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460円の愛  作者: 藤原玲
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一本目:煙の混じる午後3時


午後3時という時間はちょっとしたリフレッシュタイムだ。栄島が勤めている会社は午前10時と午後3時からの20分間コーヒーブレイクがある。勤務時間は午前9時から午後6時であり8時間の勤務だが、昼休みを除いた40分を小休止に充てているというわけだ。

これは存外、社内で評判がよく効率化を図ることに一役買っている。


さて、そんな小休止の様子は実に多様である。

栄島の会社では喫煙ブースが3つある。6階建のビルの2階、4階の階段側と屋上にある。2階と4階にはコーヒーメーカーやら自販機は存在するのだが、屋上には存在しない。しかし栄島は専ら部署から遠い屋上にてタバコを吸う。

本来は喫煙スペースでないものの、社員には黙認されている。

その事実は栄島には有難いことであるし、成立する密談もあった。


そう、例えば。



「ちょっと!栄島さん‼︎」


少し雲が霞んでいる晴れの空。

その素晴らしい天候に似つかわしくない声が屋上に響く。


「……なんだァ、英美じゃあねぇか。今日は一段と騒々しいなァ。」


この英美という女。

一見すれば、お淑やかで可愛らしい女性社員だが中身は男顔負けのエリートウーマンだ。ちなみに栄島は第1商品開発部、英美は商品広報部である。

最近になって栄島は知ったが、英美がタバコを吸うのは栄島がいる時で、なおかつ周辺に人がいない時だ。

本人曰く、不用意にイメージを崩すと仕事に繋がるものも繋がらないため、会社では自分のイメージを守っているらしい。


さて、話を戻そう。今、英美はなにに対して鼻息を荒げているのか栄島には皆目検討もついていない。


「(この間の先輩の件か。先週の書類不備の件か。はたまた昨日の会議のことか。)」


どれもこれも栄島にとっては下らない出来事だが、英美にとってはそうではないらしい。なんでも、不正当なミスで栄島の評価が下がるのが気に食わないというのが本人談である。


はてさて、どれが来たとしても栄島の対処に変わりはない。ただ一言「タバコの煙に浮かべてしまえ。」だ。さりとて、放置したとしても英美の怒りは治らないであろう。


「……お手上げだ。なんでそんなに怒ってんだァ。心当たりがないんでね、教えてはくれないか。」


全くもって心当たりがあり過ぎる栄島は、素直に手を上げた。


「はあ?なに言ってるの?」


意味が分からないと言わんばかりに、眉を寄せる。どうやら栄島が怒りの矛先ではないらしい。


「……まあ、そんなことはどうだっていいわ。違うのよ、大事件なのよっ!」


ツカツカと低めのヒールで、栄島に歩み寄る。その顔は鬼気迫る勢いだ。

栄島は思わず、後ろに仰け反る。


「(人が一生懸命出した答えをそんなこととはなんだ、そんなこととは。)」


少なからず思わぬではないが、話の腰を折れば今度こそ矛先は栄島へと向くだろう。

言わぬが仏。寝た子を起こすような真似をするような馬鹿はしない。


そんな栄島を尻目に、英美は地団駄を踏む。


「琴子ったら、彼氏いるのよ!か、れ、しっ‼︎もー、しんじらんなーい!」



なんで親友の私に言ってくれないのー⁉︎と喚く英美を余所に栄島は脱力した。


英美の今の姿は、英美に憧れを持つ社員からすれば普段からは想像できないほど、イメージとかけ離れているだろう。


琴子というのは外見は長身クールビューティでサバサバ系だが、中身は英美と正反対な物静かで細やかな美人だ。

琴子は総務部であり英美よりも2年ほど先輩だが、しっかりとして自分の意見を持つ活発な英美とはウマが合うらしく年齢に関係なく良き親友である。

そんな琴子が、タバコを吸うと知った日の衝撃はいまや栄島の中でいい思い出の1つだ。


さて、その渦中の琴子であるが英美の後を追ってきたのか、申し訳なさそうに後ろに佇んでいる。


「(美人の困り顔もいいものだが、可愛い子が怒る様も男としては捨てがたい。)」


現実逃避した所でなにも変わらないが、栄島はぼんやりそう思った。


後々さらに面倒になるのは避けるため、大きく息を吐いて英美を見つめる。


「琴子さんに彼氏がいたら、困ることでもあるのか?」


「お、お、あ、り、よぉー!」


栄島の言葉を遮らんばかりに英美は怒りを爆発させる。どうやら地雷だったらしい。


イライラしながら英美はタバコに火をつける。英美のタバコは外国製で煙がやや多めのタイプだ。勢いで吸っているせい、かいつもよりも煙が多い。


半分ほど吸った所で、英美はすこし俯く。どうやら怒っているわけを話してくれるらしい。


「……だって、琴子に彼氏なんかいたら遊んでくれなくなるじゃん……。」


私だって琴子のこと好きなのにぃ!と喚く英美は、どうやら親友がとられそうなのがイヤらしい。


栄島は思わずタバコを落としそうになる。


「(幼稚園児かよ………。)」


英美の怒りは母親を兄弟にとられそうな幼稚園児となにも変わらない。


栄島は再度ため息をつく。


「(そういえば、琴子さんは何も言わないなァ)」


不思議に思い、琴子の方を見る。


なにやら英美の本音を聞いて、感動しているようだ。栄島は今度こそ、ふかしていたタバコを落とした。


「英美ちゃん……。ありがとう!私、英美ちゃんのこと大好きだよっ。」


「琴子っ。」


そういってお互いに目を潤ませながら抱きつく2人。


「(もう、なにがなんだか…)」


女の友情はわからん。


1人ごちて、栄島は新しいタバコをとりだす。時計を見ると小休止は後を5分ほどだが、この一本だけ許してほしいと誰に言い訳するでもなく火をつける。


「うん、今日も平和だ…。」


煙とともに、つぶやきは空に霧散していった。

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