第9話 神里 飛鳥
*(アスカ)
私と姉さんは、決して仲のいい姉妹ではなかった。優秀な姉と平凡な妹。とてもよくある関係性で、よくあるように、私が一方的に姉さんを嫌ってた。
3歳年上の姉さんは、私にはなんでもできるように見えた。幼稚舎から高等部まである同じ学校に通っていたから、私は常に3年前の姉さんと比較された。その度に、私は姉さんを嫌っていった。優秀過ぎる姉さんが、なんでもできる姉さんが、私は大嫌いだった。
でも、姉さんがなんでもできるなんてのは、私の思い込みだった。
高校3年生の3月。姉さんは自殺した。私の目の前で、通過電車の前に飛び出していった。
自殺の動機はわかりきっていた。受験に失敗したから。両親や学校から多大な期待を受けていた姉さんは、第1志望どころか滑り止めにすら落ちた。
「1年の浪人も、人生ではいい経験になる」
両親も学校も、そんな風に言って姉さんを慰めた。でも、姉さんには、その未来は耐えられなかった。
「飛鳥、傷心旅行に付き合ってくれない?」
姉さんにそう言われた時、私は軽い気持ちでついていった。優秀な姉さんのことは嫌いだったけど、受験に失敗した姉さんのことは、正直、嫌いじゃなかった。
「睦月駅って知ってる? 本当に、何もないのよ」
なぜ何もないところに行くんだろう。そんな風に感じはしたけど、深くは考えずに、私は姉さんが行くと言う場所についていった。
そして、姉さんは死んだ。
私の目の前で、電車に轢かれて飛び散った。
それがたった2ヶ月前の話。
そして一昨日、あのメールを友達から見せられた。差出人が飛鳥 響子のあのメールを。
飛鳥 響子。私の名前の飛鳥と、姉さんの名前の響子を並べただけのペンネーム。これは生前、文芸部に所属していた姉さんが使っていたものだった。
ひどい悪戯だと思った。姉さんの死を知っていて、こんな悪戯をする人がいるのかと憤った。わざわざ姉さんの死んだ睦月を指定して、ここに来いなんて、ふざけてると感じた。
その差出人が、許せなかった。
だから、私はその場所に行くことにした。差出人を糾弾するために。
道中、姉さんの死の瞬間を思い出して、駅のトイレで吐いてから駅を出ると、3人の高校生くらいの人たちがあのメールの話をしていた。
驚いた。あのメールは、うちの学校内のみの悪質な悪戯だと思っていたから。
成り行きで3人と一緒に行動することになって、私は咄嗟に飛鳥 響子と名乗った。あのメールを追っている本当の理由を、姉さんの話を、したくなかったから。
そして、指定された場所にたどり着いて、そこで待っていたのは、
死んだはずの姉さんだった。
私は姉さんが死んだのを知っている。姉さんが電車に轢かれて、その身体が紅い肉片となって飛び散ったのを確かに見ている。姉さんが生きているなんて、あり得ない。
あり得ない、はずなのに。
「なら、私は何? どう見ても、神里 響子でしょう? 飛鳥。私は、生きている」
どう見てもその顔は姉さんで。どう聞いてもその声は姉さんで。
姉さんが生きている……?
姉さんが生きている……。
「本当に、姉さん?」
私の目から涙が溢れていた。