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クローズドサークル

「藪坂サン,奈加子サン,大変心苦シイノデスガ,結婚式ハ中止ニスルシカナイト思イマス」


 本日離島入りしている結婚式関係者全員を,男性キャスト控え室に集めたのは神父のエドモンドだった。

 男性キャスト控え室は,マリアンヌの死体のあった,女性キャスト控え室の隣にある。

 集められた6人は,会議のときのように,四角い机を囲み,座っていた。

 

 エドモンドの言葉を聞いた俺は,すかさず隣に座っていた奈加子に目を遣る。

 あれほどまで楽しみにしていた結婚式を中止にする,という提案を聞いた奈加子の気がまた遠のくことを心配したからだった。

 しかし,部屋着に着替えた今の奈加子には,エドモンドの目をまっすぐに見続けるまでの気丈さがあった。



「…仕方ないと思います。マリアンヌさんが死んでしまった以上は,予定通りに結婚式をすることはできないでしょうから」


 ゆっくりと,しかしはっきりと吐き出された奈加子の言葉に対して,俺を含めたこの場にいる全員が頷く。

 奈加子にとって苦渋の決断であったことには違いない。その証拠に,彼女の目は涙で潤んでいる。



「藪坂サンハドウデスカ」


「…はい。残念ですが,俺も仕方ないと思います」


 問題は,パイプオルガンを引く人間が欠員となってしまったということには止まらない。

 前日に関係者が死んでしまったという状況下では,結婚式という神聖な儀式を執り行うことは到底できない。

 

 それに-俺は,例のメッセージを思い出す。

 「私は,私の母を殺した奴を幸せにはできない」。

 このメッセージを残したのは,マリアンヌを殺害した犯人である。とすると,犯人の目的は明らかだ。犯人は,俺と奈加子の結婚式を妨害するために,マリアンヌを殺害したのである。

 ここで結婚式を強行する,という意思を見せてしまえば,次なる被害者が生まれかねない。



「あのう,崎戸さん」


 奈加子が,神妙な面持ちのウェディングプランナーに声を掛ける。



「私,結婚式が中止になったことを日本にいる親戚や友達に連絡したいんですけど,ロッカーの鍵をいただけますか?」


 リハーサルに備えて演者が着替える際,財布や携帯電話といった貴重品は,まとめてロッカーの中に入れていた。そのロッカーの鍵を預かっていたのは崎戸だった。



「…いや,あ…実は…その…」


 崎戸が言いにくそうに言葉を詰まらす。



「…大変申し訳ないのですが,ロッカーが壊されていて,預かっていたものがどこにも見当たらないんです」


「何だって!?」


 俺は思わず声をあげる。

 そのロッカーの中には,ここにいる者全員の携帯電話が入っている。

 無人島に固定電話の回線が繋がれているとは到底思えない。つまり,無人島に閉じ込められた者たちの外部への連絡手段は完全に途絶えたことになる。



「本当に申し訳ありません」


「いいえ。崎戸さんが謝る必要はありません。悪いのは,ロッカーを壊して,中の物を盗んだ人ですから」


 奈加子が崎戸に微笑みを向ける。

 奈加子の発言に異論はない。

 しかし,状況は一切笑えるものではない。外部への連絡手段が途絶えているということは,当然,警察への通報もできない。

 そして,ロッカーを壊して携帯電話を隠匿した者は,間違いなくマリアンヌを殺害した犯人なのである。犯人がわざわざ「クローズドサークル」を作ったことの意味を考えなければならない。

 つまり,犯人はまださらに人を殺すつもりなのである。




「私タチハ閉ジ込メラレテイルトイウコトデスネ。コノ無人島ニ」


 ホプキンが,6人の置かれた状況を冷静に分析する。


「エエ。私タチハ閉ジ込メラレテイルンデス。コノ無人島ニ。殺人犯トトモニ」


 恐るべき現実をより克明にしたのは,テレーゼだった。

 テレーゼは,机を囲む一人一人の顔色を窺う。あなたが殺人犯ですか,と一人一人に問わんが如く。



「…次ノ船ハイツ来ルンデスカ?」


「明日だそうです。結婚式の参加者を乗せて来ます」


 ホプキンの問いかけに,俺は小舟の上で船長から聞いた話を基に回答した。



「トナルト,今カラ20時間後クライデスネ…」


 20時間。

 いつ自分が殺人犯のターゲットにされてしまうのかと心配しながら過ごすには,絶望的なまでに長い時間である。



「仁君助けて」


 囁くようにそう言うと,奈加子が俺の腕を抱くようにして掴んだ。

 奈加子は,つい数時間前までは人生でもっとも心ときめく時間を過ごしていたはずである。その時間が今では人生最大の地獄を味わうための時間へと変わってしまっている。

 精神的に決して強くない奈加子に,果たして耐えられるのだろうか。

 


 犯人の次の殺害計画を拱手傍観こうしゅぼうかんするわけにはいかない。

 意を決した俺は,探偵役を買って出ることにした。



「マリアンヌさんは,結婚式のリハーサルに15分以上遅刻していました。そこで,崎戸さんが女性キャスト控え室を見に行ったところ,マリアンヌさんは死亡していいました。最後にマリアンヌさんが生きている姿を見たのはいつですか? テレーゼさん」


 結婚式のリハーサルに備えて,女性キャスト控え室においてケープ姿に着替える必要がある女性キャストは,マリアンヌとテレーゼの2人だけだった。奈加子は新婦用の別の控え室を利用しており,崎戸は,そこで奈加子がウェディングドレスを着るのを手伝っていたからである。

 マリアンヌの生前の最後の姿を見たのは,犯人を除けば,テレーゼということになる。



「…私ガ着替エテイルトキニハ,マリアンヌサンハ控エ室ニハイマセンデシタ」


「控え室にいなかったんですか? テレーゼさん,控え室ではマリアンヌさんを一度も見ていないんですか?」


「ハイ」


 控え室で倒れていたマリアンヌは黒いケープを身に纏っていた。

 とすると,テレーゼが嘘をついていないとすれば,テレーゼが着替え終わり,教会に姿を現した後に,マリアンヌは控え室に行き,着替えた後,犯人にあやめられたこととなる。



「おかしいですね…」


 俺は,リハーサルのために教会に集まった人の順番を思い出す。


 俺が教会に入ったときには,すでにエドモンドがいた。つまり,一番手はエドモンドであり,二番手は俺である。

 その後,ホプキン,奈加子,崎戸の順で教会に入ってきた。つまり,三番手がホプキン,四番手が奈加子,五番手が崎戸である。

 そして,テレーゼが現れたのは六番手,つまり,最後なのである。

 さらに,マリアンヌを探すために崎戸が教会を出るまでの間,一度教会の中に入った者は,誰一人として教会から出ることはなかったと記憶している。

 仮にテレーゼの証言が正しいのだとすれば,6人が教会に揃った後,マリアンヌは殺害されたことになる。

 つまり,ここにいる6人全員に確固たるアリバイがあるということになるのである。



「テレーゼさん,今の話は本当ですか? 何か記憶違い等はありませんか? 僕にはテレーゼさんの話が正しいとは思えないのですが」


 そのとき,バンッという大きな音が耳をつんざいた。

 ホプキンが机を叩き,立ち上がったのである。



「藪坂サン,アンタ,ドウイウツモリナンダ!? マサカ,テレーゼヲ疑ッテルノカ!?」


 目を充血させたホプキンが,唾を飛ばしながら喚く。



「いいえ。違います。俺はただ,前提となる客観的事実を確定したかっただけで…」


「嘘ツケ! テレーゼノ言葉をハナカラ嘘ト疑ッテルジャナイカ! 何ガ客観的事実ダ!」


「いや,最初から疑っているわけでは…」


「疑ッテタジャナイカ!」


「いやいや,ホプキンさん,ちゃんと説明させてください」


「アンタノ探偵ゴッコニハ付キ合イ切レナイ!」


 ホプキンは,鋭い目つきで俺を睨みつけると,乱暴にドアを開け,控え室を出て行った。



 あまりに突然の出来事であったため,立ち上がってホプキンを追いかけるという選択肢が頭に浮かんだ者は誰もいなかった。


 残された5人にできることは,しばらくの間,沈黙のままで気マズい空気を味わうことだけだった。



「ゴメンナサイ。普段ハアマリ怒ルヨウナ人デハナイノデスガ」


 ホプキンの言動に対してフォローを入れたのは,テレーゼだった。

 以前から感じていたが,どうやらテレーゼとホプキンはお互いに深く見知った仲のようだ。テレーゼをかばうために激昂げきこうしたホプキンの態度を踏まえれば,もしかすると2人は恋仲なのかもしれない。



「いいえ。俺の言葉が足りなかったことは事実です。とにかく,推理作業を続けましょう」


 俺は冷静さを装うために,わざと淡々とした口調で話し始めた。



「今度は少し違った角度から事実を整理したいと思います。今回の事件の凶器についてです。『ギイヌクサ』という植物を今日以前に知っていた方,素直に手を挙げてください」


 エドモンドとテレーゼの2人が手を挙げた。

 だからといって,この2人のうちいずれかが犯人であると断じるのはあまりにも早計だろう。むしろ,犯人であれば,ギイヌクサを知らない,とあえてとぼけるようにも思える。

 


「では,エドモンドさん,ギイヌクサについて詳しく教えてくれませんか?」


「分カリマシタ。ギイヌクサハ,別名『殺人草』デス。ギイヌクサノ茎ノ部分ニハ細カイ棘ガアッテ,ソノ棘ニハ強イ神経毒ガアリマス。ホンノ少シ触レタダケデ,大抵ノ人ハ助カリマセン」


 俺は女性キャスト控え室で観察したギイヌクサを思い出す。赤や紫といったおどろおどろしい色をしているならともかく,ギイヌクサは緑色であり,見た目は単なる草である。まさかそれが殺傷能力のある毒を持っているだなんて,説明を聞くまでは決して思い至らない。



「…恐ろしいですね。犯人はおそらく手袋か何かをした状態でギイヌクサを持ち,それをマリアンヌさんの右腕に押し付けることによって,マリアンヌさんを死に至らしめました。ところで,エドモンドさん,そのギイヌクサは主にどの地域に生えているものなのですか?」


「…具体的ニドノ地域,トイウコトハ私ニハ分カリマセン。タダ,コノ島ニモ生エテイマス」


「え!?」


 思わず声を上げたのは俺だけでなかった。

 エドモンド以外の全員が目と口を大きく見開いていた。



「私ガコノ島ニ着イタトキ,山ヲ少シ散歩シマシタ。ソノトキ,生エテイルノヲ見ツケタンデス」


「…そうなんですね。となると,おそらく犯人は,この島に着いた後にギイヌクサを採取し,それを…」


「ギャアアアアアアア!」


 俺の言葉を遮ったのは,開いた窓の外から聞こえてきた男性の悲鳴だった。



 まさかホプキンが!? 

-いや,ありえない。ホプキン以外の人間は全員この部屋の中にいるのである。



 俺は,悲鳴と同時に部屋を飛び出したテレーゼにだいぶ遅れて,悲鳴の発生源の方へと駆け出した。


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