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あまりの息苦しさに気づいて辺りを見渡すと、どうやって帰ってきたのか自分の部屋だった。
彼と女と私。
さっき起こった事がフラッシュバックする。
あれほど耳障りだった音が一瞬で止んで何も聞こえなくなった。
始めに聞こえたのは、壁に付いているアナログ時計の秒針の動く音だった。
やけに響くその音を聞いていると、この部屋がどんどん暗く淀んで、汚れていく気がする。
それにこの部屋に立ち込めている臭い。
嗅いだことのない生臭い臭い。
安心できる場所だったこの部屋に、もう嫌悪しか感じない。
どんな顔をするべきなのかな。
表情が作れない顔で、焦点の合わない眼で彼らを見つめた。
今まで覆い被さっていたであろう彼は、私が部屋に入ると同時に女から飛び退いた。
彼から唸るような呻き声が聞こえるけれど何を言ってるのかは分からない。
でも、それでいい。
何も見たくないし、聞きたくない。
今はただ、一刻も速く終わらせたかった。
「鍵、返す。」
キーホルダーに着けていた鍵を引きちぎって、投げたけど彼には届かず、ソファに音もなく落ちた。
「こ、これは違うんだ。」
違う?
何が?
「あぁ、浮気じゃないってことですか。
それじゃ、私が浮気相手だったんですね。」
「んな、訳ねぇだろ。
ちょっと待ってくれ。」
「嫌です。
何も聞きたくありません。
4年間、ありがとうございました。
どうぞ、お幸せに。」
踵を返して玄関に急いだ。
「待て。」
追いかけてきた彼の手が腕に触れそうになった瞬間、私は反射的にその手を振り払って叫んでいた。
「汚い。
触らないで。」
私は彼を見ることもできずに扉を開け、逃げるように飛び出した。
本当にどこをどう帰ってきたのか。
雨が降っていたらしく、全身ずぶ濡れで玄関に座り込んでいる。
行くんじゃなかった。
知らなければ、今でも彼の側で笑っていられたかもしれない。
いつもメールアドレスや電話をくれる彼から、昨夜は1回も連絡がなかった。
心配になって見に行ってしまったのが運の尽きだ。
職場の女かな。
顔は見なかったけど、甘ったるい香水をつけて、高いヒールの靴を履く女。
大人の女性。
私とは全然違う。
私はペチャパイだし、根暗でインドアだしHだって・・・できなかった。
自己中すぎて人として女としてどうなのって付き合うようになってから、思うこともありましたよ。
それでも、そんな私が好きだって言ってくれてたのに。
「嘘つき。
嫌い、嫌い、大っ嫌いだ。」
泣いた。
玄関にへたりこんで、鼻水垂らしながら泣いた。
声が枯れるまで泣いて、疲れて、眠った。
寒くて起きて、シャワーを浴びながら泣いて、ベッドでまた泣いた。
泣き疲れて眠って、夢を見た。
夢の中で彼が私を好きだと、大切だと言った。
「嘘つき・・・」
涙を流しながら起きて、また眠った。
繰り返し見るその悪夢は、朝まで続いた。
その頃には泣きすぎたせいか、笑えてきた。
「悲劇のヒロインかっての。」
柄じゃない。
コトリと私の中のどこかで音がした。
点滅する携帯を開くと、彼からの着信とメールでいっぱいだった。
私は、それらを消去して、彼のアドレスを抹消した。
すごくすごく好きだった。
きっと彼以上に好きになれる人なんて現れない。
なのに私の初めてで、きっと最後の恋が呆気なく終わってしまった。