから、右手! その右手をやめてぇぇぇっ!」
パラレルは本気で慌てていた。
全く笑ってない笑みを見せたまま、スゥ……っと右手をパラレルに向けていたからだ。
ハッキリ言って、近くにいた私も怖かったぞ。
そして、怒ると相手を爆破するのは、アリンも同じなのか!
くぅっ! やはり、ドーンテン家の血は争えないなっ⁉︎
「仕方ないですね……今回の所は許してあげましょう? 曲がりなりにもおねーちゃんを助けて下さる方ですし?」
少しして、アリンは妥協混じりの声音を口にして、ゆっくりと右手を降ろした。
……でも、怒りマークはまだ額にこびり付いたままだった。
きっと、本当の所では、まだ納得はしていないのだろう。
アリンの中にある怒りの導火線が、未だ燻っているのが見え隠れしている中、
ピンポーン♪
自宅のインターホンが鳴った。
恐らく、リガーのヤツが来たのだろう。
起きて間もなく、私はリガーからの連絡を受け取っていた。
スマホって便利だよな……私の世界にも、こう言うのが普及しないだろうか?
……ああ、でもシズ1000が、私にタブレットをくれていたな。
あれを改良すれば、仲間内だけでも連絡する事が可能になるかも知れない。
……よし、今度やってみようか。
内心で、地味にどうでも良い事を考えつつ……私は自宅玄関を開けた。
ガチャッ!
「……おはよう」
自宅玄関の扉を開けた先にいたのは、私の予測を1ミリも裏切らない存在が立っていた。
つまり、リガーだな。
リガーは、地味に冴えない顔をしつつも、私達へと挨拶をして来た。
「なんだ、眠そうだな? 昨日はしっかり眠れなかったのか?」
「……いや、寝てはいるぞ? 快眠と言われたのなら、ちょっと違うかも知れないけどな?」
私の問いに、リガーは苦笑混じりに曖昧な台詞を口にする。
まぁ……コイツだって色々あったからな。
気付けば、私の世界にワープしたかと思えば……今居る世界へと強引に向かう羽目になった訳だし。
挙げ句、ここは並行世界である関係上……自分の世界でも、同じペースで時間が経過しているのだ。
そうなれば、ここでゆっくりしている訳にも行かないだろう。
リガーの世界にもリガーの生活がある。
……自分の愛娘を自宅に残したままにしているのだ。
本当であれば、一日でも早く戻りたいと言うのが本音なのは、わざわざ本人から聞くまでもない事実だ。
安心しろ……リガー。
今度こそ……これで全てが終わる!
私は強い意志を込め……胸中でのみリガーへと答えた。




