追躡
「すごいじゃないっ、あなた、テストの結果を見たっ?」
「DNAテストの結果だよな? 見たぞもちろん。狙撃手の適性が高かったじゃないか、すごいぞ」
少女の両親は、食卓に座りながら嬉しそうに少女を褒めた。
「適性だけでこれなら、努力すればどこまで行くのかしらっ! 将来が楽しみだわ!」
「そうだな、やっぱり軍の養成所へ行った方が良いだろうなぁ。これからのことを考えると」
嬉しそうに話し合う両親のその言葉を遮るように、純白の少女はおずおずと言う。
「お父さん、お母さん……、わたし、軍には行きたくない……」
「えっ?」
「なんだと?」
怒ったような声で漏れたその言葉に、少女はびくっ、と体を震わせる。
少女の両親は一度顔を見合わせると、まるで示し合わせたかのように言った。
「悪い娘ね」
「そんな悪い娘には、きちんとやり直して貰うからな」
やり直す。
その言葉を聞いて、少女の顔色が恐怖に染まる。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ! やり直しだけは、お願いします、止めてください! あれだけは……、あれだけは……!」
必死に懇願するように願う少女に、少女の母の方は揺らいだようだった。
「あなた、こんなに言うのなら良いのじゃない?」
しかし少女の父は、少女に絶望を告げる。
「ダメだ。入りなさい」
しばらくの間、反抗するように身動き一つしなかった少女だったが、父親に厳しい顔で見詰められ続けてはその反抗も長くは続かなかった。
少女はやっと、嫌々ながら腰を上げる。
そして怒ったような、厳しい顔をした父親と、ちょっと心配そうな顔をした母親の前で、部屋の隅に備え付けられた淡い色のカプセルの前に立った。
いつの間にか、涙が溢れ出てきた。体も恐怖でブルブルと震えていた。
「ぁぁああ……」
少女は最後に声にもならない声を漏らして、カプセルへ身を投じてしまう。
「よし」
それを見て、少女の父親は一つ頷いた。
30分ほど経つと、カプセルはその蓋を開かせる。
中から出てきたのは、入った少女と寸分変わらぬ姿の少女。
ただ、その意志だけが変わっていた。
「お父さんお母さん、わたしは軍に行きます」
どこかぎこちないその声に、少女の両親は両親は満足したように頷いた。
◆ ◆
「生き残ろうとは思うな」
「なんで?」
少年の祖父は、自室で一人節くれだった手で孫を撫でながらそう言った。
「それでは生き残れないからだ」
「……」
反応できない少年に、くたびれた軍服に数個の勲章をつけた祖父は悲しそうに続ける。
「あそこでは、生き残りたくない奴なんていない。誰もが生き残りたいんだ。だがそんな思いでは生き残れない。それは死んだ奴らが証明している」
「じゃあっ……!」
祖父に食ってかかる少年に、祖父は静かな声で威圧する。
「だから、」
威圧した上で、その答えを告げる。
「死神から全力で逃げろ。そのためには楽しめ。全力で、死に免れろ」
司令しかしない無能の上層部ではなく、あくまで部隊を率いる立場として退役まで戦場を駆け抜けた祖父は、そう言って寂しそうに笑った。
◆ ◆
銀白の髪に純白の少女は、灰色の世界の中でスコープの中を走る敵兵の少年に、そっと照準線の中心を合わせた。
「……」
理論上、人に関知できる反動は一切発生させないこのレーザーライフルでの遠距離射撃において、弾を外す二番目の原因は手ブレなどの、射手の生体的反応だ。
ガク引き、手ブレ、胸にストックが当たった状態で呼吸することによるブレ等と、挙げれば限りのないそれらによる数度のズレは、時に5キロを超えることもある狙撃に際し、命中精度の低下に直結する。
故に、狙撃手の少女はぴくりとも動かない。
ただ、少年を標準線の中心にに捉えたら最後、呼吸を止め、体感的には血流も止め、指紋認証式の電子的なトリガーに、その綺麗な指先をそっと触れさせる。
瞬間、光条が銃口から放たれた。
光は横から見たら見えないはずだが、これは空気中の塵を火力で灼いてでた残留光だ、実際のレーザーではない。
レーザーライフル、Mslr-x112。
それは、旧式の火薬銃、電気式のコイルガンとは一戦を画す新しい兵器である。
旧来の実弾兵器に必要だった、風向き、湿度、重力加速度、コリオリ力等各種データの確認は必要ない。問題はただ一つ、空気密度の違いによる屈折だけだ。
その空気密度断層の発生も、ある程度は事前の気象データから予測できるため、障害と呼ぶほどの物にはなり得ない。
放たれたら最後、光速が故に致死の魔弾が少年に迫る。
だが。
少年は驚愕に身を包みながらも、少女の指がトリガーに触れると同時大きく回避行動を取った。
集弾率を上げるため、途中からXの字を描くように五つに分裂したレーザーのどれもが少年には当たらない。
通称クロスレーザーの攻撃を回避した少年に対し、少女は何も疑問を抱かなかった。
ある民間サービスによる攻撃の予測と回避が、現代の戦場を席巻しているからだ。
フリズスキャルヴ。
全ての世界(世界の全てではない)を隅々まで見ることが出来ると言われる玉座の名をを冠するそのシステムは、天空の目、高空の目、低空の目を使った地域の完全把握とそのリアルタイム更新を目的とする。
さらにフリズスキャルヴから取得したデータと軍事シュミレータを組み合わせれば、刻々と変化する戦況でどこにどのようにして攻撃すれば効率的か、ということを割り出すことが出来る。
つまり、敵の攻撃をおよそ100%の精度で予想できる訳だ。
現代の戦争において、予測など役に立たない乱戦以外の戦闘はただのルーチンワークに過ぎない。予測出来ても避けられないアホに当たればマシとばかりに、消極的にしか使われない。
だが。
そんな常識を、少女は軽々と覆す。
「……」
少年が回避行動をとるのを視認した直後、ほんの数メートルの距離を少女は瞬時に照準し直した。
対象と1000メートル離れていれば、たった1度で17.5メートルものズレが出る世界で、数メートルの距離を一瞬で照準し直したのだ。
まさに神業。
しかし少女にとっては当たり前に出来ることでしかない。
少年にとっては着地した直後という安心しているその瞬間に、再び少女はその白くてほっそりとした指をトリガーに触れさせる。
再び、銃口から光条が放たれた。
少年は避けることなど出来るはずもなく、光条に貫かれその場に倒れる。
人間の反応速度は早くても0.01秒程度。一秒で地球を七周半する光速に、最初から第二撃の存在を知っていて、同じ回避動作に第二撃を避ける動きを織り込んだとしても、避けることは困難だ。
一撃目は予測によるタイミングのアドバンテージがあるため、避けられるレベルに到達しているに過ぎない。
そのアドバンテージさえ奪えれば、少女に限って狙撃は通常の意味を為す。
倒れ込んだ少年を見ないようしにして、少女は次の目標に照準を合わせる。
これが、少女だった。
敵からは、シンプルに『死神』と呼ばれる、悪夢を振り撒く魔弾の射手。
現代戦のセオリーを覆す、フリズスキャルヴが効かない狙撃手。
確実に、冷酷に、敵を地獄へと導くあの世からの使者。
呼ばれ方は色々あれど、込められる感情は同じ、畏怖の感情だ。
あまりにも簡単。
あまりにも軟弱。
少女の見る世界は、いつも灰色に染まっている。
歯ごたえの無い、ただトリガーに指を触れさせるだけで敵の命を刈り取る。刈り取れてしまう。
絶対的な覇者の故に、命を懸ける戦いでさえ淡々とこなすただの作業にしてしまう。
(退屈……)
不謹慎かと一瞬考えるが、しかし少女はそう思う。
そんな何の変化も無い灰色の世界で、少女は再びトリガーにその真っ白な指を触れさせた。
クロスレーザーがその指とトリガーとの接触と同時に放たれる。
フリズスキャルヴによって把握されるその攻撃は、いつものように少年を一時の安心へと導く。
そして。
少女は、彼女にしか出来ない0コンマ何秒の世界で0コンマ数度の照準補正を終わらせる。
(これで、終わり……)
一瞬と呼ばれる時間の内に二発放たれるクロスレーザーは、一発目を回避した少年に容赦無く突き刺さる。
……はずだった。
(…………!!)
少女は、初めその光景が信じられなかった。
少年は、二発目のクロスレーザーを避けたのだ。
少女の中で、世界が切り替わった。その世界を隅々まで見据え、その全てを意味ある情報へと置き換える。
少女の気付かない内に、その顔が笑みを浮かべた。
少女の奥底から、初めて味わう熱い衝動が湧き出る。
少女は、再び即座に照準を合わせ直す。次こそ当てるために。次こそ倒すために。
三度放たれたクロスレーザーはしかし、あたかもそれが当然であるかのように少年に避けられる。
フリズスキャルヴを使ってでさえ、二発目を避けることは出来ない少女の攻撃を、三度まで。
今度こそ、少女が自覚できるほどその綺麗な顔に明確な笑みが浮かべられた。
(……っ!!)
そして、その瞬間。
少女は、神速の抜き撃ちで特徴的な拳銃タイプのレーザーガンをこちらに向ける、少年の瞳をスコープの中に認めた。
届く訳が無い。
遠距離狙撃用のライフルの間合を、たかが拳銃が撃ち抜ける訳が無い。
そんな常識を即座に捨てて、少女は全力で体を傾けた。
次の瞬間。
少女が持っていたレーザーライフルのスコープに、黒い穴が空く。
間違いない。レーザーの通過痕だ。
少女がこの距離で少年を正確に照準したように、少年も回避後の不安定な姿勢から一瞬で少女を補足し照準を終了させ、精度でライフルに大きく劣る拳銃で、少女のライフルを射抜いた。
少女はその胸の高鳴りに身を任せ、スコープが壊れたために精密狙撃が出来なくなったレーザーライフルを投げ捨てる。
取り出したのは、携帯端末。
何故か軍用の通信回線にも劣らぬ通信速度で、大容量の地域データをやり取りするシステムにアクセスするための端末だ。
つまりはフリズスキャルヴに繋がっているその端末を使って、少女は少年を見つける。
フリズスキャルヴが捉える少年の姿を見るまでも無く、少女は確信していた。少年も全く同じ事をしているということを。
フリズスキャルヴのデータの流れを通して、二人の視線は交錯する。
少女の世界は、極彩色に彩られ始めた。
◆ ◆
また、別の戦場で。
少年は、感じたことのある悪寒を感じ、自分の勘を信じて横っ飛びに回避動作へ入る。
「っ! 来た……っ!」
直後、フリズスキャルヴが攻撃を予測したという警告を発した。
既に回避中の故に警告音声を置き去りにして、少年は瞬間的に数メートル横へ、スライドするように距離を取る。
空中を跳んだ少年は、しかし足が着地するとともにわざと重心のバランスを崩し、倒れ込むように第二撃回避を開始する。
次の瞬間、真っ白な光条が十本、少年がさっきまでいた場所を蜂の巣にした。
(あぶねっっ!)
少年はやっと笑う。
命のやりとりが楽しくて仕方が無い……のではない。
ここ以外の場所では、少年が笑うことは出来ないというだけだ。
崩した重心はそのままに、倒れ込むようにして狙撃手の予測を外し、フリズスキャルヴの音声に従って一番近くにあったコンクリート塊の陰に逃げ込む。
フリズスキャルヴのお陰で、狙撃手の位置は分かっているのだ、どこに隠れれば効率的かもフリズスキャルヴのデータを使えば演算できる。
やっと息をつけた少年は、携帯端末を取り出して狙撃手を確認する。
その間も、幾本もの光条が空に輝いていた。
まるで、これくらいで少年が倒れることなどないと信じているように。
仲間がやられて地に倒れる鈍い音を聞きながら、少年は端末上で少女の姿を発見した。
(やっぱりあの子か……)
少年はうれしさ半分に思う。
その少女は肩まで伸びる白銀の髪に、アルビノのように真っ白なその肌を晒し、その雪の精のような姿形とは真逆の、無骨な、軍用の迷彩柄でカラーリングされたライフルを抱えている。
フリズスキャルヴから受信する映像の中、少女は一度狙撃を止めて、真上を見上げる。
まるで、少年がフリズスキャルヴを見ていること確信して、そしてフリズスキャルヴを通して少年に顔を見せているかのように。
(……!!)
少年の胸がドキン、と震えた。
少年はフリズスキャルヴで大体の少女の姿を見たことがあっても、その顔をはっきりと確認したのは初めてだった。
しかし、見てしまったことによって少年の心に感情が刻まれてしまう。
少女は数秒の間そうしていると、再びライフルのストックに頬をつけてスコープを覗き込んだ。
「あぁ……」
少年はその動作に見惚れていて……。
直後。
「……っ!」
一瞬の内に伏せる少年、少年に遅れて告げるフリズスキャルヴの警告。コンクリートに穿たれる五つの穴、貫通した光条が見えた瞬間コンクリート塊の陰から飛び出す少年。
ほぼ100パーセント本能で動いていた状況に、少年の脳が後から遅れて追いついた。
フリズスキャルヴが警告するより早く直感で伏せた少年を、少女はコンクリート塊ごと打ち抜こうとしたのだ。コンクリート塊が盾にはならない事を知った少年は、留まっていた方が不利になると見てコンクリート塊から飛び出したのだ。
もちろん、そんな事は少女も予測しているだろうから、どちらかに照準を絞って待ち構えているはずだ。
しかしなんとか賭けに勝ったようで、飛び出した少年を追い撃つ光はない。
(容赦ない、なっ!!)
少年は冷や汗を流していたが、しかしその顔は笑っている。
普通考えられないような神業で自分を狙う少女に対して、惜しみない称賛の想いを抱く。
「(生きようとするな、楽しんで死に免れろ)」
少年は、その言葉を再確認するように呟いて。
走る足で地を蹴って、空中へと身を躍らせる。
走ってきた方向とは逆の方向へ、空中で静止するようベクトルを調整して。
抜き撃ち。
腰のホルスターから瞬きの内に、少年の体の前に構えられた特徴的な拳銃タイプのレーザーガンは、正確に数キロ先の少女へ突き付けられている。
当たり前だ。
二発、向きが分かっている弾があれば、交点から狙撃地点が割り出せる。
それは、空気中の塵を灼いて光が出てしまうレーザーライフルの弱点なのか。
さらにフリズスキャルヴを使う暇を少女は与えてしまったのだから、狙撃地点を特定されるのは当然のことだ。
少年は拳銃のトリガーにそっと触れる。
レーザーライフルと同じく、反動など一切発生させないレーザーガンはブレ無く保持する技術さえあれば、超精密射撃を可能とする。
故に。
通常、歩兵にとって成す術もない狙撃手に、一矢報いることができるっ!
「っっ!!」
レーザーライフルよりは細い、しかし確かな強度を持つ光条が、少年と少女を繋ごうと、刹那の内に虚空を渡る。
戦果の確認は出来ないが、少年は確信していた。
少女がこれくらいで死ぬ訳がないと。
どこかの戦場で、幾本もの光条が交錯していた。
◆ ◆
「最近、先輩嬉しそうですよね? ライフル壊されて帰ってくる時なんて、特に」
「あんた知らないの? 先輩最近執着してんのよ」
「何にですか?」
「敵兵の一人によ。そいつ、先輩の狙撃を避けるのよねー」
「え、先輩の瞬間3発って言われる狙撃をですか? 化け物じゃないですか」
「そ。私も狙ってみたけど、初撃避けられたからどうにもなんないわよ。もし狙撃出来るとしても先輩以外にはいないでしょうね」
「って、つまりライフル壊すのってそいつなんですか? ありえない、たかが拳銃で狙撃するなんて……」
「お、勘が良いわね。先輩、それも含めて嬉しがってるから、放っておいてあげたら?」
「そんなの諦めれば良いのに……」
「これは噂なんだけどさ」
「なんです?」
「先輩、DNAテストで狙撃手の適性が出たんだってさ」
「……? そりゃそうですよ、この部隊の皆そうでしょう?」
「そんで、先輩は軍には行きたくないって言ったんだってさ」
「え、じゃあ先輩は……っ、もしかしてっ!」
「そう、親がカプセル使ったってさ。さっきから勘が良いわよあんた」
「カプセルって、主体強制操作カプセルですよねっ? 外部から意志を強制的に弄るためのデバイス……。 親が無理矢理先輩の意志を弄ったんですか……?」
「っていう噂よ。つまりご執心の彼を狙うことは、おとなしく軍に従うように設定されちゃった先輩の、数少ない自由なのかもしれないわね」
「マジですか……。ってことは、この前機嫌が悪かった時は…」
「たぶんね。彼がいなかったんでしょう」
「……それって普通、恋って言いません?」
「先輩の中ではどういう認識か知らないけれど、たぶんそうだと思うわね」
「きゃっ、先輩の恋バナですかっ!」
「あんた食いつき度が突然高くなったわね……。……だから言ったでしょ、たぶんそれが先輩の数少ない自由で、唯一の愛情表現なのかもしれないってね」
◆ ◆
「知ってる? あの話」
「あのキッモイ奴の事? 知ってる知ってる、また帰ってきたんだってね」
「そうそう。なんか『地獄帰り』とか男共には言われてるけど、ただの臆病者だよね」
「そいつのジジイ、あのクソ中将らしいよ? 上部の命令に従わなくて暴走を繰り返すクソ中将」
「マジでー、マジ最悪じゃん。さっさと死ねば良いのに」
「ホントだよ、なんで生き残ってくるかな、それであいつ今日も怒られてなかった? なんで一人でおめおめ帰ってこれたんだって」
「『お前には恥という感情は無いのかっ? 何故一人で帰ってきた、仲間を思って一緒に死ぬくらいのことは出来なかったのかっ!』」
「ははっ、似てるー!」
「たしかあいつの拳銃、そのクソジジイからの貰い物らしいよ。後生大事に抱えてるってさ」
「はぁ? マジキッモー。さっさとそんな古臭いの捨てて、新しいのに変えれば良いのに、マジ馬鹿じゃないのそいつ?」
「だから司令に怒られてたんじゃないの?」
「ホントだー」
「だから馬鹿はさっさと死んでこいよホントに、キモいからさ」
「逆に馬鹿だから生き残るのかもよー、場所間違えてさ、狙撃だけはフリズスキャルヴで避けれるからー」
「なるほど、それだ、だから死なないのかー」
◆ ◆
幾多の戦場を二人は駆け抜けて。
ついに、少女の側の国の勝利の形で、戦争は終結する。
◆ ◆
「まだかな……」
少女は、戦勝国側の人間として、少年の国の軍の再編成に携わっていた。
ついに降伏した少年の国は、ほぼ実質属国化するような条約が交わされた。
その一部に、少女の国の庇護の元、少年の国は治安維持以上の兵力を持たない、というものがあったからだ。
軍の再編成を行う傍ら、少女は少年を探していた。
そのために幹部登用試験にまで合格してこの立場まで昇り詰めのたのだ。
少女はまだ、自分の気持ちがはっきりと何か、ということは分かっていなかった。
でも少女は信じていた。
少年も、生きている限り少女を探している事を。
「失礼します」
少女の部屋に、部下が入ってきた。
「調査結果が出ましたので、お伝えに参りました」
少女は少年の調査結果に、耳を澄ます。
どこにいるか。どうしているか。どんな人なのか。
少年についての情報を、ほんの少しでも聞き逃さぬように。
◆ ◆
そこは、どこまでも石が並ぶ、だだっ広い土地だった。
石は、おおよそ直方体になるように粗く削られた石には、金属としての輝きを失いかけたチェーンで吊された、ステンレス製のプレートがかけられていた。
「あぁ……」
それを見て、少女の意識がくらっと揺れる。
石柱の根本に、錆びた金属塊が転がっていたりそうでなかったりするのを見ながら、少女は目的の場所へ進んで行く。
少女の胸の中は、感情でいっぱいだった。
一歩一歩進む度に、胸を締め付けられるような痛みを感じていた。
「あぁぁ……」
そして。
少女はついに、目的地にたどり着く。少年の元に、たどり着いてしまう。
そこは、まだ石柱が新しかった。
チェーンも、まだ金属として陽の光を反射していた。
そして。その石柱の足元には、特徴的な拳銃が無造作に投げ捨てられていた。
「ああああああああああああっ!!!!」
それを見て、少女は崩れ落ちた。
そう。
ここは墓場なのだ。
石柱は墓標、チェーンとプレートはドックタグ。そして足元に投げ捨てられているのは、言うなれば遺品。
戦場で野垂れ死にしたのではなく、基地で死んだ者の墓場。
少年は、同じ仲間の手によって殺されていた。
少年は戦場では死に免れ、死神の手から、少女の狙撃から逃げ続けたというのに、味方に、安全なはずの場所で嬲り殺しにされたそうだ。
少女は嗚咽を漏らす。
その美しい手を伸ばして、石柱にかけられたドックタグをその両手に握る。握ったその手を胸に当てて、大切な物を抱くように、包むように、冷たい金属を温める。
もう、少女は少年に会うことは出来ない。
たったそれだけの事実が、少女の心をどうしようもなく痛め付けた。
とてつもない喪失感と、芯から冷たくなっていく感覚が体を包んで支配した。
少し経って。
少女はゆっくりとその手の平を広げ、そこに自分と同じように冷たいドックタグに刻まれた少年の名を告げる。
「 」
少女は、いつまでも流れつづける涙に顔をくしゃくしゃにしながら、墓石の下に転がる少年の拳銃を手に取った。
見たことのない古い型だが、基本的な取り扱い方法は同じのようであった。
ハード的なセーフティーを、小さなレバーを操作し解除すると、ピピッ、という音とともに割れた小さな液晶へ、バッテリー残量が途切れ途切れに表示される。
バッテリー残量、1パーセント。
少女はそれを見て壊れていない事に安堵して。
数分後。
少女が地に倒れる音とともに、少女の手から拳銃が転がり落ちた。
バッテリー残量表示がふいに消滅し、それはただの鉄塊になる。
拳銃は二人の遺品として、静かに地面に鎮座していた。