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第二話 奴隷に落とされました

「……この俺が、奴隷……!?」


 オルクスは首に嵌められた首輪をギリッと強く握り、震える声でそう言った。

 地面に倒れている人間に手を差し伸べようともせずに、あろうことか勝手に隷属の首輪を嵌めただと? そんな極悪な奴隷商が存在していいのか? オルクスの心中に驚きやら呆れやら憤りやらが溢れ返る。やがて、その瞳をギロリと輝やかせた。


(この俺に、よくもっ! ……だが) 


 奴隷と言っても所詮はこの首輪で縛っただけのこと、ならば外せば良い。他の者ならいざ知らず、天才であるオルクスにはこんな首輪を破壊するなど造作もないことだ。

 オルクスは不敵に口元を釣り上げると、首輪を持つ手に力を込めた。


「ふん、この俺にこのような首輪など笑止千万……、くっ、取れん! バカな!」

 

 首輪はビクともしなかった。

 繰り返すが、オルクスは自他共に認める天才である。特に魔道具の扱いに関しては天才を通り越して常識を逸脱しているレベルに達している。そのオルクスをもってしても隷属の首輪を外すことは出来なかった。しかも、この首輪は魔法やスキルを封じる効果も備えているようだ。何という高性能の首輪。七〇〇年の眠りについている間に、魔道具の作成技術はオルクスに匹敵するレベルまで進化してしまったらしい。悪夢のような現実を突き付けられ、オルクスは愕然としてしまった。


「若いのに変な喋り方……。その隷属の首輪を外そうとしても無駄。だってそれは伝説の大魔術師オルクスが作った(・・・・・・・・)ものだから。これまでに自力で外せた人はいないらしい」


 オルクスの見た目年齢は十五歳の少年だ。獣人の少女は年齢に相応しくないオルクスの話し方が気になったようだが、当のオルクスはそんなこと気にしていなかった。少女から齎された、もう一つの情報の方が衝撃だった。


(俺が作った? この首輪を? ……そういえば、以前、似たような首輪をナターシャにプレゼントしたような……)


 オルクスの頭の中に少しずつその時の記憶が蘇ってくる。




 ナターシャはとある大商人の娘で、かつてオルクスが恋い焦がれた女性の一人だ。

 ある時、高性能の奴隷の首輪が欲しいとナターシャに強請(ねだ)られた事があった。ナターシャの実家の商会では奴隷も取り扱っていたのだが、奴隷を管理する為に当時使っていた「隷属の首輪」が、魔法封じが不完全だったり奴隷が少し反抗しただけで命を奪ってしまったりと、大変扱い難いものだった。既存の奴隷の首輪に代わる奴隷の首輪が欲しい、ナターシャにそうお願いされたのだ。


 当時ナターシャにベタ惚れだったオルクスは、この要望に二つ返事で応じた。そしてオルクスは、自身の持つあらゆる技術と知識を結集し、最高性能の隷属の首輪を完成させた。


 オルクス謹製の隷属の首輪の性能は素晴らしく、魔法やスキルなどあらゆる技能を完全に封じ込める仕様になっていた。それは、大魔術師であるオルクス自身をもってしても完全に魔法が使えなくなるほど強力なものだった。

 更にオルクスは、首輪が持つ奴隷への罰則機能を改良した。反抗した奴隷の命をすぐに奪ってしまっては奴隷がいくらいても足らないので、反抗する奴隷を段階的に苦しめ、反抗心を奪っていく方針に変更したのだ。

 第一段階、反抗した奴隷の全身に激痛が走る。これで奴隷のうち九割は反抗を諦める。それでも反抗を続ける奴隷がいた場合は第二段階だ。奴隷の全身から血が噴き出す。これで第一段階を耐え抜いた奴隷のうち更に九割が反抗を諦める。そして第三段階、奴隷の四肢が引き千切られる。これで第二段階を耐えた奴隷のうち更に九割が反抗を諦めるかショック死する。ぶっちゃけここまでやればほとんどの奴隷が反抗できないはずだが、罰則には一応最終段階も存在する。これらを全て耐え切った上で主人に害を成した奴隷は、即座にその命を落とすよう設定されている。

 オルクスの改良で罰則機能はかなりえげつない内容になったが、一方で命令違反を企てて死ぬ奴隷も大幅に減ったらしい。

 後日、オルクス作の首輪を大層気に入ったナターシャから量産したいと請われ、設計図も彼女に譲った。技師達は高度なオルクスの技術に大いに面食らったそうだ。結局、オルクスの設計図を完全に理解できた者は一人もいなかったが、手順通り作業すれば一応首輪は完成するので、量産体制を確立する事には成功したようだった。




 これがおよそ七〇〇年前の話だ。当時オルクスはまだ二十歳前後であり、オルクス自身その存在をすっかり忘れていた。まさかその隷属の首輪が七〇〇年経った現在も奴隷業界で幅広く愛用されているとは……。


(くそっ、何という事だ! 本当に外せないぞ!? 当時の俺め、厄介な物を作りやがって!)


「顔色が悪い。色々大変だったみたいだし、少し休んだ方が良い」


 顔を青くしているオルクスを見て、少女はオルクスが落ち込んでいるとでも思ったのだろう。そんな優しい言葉を掛けてきた。人族は嫌いと言いつつも気遣いの言葉を掛けてくれるあたり、この子は根は優しい子なのかもしれない、オルクスの頭の中にそんな考えが過った。


「……すまない。そうさせてもらう」


 予想外の事態が続き、オルクスも少し考えを纏めたいと思っていた所だった。オルクスは少女の厚意に甘えて目を閉じることにした。


 オルクスはそのまま半日ほど移動した所で馬車を降ろされた。連れてこられた場所は、コンドラッド領の領都コンドラに軒を連ねる奴隷商の館だった。

 こうしてオルクスは、七〇〇年ぶりに目覚めて一日も経たないうちに、奴隷として販売されることになった。





―――





 オルクスが奴隷商の館に連れてこられて丸二日が経過した。


 オルクス達は館に入れられるや否や、奴隷小屋と呼ばれる牢にぶち込まれた。買い手が見つかるまでこの奴隷小屋がオルクスの生活の場になるらしい。

 この奴隷小屋の環境はただただ最悪だった。メシはマズく、寝床は汚く、見張り番は横柄だった。

 奴隷小屋に入れられた当初、オルクスの心の中は怒り一色だった。


(おのれ、こんな汚く臭い所にぶち込みやがって! いずれ力が戻ったらこの館ごと丸焼きにしてやるっ!)


 ブツブツと恨み言を言い続けるオルクス。普通なら周囲から奇異な視線を向けられてもおかしくはない光景だが、生憎とここは奴隷小屋だ。オルクスのような奴隷は珍しくないし、中には悲しみの余り一日中泣いている者だっている。


 オルクスが苛立っているのは他にも理由がある。奴隷同士の会話禁止だ。奴隷同士が会話をすると脱出などの相談を行う可能性があり、それを危惧した奴隷商は奴隷同士の会話を禁じた。一人でブツブツ言っている分には問題ないのだが、二人以上で会話しているとすぐに見張り番が近寄ってくる。しかし、この会話禁止のせいで、眠っていた七〇〇年間の情報収集をしようとしていたオルクスの宛てが外れてしまった。

 結果、手持無沙汰になったオルクスは、他の奴隷が彼に一瞥もくれない中、延々と悪態をつき続けたのだった。

 しかし、そんな怒りも半日も経つとだんだんと萎んでくる。


(……。怒ってばかりいて疲れたな、生産的でもないし)


 だが、かといって他にやることもない。仕方がないのでオルクスはこれまで起きた事を頭の中で整理し、今後のことを考える事にした。




 目下の問題はこの首輪だ。

 隷属の首輪のせいでオルクスの能力は一般人と大差ないレベルまで落とされている。一刻も早くこの首輪を解除したいのだが、隷属の首輪の封印は極めて強力だった。

 結論から言うと、二日経った今も外すことは出来ず、その糸口すら見つかっていない。当時ナターシャに惚れ込んでいたオルクスは、愛しの君に無様な物はプレゼントできない、せめてオルクス自身すら無力化できる代物を作り上げないと彼女へのプレゼントに相応しくない、そう意気込んでいた。

 結果、オルクスは心血を注ぎこみ最高性能の隷属の首輪を生み出してしまったわけだが……、オルクスは脳内お花畑だった当時の自分をぶん殴りたくて仕方なかった。



 首輪は異次元の性能を秘めており、製作者のオルクスであっても一朝一夕で破壊するのは難しい。オルクスは首輪の事は一旦棚上げし、別の方法で首輪を外すことにした。それはある意味一番の正攻法であった。即ち、オルクスを奴隷に落としたのは違法だと奴隷商に訴え、奴隷から解放して貰うことだ。

 オルクスが奴隷にされた経緯は完全に違法であり、人攫いに通じる犯罪だ。そして自分は人族のオルクス・リュドーだ。出自もハッキリした人間がこんな不当な扱いを受ける謂れはない。その事を声を大にして叫ぶのだ。

 しかし、一見最も解決が早そうなこの方法は、いくつかの理由で諦めざるを得なかった。


 まず、オルクス・リュドー本人だと見張り番に信じて貰えなかったのだ。

 オルクスはタイミングを見計らって見張り番に主張してみた。


「俺はオルクス・リュドーだ」

「それがどうした?」


 実は、この時代にオルクスという名前は珍しい名前ではなかった。オルクス・リュドーのお伽噺にあやかり、オルクスと名付ける親は割といるそうなのだ。だから見張り番も、オルクス・リュドーと同姓同名なんだろうな、ぐらいにしか思わなかったようだ。


「俺はオルクス・リュドー本人(・・)だ」


 殊更「本人」の部分を強調するオルクスに、見張り番は可哀そうな者を見る目を向け、


「今回は私語を咎めないでいてやるから、もう黙ってろ」


 一言そう言った。


 魔法やスキルを目の前でバンバン披露出来れば話は早いのだが、オルクスの話を聞いて「じゃあ、首輪を外してやるから魔法を使ってみろ」なんて言う馬鹿正直な奴隷商も存在しない。


 こうなると逆に、オルクスが自分のことを証明することが難しくなった。何せオルクスは、この時代に知り合いもいなければおそらく戸籍もない。それに七〇〇年間眠っていたので世間の常識にも疎い。魔法の使えないオルクスは途端に只の不審人物になってしまった。いや、不審人物と思われているうちはまだマシだ。最悪なのは、その怪しさを追求され他国の間者と誤解されることだった。


 この時代の国際情勢は分からないが、オルクスがかつて生きていた七〇〇年前はラトリア王国は隣国と紛争状態にあった。言動の怪しい不審人物は他国の間者と疑われても仕方がなかった。魔法もスキルも使えず、魔力による肉体強化も使えない今のオルクスは肉体的に一般人と大差ない。間者と勘違いされ、問答無用の拷問にかけられ、最悪の場合、殺されてしまう可能性だってあり得る。


 せっかく七〇〇年もかけて若返りの秘術を行い失った(かみ)を取り戻したのに、こんな所で命を落としてしまっては悔やんでも悔やみきれない。下手に口を開いて余計な詮議をかけられる危険性を考慮すると、今は大人しくしく口を塞いでいた方が得策だろうとオルクスは判断したのだった。



 自力で首輪を外すことも、奴隷商に違法性を訴えることも困難だ。結局オルクスは、屈辱だが、一番奴隷として無難な道を選択する事にした。

 それは、いずれ現われるであろうオルクスの購入者――ご主人様の恩赦を期待する事だ。

 奴隷が主人に功績を認められ、その報酬として奴隷から解放されることや、主人から貰った報奨金で自分自身を買い戻すことは珍しい話ではない。勿論、それなりに高い功績が必要だが、ことオルクスに関してその点は問題なかった。


 いくら魔術やスキルが封じられていても、オルクスの有能さを示す方法などいくらでもあるからだ。オルクスは偉大なる魔術師として後世に伝わっているが、幾人もの女性に振られ、その度に力を得て立ち直ってきたオルクスは全方位に渡る天才であった。オルクス個人を売り込む材料は一冊の本でも纏められないほど大量にある。金が欲しいなら魔道具を作ってやるし、武力が欲しければオルクスは一騎当千どころ万夫不当の働きが可能だ。オルクスの有用性を示し、隷属の首輪でその力を封じることが如何に愚かな事かを主人に理解させればよい。

 

 奴隷に落ちてしまった経緯やオルクス自身で作った首輪によってこの苦境が齎されている事実にはかなり憤りを感じるが、それを飲み込み、奴隷となってしまった現状を受け入れるのであれば、主人の恩赦を狙う考えはそれなりに現実的であった。


 オルクスは尊大な喋り方はするが、尊大な性格をしているわけではない。他者の下に付くのが死んでも御免だ、なんてプライドは持ち合わせていなかった。実際、過去には王宮に仕官していたことあったし、商人として各国の王侯貴族のご機嫌取りを行っていたこともあった。自由を手にするためと考えれば、主人に頭を垂れることは特に苦ではなかったのである。それに、奴隷落ちは自分の慢心が起こした失態でもあった。


 オルクスが奴隷化する直前に起こした魔力切れだが、その原因は考えるとすぐに分かった。むしろ、考えるまでもないほど間抜けな理由であり、それ以上考えるのが嫌になった。

 七〇〇年もの間若返りの秘術に魔力を投じ続けてきたオルクスは、実は目覚めた時点で魔力が枯渇寸前だった。だが、浮かれていたオルクスはそんな状態にも関わらずフライによる連続飛行を行い、相当量の魔力を込めた魔法を連発してしまった。他人よりも魔力が桁違いに多いオルクスにとって魔力切れを起こしたのは子供の時以来のことであり、魔力は切れるものだという事を忘れていた事も失敗の一因だろう。だが、結果として奴隷に落とされているのだから情けなくて笑う事もできない。まさに自業自得だった。


 そういった事実も鑑みれば、尚更、多少の苦労は止むを得ないとオルクスは考えるようになっていった。


 自分を買ってくれるご主人様を望むようになったオルクスだったが、それには少しネックがあった。理由は単純で、奴隷としてのオルクスの値段が少々お高かったのだ。ただでさえ人族の奴隷は数が少ないのに、オルクスは見た目も悪くなく、しかも若い。オルクスがそこらの奴隷より値が張るのは当然であった。


 ある程度の財力がある商人か、それなりの貴族。そんな限られた人間が訪れる日を待つしかなかい。


(まぁ、差し迫った緊急の用件がある訳でもないし、気長に待つとするか)


 若干、諦観も含みつつそんな風に考えていたオルクスだったが、意外と早くその日は訪れたのだった―――。

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