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第四話 使用人が最悪でした

 オルクス達五人がクリスフィールド伯爵家の奴隷兼使用人になって一週間が経過した。


 ちなみに、五人の奴隷の内訳は男の子が二人、女の子が三人だ。

 男の子がオルクスのほか、カルという十三歳の狼獣人。

 女の子はそれぞれリリア、ミナ、マール。リリアはオルクスと馬車で会話した猫獣人の少女だ。年は十五歳。ミナとマールは狐獣人でそれぞれ十四歳と十三歳らしい。


 オルクス達五人に割り当てられた仕事は、一言でいうと雑用だった。

 食材や薪など日用品の買い出しに始まり、屋敷内の清掃、庭の手入れ、馬の世話、使用人達の食事の給仕などなど。なかなかの仕事量だ。

 割り当てられた仕事をこなすだけでも大変なのに、教育係とされた先任使用人、この男が控えめに言ってクソだった。


 それは、最初の挨拶の時に既に現れていた。


「アジットだ。俺の事を呼ぶときは"アジット様"と呼ぶように」


 家令から紹介された二十歳前後の小太りの先任使用人は、こんな頭の悪そうな自己紹介をした。


「あーあ、なんで俺が奴隷と、しかも獣人なんかと一緒に仕事しなきゃなんねぇんだよ。これも全て呪いのせいだよなー」


 しかも本当に頭が悪かった。


 家令や他の使用人がいなくなった途端、伯爵家の悪口ともとれる愚痴を平気で口にするとは……アジットの考え知らずの行動に、オルクスは会った初日から辟易していた。

 それにしてもアジットが言った「呪い」という言葉……。確か、奴隷商の代表もクリスフィールド家を呪われた家と言っていた。気になったオルクスは、何気なく質問してみた。


「すいません、その呪いっていうのは何のことですか?」

「あぁ? うるせーな。人族とはいえ奴隷風情が俺様に軽々しく口を利くんじゃねーよ」


 アジットは会話もできないぐらい頭が悪かった。


 世間話でこの受け答えだ。仕事中はもっとひどかった。例えば屋敷の勝手が分からず質問すると「そんな事も分からないのか!」と理不尽な罵倒が飛んできた。屋敷に来て日の浅いオルクスが屋敷の勝手を知る筈がない。だが、人族であるオルクスはまだマシな方だった。他の獣人奴隷達は言葉よりも先に拳を飛ばされていた。緩やかとはいえ人族至上主義のラトリア王国で、アジットのように獣人に暴力を振るう人族は珍しくない。仮に他の者がこの現場を見たとしても、「教育の一環」で話は終わってしまうだろう。


「おいトロトロしてんじゃねぇよ! 日が暮れちまうぞ!」

「ひっ! すみません!」


 一方、リリア達にも言い返せない事情があった。獣人奴隷にとってこのクリスフィールド家は、まだマシ(・・・・)な職場だったのである。

 質素とはいえ一日二食の食事はもらえるし、寝床には毛布もある。少女達は身体を売らなくてもよい。望みが低いと言われるかもしれないが、もっと過酷な労働を科せられ、酷い待遇の奴隷の話をリリア達はいくつも聞いていた。もしも、ここをクビになり奴隷商に返却されたら……。その事を考えただけでリリア達は恐ろしく、理不尽な暴力を振るわれても碌に言い返せずに、ただひたすら怯えて耐えるのみだった。


「本当最悪だよ。何で毎日テメェらの辛気臭いツラ見なきゃいけねぇんだよ」

「……」

「おい、聞いてんのか、コラぁ!」

「す、すみません……」


 オルクスは最初、この光景を見て見ぬふりするつもりでいた。オルクスには目的があり、それまでは目立つ行動を極力控えようと考えていたからだ。それに、実年齢が九十歳を超え、それなりに人生経験を積んでいるオルクスに言わせると、このような光景は世界中で日常茶飯事に繰り広げられている出来事に過ぎなかった。


「何か生臭ぇな、獣人臭ぇ。おい、お前近寄んじゃねぇよ」

「べ、別に、近寄ってるわけでは……」

「あぁ? 何か文句あんのか?」

「……すみません」


 しかし、だ。それは分かっていても、十代前半の少年少女が無残に殴られるという光景は、見ていて気持ちの良いものではなかった。その殴られている相手が知り合いというのなら尚更だ。理不尽な奴隷落ちでフラストレーションが溜まっていたこともあり、オルクスは簡単に沸点に達してしまった。


 ―――オルクスは、アジットに嫌がらせをすることにした。






「てめぇ、午前中に納屋から薪を出しとけっていっただろ! このグズがっ!」

「え? 今日の薪運びは午後からって……」

「うるせぇ、口ごたえしてんじゃねぇっ!」

「す、すみませんっ!」


 その日もアジットは理不尽に怒鳴り、暴力を振るっていた。

 アジットに頬をぶたれ、リリアは目に涙を浮かべている。しかし、これ以上の暴力を振るわれたくない一心で、リリアは碌に言い返さずにアジットに必死に頭を下げていた。


「この獣人がっ!」


 アジットが再びリリアに手あげようとした瞬間、二人の間に割って入ってくる者がいた。


「ちょっと待ってください! その子が薪運びを出来なかったのは俺のせいなんです。叱るのなら俺を叱ってください」

「あぁ?」


 割り込んできたのはオルクスだった。オルクスはリリアを庇うように立ち、アジットにペコペコと頭を下げる。


「俺の仕事が全然終わってなかったもので、リリアに手伝ってもらったんです。だから彼女は悪くありません。代わりの薪運びは俺がやりますので、その子を許してやってください!」


 実はこれはオルクスが適当に付いた嘘だ。だが大した問題ではない。この馬鹿(アジット)は奴隷に出した指示なんていちいち覚えていないのだから。


「はぁ? お前、その獣人を庇うのか? 人族とはいえお前も奴隷なんだぞ? 自分の立場分かってんのか? あんまり調子に乗ると後悔することになるぞ」


 突然話に割り込んできたオルクスに対し、アジットは苛立ちをあらわにする。


「いえ、庇うとかではなくて、本当に俺のせいなんで。だから罰は俺が受けます」


 神妙な口調でそう言うオルクスを、アジットはしばらく半目で見ていた。

 が、やがてニヤリとその口元を歪ませた。


「そうか、そこまで言うんならお前にも罰を受けてもらう。……けどなぁ、それでそこの獣人が許されるわけじゃねぇ。何せ、そこの獣人はこの俺に口ごたえしたんだ。獣人風情が人族に口ごたえするなんてもってのほか。教育係としてキチンと躾をしないといけねぇんだよ」

「……そうですか」


 オルクスは嘆息して顔を俯かせた。

 そんなオルクスの仕草にアジットは満足げに鼻を鳴らす。だが、オルクスの話はそれで終わらなかった。





「―――ところで、俺の仕事が遅れたのはどうしてだと思いますか?」

「はぁ? そんな事知るかよ。テメェの仕事がトロいからだろうが」

「朝の買い出しの途中で、とある方に話し掛けられたからです」


 半ば一方的に話し始めたオルクスの意図が読めず、アジットは眉を顰めた。


 アジットに言い分が聞き入れられないであろうことはオルクスにも最初から予想は付いていた。本当なら「リリアから離れろ!」なんて言って颯爽と登場できた方が恰好良かったんだろうが、生憎、奴隷のオルクスはそんな大層な事を言える身分ではないし、また、今はまだ言質を取らせるわけにもいかなかった。

 今からオルクスが行うのは、あくまでアジットへの嫌がらせだった。


「その方は大変高貴な婦人で、とある豪商の一族の方と仰っていました。隷属の首輪をつけている俺を見て、是非ウチに欲しいと仰って頂きました。現在より何倍も良い暮らしをさせてやる、何不自由ない暮らしをさせてやると夢のような話をされていました。自分がクリスフィールド家に仕えている奴隷だと聞くとその場は引き下がられましたが、別れ際に"いずれは傍に"というお誘いを頂きました」


 要するにオルクスは男娼の誘いを受けたということだ。だが、それが俺に何の関係があるのか。アジットはそう言いたそうな顔をしていた。


「もしもその方の元に招かれるようなことがあっても、ご安心ください、俺は受けた御恩を忘れるような不義理な真似はしません。クリスフィールド家の方々の中でもアジット様には特にお世話になっています。後日、必ずお礼に伺います。そのお方も、俺が大変お世話になったと言えば無碍にはされないと思いますから」


 いつの間にかオルクスの瞳から先ほどまでの神妙な色が消え、底冷えするような冷たい光が宿っていた。

 そんな目で、しかもこのタイミングでここまで言われると、さすがにアジットにもオルクスの言わんとする所が理解できた。

 "金持ちに買われここを出たら、後日必ずお礼をしに来る"。オルクスから将来の復讐を暗に予告されたアジットは、額に汗しながら落ち着きなく目線を動かしている。


 勿論、この話もオルクスが適当についた嘘である。アジット自身も、罰を受けたくないオルクスが出鱈目を言っているだけだと内心では当たりは付けていた。

 しかし、頭では嘘と思っていても、その一方で、完全に妄言だと一蹴できないでいた。


 その理由の一つが、オルクスの容姿や種族だった。

 この話をしたのが獣人だったなら端から聞く耳を持たなかっただろうが、オルクスは奴隷では珍しい人族であり、かつ顔も整っていて若い。オルクスは年下好きのセレブレディならば放っておきたくない逸材なのだ。田舎のコングラッド領だから使用人になってしまったが、もしも王都の奴隷商で売られていたら忽ち買い手がついていた事だろう。実際、王都では年下好きのセレブレディが、人族が手に入らず妥協して獣人の奴隷を買い漁っているなんて話も聞く。

 つまりオルクスの与太話には、それを成立させるだけの最低限の裏付けが存在したのである。


「く、くだらねぇ出鱈目を言ってんじゃねぇよ!」

「出鱈目? まぁ、信じないと仰るならそれで結構ですよ」


 アジットが声を大にして凄むのだが、オルクスは全く動じなかった。理由の二つ目が、オルクスのこの態度だ。

 アジットはこんなに態度のデカい奴隷を知らない。アジットの知る奴隷は、暴力に怯え泣き叫ぶだけの哀れな存在だ。オルクスの様に堂々とし、怯えることも媚びることもない奴隷をアジットは見たことがなかった。

 だから、アジットは考えてしまった。いや、捨てることが出来なかった。極僅かながら頭に引っ掛かっているその可能性を。


(もしかして、さっきの話は出鱈目じゃないのか……? 考えてみると、そもそも出鱈目を言ってまでコイツが獣人を庇おうとする理由が分からねぇな……)


 一度湧き出た考えは、波紋のようにアジットの脳内に広がっていく。

 そして―――。

 アジットはゴクリと喉をならした後、言葉を絞り出した。


「……次回から気を付けろ。あと、そういう事なら、お前が責任もって薪を運んどけよ」


 アジットはそう言うと、オルクス達の前から去って行った。






 


「……どうして、助けてくれたの?」


 二人きりになり、リリアがぽつりと呟くように尋ねてきた。


「俺はあの手の輩が嫌いだ。身の程を知らん小物が」


 オルクスが吐き捨てるようにそう言った。


「それは同感だけど、そうじゃない。どうして、獣人の私を助けてくれたの?」


 人族であるオルクスが獣人である自分を助けるとは考えてもいなかった。オルクスの厚意は有り難いのだが、リリアの心中にはそれ以上に戸惑いがあった。


「俺は獣人を差別しない。昔、獣人に助けられたからな」


 これは事実だった。オルクスには、七〇〇年前に世話になった獣人が沢山いた。特にオルクス商会を経営していた頃、早く成り上がりたかったオルクスは獣人をはじめ様々な種族の者を積極的に採用し、彼らの力に大いに助けられた。オルクス商会を分社化した際、いくつかの会社は獣人やエルフなど人族以外の者に託したほどだ。


 そういえば、その後会社はどうなっただろうか? ふと、オルクスの頭にそんな疑問が過る。

 七〇〇年も経っている、もうとっくに潰れているだろうし、彼らも生きてはいまい。だが、長命なエルフならもしかしたら……。会社は無いだろうが、エルフのあの子が今も生きているなら会いたいものだ。


「獣人を、差別しない……?」


 オルクスの言葉を、リリアは確認するかの如く繰り返す。


「そうだ。だから俺からすると、俺もお前も運悪く奴隷に落とされた者という認識でしかない。似た境遇の者が困っていたら、出来る限り助けてやりたいと思うのが人情というものではないか?」

「……人族でも、そんな考えの人がいるんだ」

「言ったであろう、過去に獣人に助けられたと。だが、俺みたいなのは少数派であろうな。それに、偉そうな事を言ったが所詮は俺も奴隷。またこんな都合よく助けに入れるとは思えんし、そもそも根本的にアイツをなんとかできる力があるわけではない」


 あまり期待を持たせすぎても申し訳ないと思い、オルクスは一応釘を刺した。今のオルクスに出来るのは、せいぜいハッタリを効かせて嫌がらせをするぐらいだ。


「それは、分かってる。でも、嬉しかった。……ありがとう」


 そう言って、リリアは薄く笑みを浮かべる。

 それは、オルクスが初めて見たリリアの笑顔だった。


「さっきの貴婦人のお誘いの話は?」

「ああ、あれは嘘だ」


 オルクスは誇り高き童帝だ。例え、奴隷解放を条件にされてもそんな誘いに乗る訳にはいかない。


「嘘って……、大丈夫なの?」

「構わん。嘘かどうかなど調べようがないからな。それに、あの手の輩相手に重要なのはそこではない。大事なのは、毅然と対応し、相手に付け入る隙を与えないことだ」


 例え嘘でも、揺るぎない態度で発すると本当に聞こえる。まるで詐欺師のようだ。それを覆せるだけの権力なり実力なり知識なりがあればそんな嘘に惑わされることはないだろうが、多くの者にそんな物はない。案の定、先ほどのアジットもオルクスに怯んでしまった。


 オルクスの言葉に、リリアは曖昧に頷く。

 言っていることはわかる。だが、実践できるかどうかは話が別だ。オルクスのように経験を積み、実力を兼ね備えていれば肝も据わってくるだろうが、それだってほとんどの者に無理な話だった。


「それにしても、ひどい嘘」


 リリアはそう言うと、少し呆れた顔をオルクスに向ける。十代のうら若き少女の前で男娼の話をするなど品を疑われても仕方がない。


「そう言うな。それに、あれにはアイツへの皮肉も込められている」


 アジットの容姿は決して優れているとは言えないものだ。オルクスは他人の容姿を貶める行為は好きではないが、それとは別に、敵と決めた相手への攻撃手段は選ばない人間であった。

 どうせお前には男娼の誘いなど来ないだろう、先ほどの嘘には暗にそんな皮肉も込められていた。リリア達に散々暴力を振るってきたのだ、多少貶めてやった方がいい。


「やっぱり、ひどい嘘」

「くくく、ま、当の本人は気付いていないようだったがな」


 低く笑うオルクスに、リリアはちょっと悪戯っぽい表情でこう言った。


「でも貴方なら、本当にその誘いが来ると思うよ?」


「……勘弁してくれ」


 げんなりした顔のオルクスを見て、リリアは本日二度目の笑顔を見せた。

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