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犯人による告発

「んん…」


 ベッドの上の奈加子が,苦しそうに声を出す。



「奈加子,目が覚めたか?」


 俺は,背もたれのある椅子から立ち上がると,ベッドに両手をつき,奈加子の顔を覗き込む。


 奈加子の二重まぶたが,ゆっくりと開かれ,焦点の合わない瞳が現れる。



「大丈夫か!?」


「…あれ? 仁君,私…」


 奈加子が首を動かさないまま目だけを動かし,見慣れない部屋の様子を見渡す。奈加子の視線が,自分の着用しているウェディングドレスで留まったとき,ようやく奈加子は状況を理解したようだった。



「私,意識を失ってたのね」


「ああ」


「迷惑掛けてごめんね」


「いや,気にしなくていい。あれには俺もかなりショックを受けたから」

 

 マリアンヌがどうして命を落としてしまったのかについては,奈加子が目を覚ますまでの15分ほどの間,この部屋で奈加子に付き添っていた俺にはまだ分からない。

 真っ赤に変色した腕が脳裏に焼き付いて離れないのだが,それが果たしてマリアンヌの死因となったのかについても分からない。事故か,事件か,はたまた病気によるものか。俺にはそれを特定する術がなかった。

 ただ,結婚式の前日に,結婚式会場で人が死んだ,というその事実だけで十分に不吉である。

 奈加子が卒倒してしまうのも致し方ない。



「仁君,私のことはもういいよ」


「え?」


「私の看病はもういいよ。だから,もう行っていいよ」


「行っていい,ってどこに?」


 奈加子はそれ以上何も言わなかったが,奈加子の言わんとしていることは俺には十分に伝わっていた。



「じゃあ,ちょっと様子見てくるよ」


 俺は奈加子にかかっている薄い毛布のズレを直すと,奈加子に手を振った。




 女性キャスト控え室の死体はすでに片付けられていて,つい先ほど起きたばかりの非常事態の痕跡は少しも残っていなかった。


 

「マリアンヌサンノ死体ハ,外ニアル物置ノ方二運ビマシタ」


 俺に話しかけてきたのは,パイプ椅子に腰をかけたエドモンドだった。エドモンドは首にかけた十字架を握りしめている。もしかしたら,忌々しきことのあったこの部屋を浄化している最中だったのかもしれない。



「モチロン,マリアンヌサンハ,マリアンヌサンノ故郷デ,マリアンヌサンノゴ家族ガ希望スル方法デとむらワレナケレバナリマセン。物置二置イテオクノハ一時的ナ措置デス」


「エドモンドさん,マリアンヌさんはどうして死んでしまったのでしょうか。何かお病気でもお持ちだったんですか?」

 

 俺の期待に反して,神父は大きくかぶりを振った。



「病死デハアリマセン。中毒死デス」


「中毒死?」


 エドモンドは机の上に置かれた植物を指差した。

 ヨモギを少し大きくし,少しいびつにしたような形状の葉が,ぶつぶつのできた茎にまばらに配置されている。日本では見たことのない植物だが,今の俺の脳裏には鮮明に焼き付いている物だった。


「『ギイヌクサ』トイイマス。猛毒デス」


「つまり,マリアンヌさんは,猛毒だと知らずにそのギイヌクサを口にし,命を落としかてしまったということですか?」


 今机の上に置かれているギイヌクサは,まさしくマリアンヌの死体のそばに落ちていた物である。

 マリアンヌが倒れている現場を見たときから,俺は,マリアンヌの死とこの植物には何かしら関係があるのではないかと疑っていた。


 エドモンドは,再び大きくかぶりを振った。



「違イマス。ギイヌクサノ毒ハ,食ベルコトデハナク,接触スルコトニヨッテ牙ヲ剥クモノデス」


「接触で,ですか?」


「ハイ。棘ニ触レルト,神経毒ガ全身ニ回リ,人ヲ死ニ至ラシメマス」


 ギイヌクサの茎にあるぶつぶつは,棘だということらしい。しかも,高い殺傷能力のある強力な毒を持った棘。

 俺はマリアンヌの死体の腕が赤く変色していたことを思い出す。あの部分がまさしくギイヌクサの棘が接触した部分だということだろう。



「…どうしてマリアンヌさんは,ギイヌクサの棘に触れてしまったのでしょうか?」


 しばらくエドモンドから回答はなかった。

 エドモンドの回答を待つまでもなく,俺は質問の答えを十分に予期していた。

 仮にマリアンヌがギイヌクサの毒性について無知だったとしても,彼女がわざわざそれを控え室まで持ってきて,自分自身の腕に押し当てることなどということは考えにくい。


 となると,残された可能性は-



「マリアンヌハ殺サレタノデス。…オオ,神ヨ。アーメン…」


 エドモンドは目をつぶると,両手で握りしめた十字架を頭上に掲げた。


 マリアンヌは殺された。

 何者かが,ギイヌクサをマリアンヌに押し当てることによって,マリアンヌを毒殺したのである。状況からして,それ以外の推理はできない。


 マリアンヌが殺された,ということは,マリアンヌを殺した犯人がいる,ということだ。

 ここは無人島である。俺と奈加子の結婚式のリハーサルのために参集した人々以外には,この島には誰も人がいないはずだ。となると,エドモンド,テレーゼ,ホプキン,崎戸,奈加子の5人のうちの誰かが犯人だということになる。

 初対面のマリアンヌを殺す動機など考えられないため,奈加子は犯人候補から外していいだろう。

 となると,犯人はエドモンド,テレーゼ,ホプキン,崎戸の4人のうちの誰かに絞られる。ただ,まだ半日も一緒に過ごしていないとはいえ,俺にはこの4人のうちの誰かが殺人を犯すような悪人には到底思えなかった。



「…藪坂サン,一ツ質問ガアリマス」


 エドモンドの青い瞳が,まっすぐに俺を捉えた。



「何ですか?」


「コレニ心当タリハアリマスカ?」



 エドモンドは黒いケープの袖から,4つ折りにされた紙を取り出すと,破れないように注意しながら,ゆっくりとそれを広げた。

 

 その紙には,パソコンで打った明朝体の日本語で,次のように書かれていた。



「私は,私の母を殺した奴を幸せにはできない」


 -なんだこれは。俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。



「コノ紙ハ,マリアンヌサンノ死体ノソバニ落チテイタモノデス。藪坂サン,コレニ心アタリハアリマスカ」


「…いや,ない」


 実際に心当たりはなかった。

 俺は,過去に誰かの「母を殺した」ことなどない。

 

 しかし,この文章は,結婚式を挙げてこれから幸せになろうとしている者,つまり,俺若しくは奈加子を,「母を殺した」犯人として告発するものに違いがなかった。



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