第5話 出発
*(トモヤ)
俺だって、本気で冒険だぜイェーイなんて思ってるわけじゃない。行ってもなんもないだろうなとも思ってる。でも、結構かわいい女子と一緒にメールの謎を追うなんて、最高に青春してるシュチュエーションだ。男子2人に女子1人というところは微妙だけど、そこは目を瞑ろう。いや、もしかしたら道中で女子が1人増えるかもしれない。そうなれば本当に文句なしの青春だ。
そんなわけで、俺はウキウキしながら師走駅に向かった。改札で落ち合うことになっている。
俺が駅に着くと、すでに2人は揃っていて、今更ながらの自己紹介をしている最中だった。
「うっす。おはよう」
「「おはよう」」
時刻は9時。睦月駅に着くのは10時前くらいになるだろう。
「さて、じゃ、行くか」
俺たちは電車へと乗り込んだ。使う人が多い路線でもないので、問題なく3人並んで座ることができた。配置としては、俺が真ん中で、リョウが左、佐倉さんが右だ。
「2人は睦月で降りたことってあるか? ちなみに俺はない」
「僕もないよ」
「あたしもない」
なんとなくで振った話題は、3秒で途切れる結果になった。俺はめげずに会話を続ける。
「睦月ってなんもないよな?」
「行くことになったからググってみたけど、ちょっと前に人身事故があった話くらいしか出なかった」
「あたしもちょっと調べたけど、本当に何もないみたい。グーグルマップで見ても、あるのは道路と民家だけだったよ」
2人は事前に調べたのか。ググればなんでもわかる時代に、冒険も何もあったもんじゃねーな。
「そっか。ちなみに、目的地をグーグルアースで見たりした?」
「したよ。古い日本家屋みたいだった。誰かの家みたいで、勝手に入るのは無理そうだったかな」
そのリョウが答えに俺は落胆してみせる。これ、行くまでもなく、そこにはなんもなくないか? 俺たち、なんのために、これから1時間電車に揺られるわけ?
「迷惑メールの差出人が、その家の家主とか」
「自分の住所晒す?」
可能性を求めての発言も、リョウの反論にぐうの音も出ない。
「なんか、テンション下がったわ」
「トモヤは元のテンションがおかしいんだよ。普通に考えれば、何かあるわけないでしょ」
「その家の人も災難だよね。関係ない人なら、あたしたちが来て、あのメール見せるって、迷惑以外の何者でもないよ」
「そうだね。こんな話をしてると、僕としてはもう帰りたくなってきたんだけど」
「いやいや、ここまで来て帰るとか言うなよ。いいだろ、もう、俺たちと佐倉さんとの交流会みたいに割り切って考えればさ」
「交流会って……」
リョウは呆れ顔だが、俺としては、初めからそんな感じのつもりで今日に臨んでいる。
「同じ迷惑メールが届いた仲間ってのも、変な縁だよね。あたし、迷惑メールってあれが初めてだったんだ」
「へぇ。俺にはあのメールは来てないけど、普通の迷惑メールなら大量に来るな」
「迷惑メールは1度来出すと大量に来るようになるよ」
リョウの言葉に俺も頷く。本当に1度来るともうダメだ。一体何通、27イ意あげますメールが届いたことか。
「あたしはあれ1通しか来てないかな」
それはさすがに妙じゃないか。1通だけ来る迷惑メールなんて、あり得るのか?
左を見ると、リョウも同じことを思ったようで、釈然としない顔をしている。
「あのメール、本当に迷惑メールなのか?」
思ったことを口にした。
「確かに、迷惑メールにしては変なところが多い感じがするね」
やはりリョウは同調して来た。しかし、佐倉さんの方を見ると、よくわからないといった顔をしている。
「あのメールが来たとして、俺たちみたいに行ってみようってなるやつがどれくらいいるよ?」
「僕たちが行こうってなったのも、トモヤの性格と、睦月が近かったからだよね。睦月まで2時間かかるとかだったら、少なくとも僕は降りてた」
「あたしも元々は行こうなんて思ってなかったかな。2人が行くって言うから、それならついて行こうかなーって」
「だよな。あのメールを受け取って、ほいほいとその場に現れんのは、睦月の近くに住んでる、暇を持て余したガキくらいなものってわけ。そんなメール出して、何の意味があるんだ?」
「迷惑メール出す側って、意味とか考えてるの? ただの愉快犯じゃない?」
「愉快犯か。行ったら『ドッキリ大成功』って看板でも立ってるかもか?」
俺の返しに、リョウは苦笑気味に「なくはないかも」と答えた。
「明日が怖いものの集いか。2人は明日って怖いか?」
「明日は別に怖くないかな。でも、2年半後くらいは怖い」
「あたしも、2年半後は怖いな。あー、それ以前に、半月後の中間試験から怖いよー」
俺たち高校生としては、近い未来に待っている受験ってやつはとても怖い。あのメールの明日を将来に書き換えれば、なるほど、不安定で、不確定で、どうなるかわからないから怖いってのは、その通りだ。
「ゴールデンウィーク明けたらすぐに中間だね」
今日は4月30日だ。5月2日に授業があるせいで、いまいち大型連休って感じはしないが、一応ゴールデンウィークの初日。
「リョウは大丈夫だろ。頭いいし。俺はマジで怖ぇよ、中間試験。入学早々赤点とか取りそうだ」
「同じ高校に入ってるんだから、トモヤも僕も、学力は同じくらいだよ」
そんなことはない。リョウにとって、師走西校は安全圏だった。俺にとっては挑戦圏だった。俺とリョウには、偏差値にして5より大きい差がある。
「佐倉さんは、勉強とかどう?」
俺は右を向いてそう訊いた。
「あたしはダメ。英語だけは得意。英語だけは好き。勉強なんて、英語だけでいいと思ってる」
佐倉さんは英語特化型のようだ。でも、得意科目があるのは羨ましい。俺なんて、全科目の授業がなんとなくわからない。
「試験怖いよな」
「憂鬱だね」
「ずっとゴールデンウィークだったらいいのにね」
そんな会話した時だった。
「3人とも、そんなに明日を怖がらないで」
突然、そんな声が聞こえた気がした。