全てが同じなのに、性別違いの私がもう一人居る世界【20】
……はは、そうだよな?
私には私の世界がある様に……リガーにはリガーの世界がある。
その世界には、リガーを待つ人間が……友達が、仲間が、家族が居る。
そなのに、私はどうだ?
自分の事ばかり考えて、結局はリガーの事を本当の意味で分かっていなかった。
分かっている様で、結局は分かってなかったんだな。
「……そんな顔するなよ? お前は何も悪くない。立場が逆であれば、きっと俺も同じ事を考えるんだからさ」
程なくして、リガーが小粋に笑って答えた。
……はは。
本当に、コイツは……。
「お前相手に言葉は要らない……か。参ったよ、本気でお前は面白い奴だ。そして、良い奴だ。向こうに居るアリンやフラウ、ルミやユニクスによろしくと伝えてくれ」
本当はもっと、別の事を言いたい気持ちもあった。
例えば『なんだかんだで、少し寂しいな?』とか『お前と出会えて良かったよ』とか。
他にも、リガーに対して抱いた、友好的な賛辞を口から吐き出したい気持ちがあった。
けれど、そんな事はしなかった。
言わなくても、コイツには通じているからだ。
比喩でも何でもなく……本当に分かるからだ。
私はリガーであり、リガーは私であるからだ。
かくも奇妙な話ではあるが……結局は、時が経てば良い思い出として、ふとした拍子に思い出して、ここにいる面々と井戸端会議がてら話の種にはなりそうだ。
その程度ぐらいには、コイツと私は大きく色々な意味でシンクロしていた。
……ま、しかし。
そんな、キテレツな私とリガーとの関係も、まもなくフィナーレを迎えそうだな。
注文したコーヒーを皆で飲み、軽く雑談をした所で喫茶店を後にし……近所にある公園へと向かう。
話に寄ると、平行世界へと向かうには空間転移と同じ様な要領で、空間に揺らぎの様な物を発生させなければならないらしい。
この関係上、少しだけ広いスペースのある場所……小さな公園程度の広さを必要とするとか?
詳しい事は分からなかったのだが、やたら鼻息を荒くして得意気に説明しているバアルの台詞を耳にしている限りはそうだった。
そして、本当は色々と原理の詳細もペラペラと話そうとしていたのに、アシュアが『それは企業秘密です!』って感じで、素早く激しく横やりを入れて来たお陰で聞きそびれてしまった。
……特に聞きたい内容でも無かったから良いんだけどさ?
それにしても、アシュアのヤツ……もう、完全に手段を選んでいない気がする。
どんな細やかな事……例えば、今の様にバアルと軽く会話をしていると言うだけの状況であっても、仲良く語らうと感じているのか? 嫌でも邪魔をしたい模様だ。
ここまでバアルを独り占めしたいと言う、その独占欲の深さには驚きだった。
……そして、少しだけ警戒もする。
多分……否、確実にアシュアはまだ諦めていない。
リガーをこの世界に留めて置く事を。
ただ、仮に妨害をするとして?
アシュアにどんな策があると言うのか?
現状、リガーが平行世界へと戻る事は、ほぼ確定の域に達している。
仮にアシュアが何らかの妨害をわざとらしくやった所で、リガーがここに留まる時間がほんの少し延びるだけで、アシュアの考えている目標には遠く及ばないだろう。
とどの詰まり、仮にアシュアが何らかの妨害策を考えていたとしても、やれる事など些末な物で、さしたる問題にも値しない。
……そう、脅威ではない筈だ。
なのに……それなのに。
何故だろう?
私は、今……何かとんでもない事が起こるんじゃないのか?……と、妙な胸騒ぎが止まらない。
そして、この感覚は私だけの物ではない事にも即座に気付いた。
見れば、やはりリガーも何かに勘づいている。
ただ、それが何なのか分からないし、困る要素は元より……根拠もない。
しかし、何かある。
これだけが、曖昧かつぼんやりと、思考の片隅で警鐘を鳴らしているのだ。
そして互いに知っている。
おかしな要素があると気付いているが、それを表現する事が出来ないので、言葉には出さない事を。
私がリガーに喋ったり、リガーが私に伝えたい訳ではなく、私もリガーも、何かあると言う『その何か』を、本当は口にしたいのだが……明確に分かる物がない為に、敢えて口にしていない事を、だ。
だっておかしいだろ?
アシュアが妙な画策をしている可能性があるとは言え、それ以外で何が起こると言うのだ?
少なからず、私には全く予想する事が出来ない。
それなら、余計な心配を周囲に撒き散らす様な言動は控え、自分の思考の片隅へと押し込めても良いのではないか?
結果、私もリガーも自分の中で鳴り響く警鐘を、敢えて無視する形を取った。
それが、思わぬ事態を招く事になるとも知らずに。




