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第13話 Dead End


*(リョウ)


 とりあえずトモヤは逃がせた。まさかこんなことになるなんて。僕がトモヤにあのメールの話をしなければこんなことにはならなかった。なら、僕が責任を取らないと。なんとかして、佐倉さんも逃がさないと。


「響子さん、予知能力についてもう少し詳しく教えてもらえますか?」


 まずは情報収集をしないと。普通にやったんじゃ予知能力者は欺けない。その能力の弱点を見つけないと。


「いや! あたしを出して! ここから出して!」


「佐倉さんがうるさいですし、会話にもならないようなので、とりあえず出してあげてもいいんじゃないですか?」


「出すわけにはいかないけど、会話にならないなら、寝ていてもらいましょうか」


 響子さんがそう言った瞬間、佐倉さんは突然意識を失った。倒れないように身体を支えるも、眼を覚ます様子はない。


「なんでもできるんですね」


 佐倉さんを床に寝かせながら、会話を再開する。佐倉さんが自力で動けなくなった今、彼女を逃すのはより難しくなった。


「ええ。この家の中では、私は全能よ」


 この言い方は、家の外では能力が制限されるのか? しかし、部屋からすら出られないのでは、家の外のことを考えても仕方ない。


「予知能力を手に入れるために臨死体験が必要と言いましたけど、臨死体験をすれば、僕も全能になれるんですか?」


「なれるわよ。あなたの世界の中で、あなたは全能になれる」


「僕の世界の中で、ですか。響子さんの世界は、この家の中ですか?」


 その質問に、響子さんは苦笑した。


「ええ、その通りよ。さすがに、いつでもどこでも全知全能ってわけにはいかないの。予知能力の対象も、この家の中で得られる情報だけ。でも、この家の中なら、私は安定で、確実」


「この世界では、響子さんは神様のようなものなんですね」


「そうね。とても安心できる空間よ」


 脱出の糸口は見つからない。結局、わかったことといえば、この家の中では響子さんは欺けないし、響子さんには敵わないってこと。


「響子さんは、僕たちを響子さんみたいな存在にしたいんですか?」


「そう。私はあなたたちを救いたい」


「とても小さな空間の神様になることが救いですか?」


「そうよ。あなただって未来は怖いでしょう? 大きな世界は怖いでしょう? 安心できる空間があればいい。それだけあれば、十分よ」


「僕はそうは思いません。自分の家に引きこもるのは、家の中がどれだけ心地よくても、やっぱり僕には耐えられないと思います」


「そんなことないわ。この家の中で、私は全能なの。この家の中に、私はなんだって作り出せる。娯楽も、友達も、恋人だって、私は作れる。なんでもできる。だから、外の世界なんて必要ない」


「でも、それは」


 偽りだ。そう言おうとした。その声は音にならなかった。この家の中は響子さんの世界だから。響子さんが聞きたくない音は生まれない。


「あなただって、私と同じになればわかるわよ」


 その瞬間、僕の腹部が穿たれた。その穴から、血液がドクドクと流れ出す。


「……さ、すが、ぜんの、う」


 これは死ぬな。その確信があった。僕も響子さんのように、一軒家の神様になって蘇るのだろうか。全知全能なんて、ぞっとしない。


 視界が霞んでいく。その視界の中に眠る少女を捉えた。知り合ってまだ数日の相手。僕はこの子のことをほとんど知らない。そんな相手を、こんなことに巻き込んでしまった。ごめん。


 でも、だって、こんなことになるなんてわかるわけないだろう。未来はいつだって、不安定で不確実なんだから。


*(サクラ)


 とても怖い夢を見た。そんな気がした。眼が覚めるたら、夢のことなんて覚えてなかったけど。


 眼が覚めると、目の前に血まみれの奥村くんが転がっていた。どう見ても、死んでる。


「…………」


 あたしはもう、声なんて出せなかった。


「ごめんなさい。私は1つ嘘をついたの」


 響子さんが何か言ってる。


「本当に死ぬわけじゃないって言ったけど、ごめんなさい、あれは嘘。全知全能になるためには、一度本当に死なないとダメなのよ」


 奥村くん。死んじゃったんだ。あたしもきっと、今から殺されるんだよね。それもこれも、全部一ノ瀬くんのせい。一ノ瀬くんが悪い。だから、決めた。あたしが響子さんみたいな化け物になったら、最初に一ノ瀬くんを殺すんだ。


「ねぇ、響子さん、訊いてもいい?」


 響子さんは返事をしなかった。でも、あたしは質問する。


「電車の中であなたの声を聞いたの。もしかして、あなたの世界って家の中よりずっと広いの?」


「それはきっと、死んだ方の私の声ね。私の声じゃないわ。それじゃあ、あなたも全知全能になりましょう」


 あたしは全身から血を吹き出して死んだ。不思議と痛くはなかった。


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