リダさんの追憶【11】
『楽しそうで何よりだよ......リダ』
......っ!
声がした。
後ろから、まるで亡霊の様な言霊を飛ばす様に、不気味な声音を私の耳元で囁くヤツがいた。
「......な、なに? 今の?」
隣を歩くルミは、あまりにおどろおどろしい声に、思わず蒼白になる。
私もゾッと背筋を冷やした。
「だ、誰だっ!」
顔を引き締めて叫んだ。
すると、
ブゥウウゥゥウンッ......
何とも奇々怪々な音と同時に空間が歪んだ。
明らかに空間転移魔法だった。
同時に出て来たのは......っ!
「お前......アイン......なの...か?」
思わず疑問系になってしまった。
そこにいたのは、半分人間の形をした異形な......何かだった。
「いっ言われると......確かに、少しアイン先生に似てる様な気もするけど......」
真っ青な顔になって、身体全体を震わせながら言うルミがいた。
何が言いたいのかは分かる。
歪んだ空間から出て来たアインは、凶悪な悪魔をも連想させてしまう様な、凄まじい姿に変貌していた。
半身は、ちゃんと人間としての原型を止めてはいるが、肌がおかしい。
どす黒い......闇色の肌になっていた。
他方、もはや原型を止めていない部分は最悪で......ハ虫類の様な腕と、闇に染まって影っぽくなっている足。
顔も、半分はアインの素顔と同じなんだが、肌が闇色。
もう半分は......禍々しい悪魔の様な、得体の知れない代物になっていた。
目も赤く光っており、鋭敏な瞳らしき物は、私達を無秩序に狙っているかの様だ。
もう、見事にグロテスクな化物としか、他に表現出来ない。
『どうやら、俺はこのゲームを強制的に終わる事になりそうなんだよ』
「......まぁ、その姿からすると、本当にそうなりかねないな」
軽く吐き気すら感じるだろう、異形の者へと変化を遂げてしまったアインに、私は眉を少し捻ったまま答えた。
何をどう言う風にして、そんな身体になってしまったのかは......見当は付くけど、一部始終の全てまでは知らない。
アインがこんな姿になる直前に、伝承の道化師によって、おかしな闇を背中に流し込まれている所だけは見ている。
そこから考えれば、ぼほ間違いなく、今のアインがこうなったのは伝承の道化師の仕業で間違いない。
『この姿を見れば分かるだろう?......もう俺には残された時間がないんだよ』
狂気にも近い表情で、私を見据えて言うアイン。
ああ......もうだめだな、コイツ。
これでも前世からの付き合いと言うか、そう言うのをある程度は思い出した私だけに......可能なら救おうとも考えてはいたんだ。
相手がどんなヤツであったとしても、その後の努力を怠る事なく切磋琢磨して行く意思があるのなら、私はそいつを助けたいと考える。
それが善だとは思っていない。
場合によっては、下手な悪党よりも悪い事をしているかも知れない。
けれど、それでも。
私は、未来を明るく生きる可能性を持つ者は救いたい。
常にそう思っているし、今後もそうするつもりだ。
しかし......そんな私ですら限界はあった。
ごめんな、アイン......私の力では、もう......お前を助けてやる事は出来ない。
「......で? お前は私に何がしたいんだ?」
毅然とした表情で私は言う。
『分からないか? これは最後の警告だ。この世界は狂っている』
「結局、そこに戻るのな」
私は嘆息した。
きっと、アインにとって、そこが最重要なのだろう。
その気になれば、百回だって同じ事をリピートしそうだ。
「......生憎、私はこの世界を楽しんでいる。狂っていようがどうあろうが、私はこの世界でまだしないと行けない事が山の様にあるんだ」
『......そうか』
心底残念そうな顔になって呟く。
直後、アインの身体全体から、強烈な闇の波動が一気に放出された。
ブォワァァァァァッ!
「うきゃぁぁぁぁっ!」
その波動によって、ルミは吹き飛ばされてしまう。
「ルミィィッ!」
私は即座に吹き飛ばれたルミを助ける為に動いた。
その瞬間、私の正面を横切る何かが、ルミを抱き締める。
「......っ!」
余りにも想定外な出来事に、私は思わず唖然としてしまう中、ルミを抱き止めた人物はにこやかに微笑む。
ルミを抱き止めた人物......それは、黒い髪に黒い瞳をした、吐息すら出そうな程に美しい青年だった。
......そう。
それは、確実に一目で分かる程に男をしていた。
していたんだけど。
「どうやら、ヤツが本気で私達を狙って来た模様ですね、リダ様!」
「......あのぅ......おたく、誰?」
「誰って、見てわかりませんか? 貴女のユニクスです!」
「って、お前、ユニクスかよっっっ!」
私は思いきりツッコミを入れてしまった。
そこには、普通に男になっていたユニクスがいたのだった。




