卒業
「おめっとさん」
「何その気の抜けた言い方ぁ」
「つったって、もう担任じゃないんだし…」
季節は春。
頭を掻きぼやく俺に、青子は頬を膨らませ抗議してきた。
「こういうのはね、大げさにしてし過ぎることはないんだから。ということで」
労いなさい、讃えなさい、祝いなさい、と過大な要求をする青子を横目に、俺はあの冬以降のことをぼんやりと思い出していた。
クラスから総スカンをくらっていた青子に、ポツポツと話しかける女子が出てきたのは、受験シーズンも終盤に入った頃だった。
ストレスの山を過ぎると、ふと我に返ったのかもしれない。それまで無意識に信じていた
「あの子、私ら女子をバカにしてるよ」
という噂が、よくよく考えてみたら直接見たわけでも聞いたわけでもないことに気づいたようだ。
「『悪口言ってたよ』って、クラスの子から聞いた時、今までそんなそぶり無くてショックだったから距離を置いたけど…」
和解後しばらくして、ある女子はそんな風に青子に語ってきた。
「でも、だんだん自分達こそ嫌なことしてるなって思い始めて。むしろ、そう教えてくれた子の方が色んな悪口言ってきたから、どっちを信じたらいいのかなって」
それを聞き、別の女子も頷きながら付け加えた。
「それでね、もう裏で悪口言われてたんだとしてもいいって思うことにしたの。内心までは分からないから、一緒に居る時の青子ちゃんをそのまま受け止めようって」
「まぁ、改めて近くで見てたら、やっぱり裏で悪口言う子ではないなって分かったけどね」
「うん。青子ちゃん、裏表なさ過ぎだった(笑)」
だから…噂すぐ鵜呑みにしちゃって、ごめんね。。
青子は、友人がそこまで考えてくれてたことに痛く感激したらしく、それをきっかけに
少し、人との接し方に気を配るようになった。
立花とは、後味の悪い振られ方をして、まだ時々引きずっているようだが、気持ちを押し付けるでもなく青子なりに気丈に振る舞っている。
最終的には色々と、落ち着くとこに落ち着いて、じじむさいがまぁ、めでたしめでたしといったところか。
「ちょっとー、すぐトリップしないでよー」
あんまり青子をほっといたもんで、ついにポカッと実力行使に出られてしまった。
「ごめんごめん」
詫びながら、立ち止まって青子の方を振り向く。
「で、お祝いは?」
青子は次に俺が何を言うか分かっているようだった。下から覗き込むようにして、イタズラっぽく笑いかけてくる。
「それは…」
俺は2度ほど深く息を吸い、何度も脳内で繰り返してきたセリフをゆっくりと伝えた。
「就職合格を祝って…結婚しようか」
青子はVサインをしながら、ニッコリと笑顔を弾けさせた。
共谷青子、リアルの意味で俺の嫁。
自分でも何をやってるんだかと思うが、小さい頃からあんなグチャグチャを見せられてなお好きなんだから、もうどうしようもないだろう。
ちなみに、いつから付き合ってたのかという話は聞かない方がいい。
俺も、自分が何人目の男なのかは聞かないことにしている。
あとはもうそれが更新されないように、頑張り続けるのみだ。