表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも君が好き  作者: 紫月旅人
7/11

6

彼と別れて1ヶ月、季節は移り変わり日に日に寒さが増している。

この1ヶ月は就職先が決まり、バイトと卒論制作であっという間に過ぎていった。

初めは彼からと思われるメールや電話があったものの今では、もう無い。

1度、話して自分の気持ちを知ってもらいたいと思う反面、今さらあの場面を思い出してまで彼と向き合いたくないとも思う。

美里さんのおかげで自分と向き合うことができた。

私は彼に何も伝えてこなかった。

私にも悪いところはあった。

それでも、彼の唯一に慣れなかったことは私を打ちのめす。

私は彼だけだったのに。

もう終わったことにしなくちゃいけないんだ。

彼と出会って知らなかった自分の一面を知ることができた。

それだけでも良かったじゃないか。

それは、私にも他人ひとを愛する心があったこと。

いつも1人で何でもしてきた。

自分のペースで生活できる楽さは、集団生活で得る安心感を優に上回っていたから、1人でも全然平気だった。

恋人はいない。

結婚もしない。

子供も作らない。

そういうふうに生きて、1人で死ぬんだと思ってた。

そんな生き方に彼と出会うことで色がついた。

笑ったり、怒ったり、喜んだり、泣いたり。

でも別れた今でも、あの時の事を思い出すと悲しくて、悔しくて仕方がない。

私はこんなに苦しい。

いっそ、この世から消えて無くなってしまえば良いのにって何度も思った。

一生会わずにいれば、きっと忘れられる。

忘れてみせる、そう思ってた。

でも望まない再会は、前触れもなくやって来た。


「何してるの?」

「座ってる。」

「そうじゃなくてっ、私の部屋の前で何で座ってるの?」

「待ってた。

話がしたい。」

「今さらっ。

話なんて無い。

帰って。」

彼を押しどけて鍵を差し込んだところで、腕を捕まれた。

途端に彼の匂いが鼻につく。

仕事帰りなのだろう、汗に混じった彼の匂いが漂ってくる。

この匂いが好きだった。

彼に抱きついた時の安心できた幸せな記憶が甦ってくる。

嫌だ、思い出したくない。

「少しだけ話がしたいだけなんだ。

頼む。」

驚いた。

頭を下げる彼を見たことがなかった。

私の左腕を両手で掴む彼からは、今まで見たことがない必死さが伝わってくる。

久しぶりに見た彼は、ずいぶん痩せて顔色も悪い。

「大丈夫?」

思わず心配になってしまい、自然と手が彼のクマを擦ってしまう。

「許してくれ。」

私の手に手を重ねて、囁くように彼は言う。

「お願い、帰って。」

手を振り払って彼を押しどけようとするけど、捕まれた左腕の自由がきかない。

「放して。」

「頼む。

話を聞いてくれ。

これで終わりにするから。」

「そんなの・・・。」

チン。

近くのエレベーターのドアが開く音がした。

誰かがくる。

こんなところを見られたくない。

絶対に。

思わず彼を玄関に引きずり込んだ。

こうなっては、どうしようもない。

「・・・話したら、帰って。」

リヴィングにある小さなテーブルの座布団に座った彼は、痩せてしまってせいか、ひどく小さく見える。

「話って何?」

いつ、できるか分からないけど、まだ心の準備が出来てないと改めて実感する。

私はまだ彼を諦めきれていない。

その証拠に、さっきから心臓がうるさい。

「別れたくない、絶対に。

どうか、許してほしい。」

土下座だ。

座布団から降りた彼は、顔を床につけんとばかりに土下座をしている。

初めて、見た土下座にちょっと感動してしまった自分が悔しい。

「やめて。

そんなことをされても許せない。

私、最初に言ったよね。

何、私とできないなら、他の女とすればいい?

Hさせないんだから、仕方がないとでも言うの?

それとも、ばれなきゃいいって?

ふざけんな。」

「俺が欲しいのは、お前だけだ。

だから、ずっと我慢してきたし、これからだってできると思った。

一生、舞といたいから。

あの日の事は、弁解のしようもない。

朝まで会社の奴等と飲んで、どうやって家に帰ったのかも覚えてないんだ。

舞の声が聞こえた気がしたと思ったら、舞が俺の部屋に立っていて。」

「他の女を抱いたよね。」

「それは・・・」

「抱いたよね。」

「・・・」

「・・・」

「あぁ。」

「話は終わりです。

出ていって。」

「信じてくれないかもしれないけど、俺にとって大事なのは舞だけなんだ。

欲しいのは舞だけだ。

別れるなんて絶対に無理だ。」

「勝手だよ。

私は誠だけだったよ。

一緒にいたいのも、キスしたいのも、それ以上だって全部、初めての相手は誠しか考えられなかったよ。」

「俺だって。」

「違う。

私と同じじゃない。

だって他の女を抱けたじゃない。

汚いよ。

触って欲しくない。

今は、こうして一緒にいるのも嫌だ。」

思わず出た言葉に自分で驚いた。

『今は』私は、どこかで許したいと思ってるのかな。

彼をソッと窺うと、私の動揺には気づいていないようで、何と言うか固まっている。

それに無表情で心なしか顔色の悪さが、さっきより際立って見える。

身体も両拳を握りしめて、少し左右に揺れているような。

「大丈・・」

いきなり無言で立ち上がった彼は、おどろく私をよそに一言だけつぶやいて帰っていった。

「ごめん。」

と。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ