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「ついに告白されたか」
居酒屋のん兵衛。
夜、飲むならここだ。
全席個室でお酒も料理も安い。
大酒飲みの母に影響されてか、私もお酒が好きだ。
『酒を飲んで1日を締めるために私は働く。』という8割方、本気の母の口癖が私に移るのも時間の問題だろう。
今はバイト代で、ごく稀にしか飲みに行けないが仕方がない。
学業が優先だ。
只でさえ、1年浪人しているのだ。
留年などして新卒という価値が下がっては大変だ。
何よりあの母がそれを許すはずがない。
そうなれば余分にかかる学費は自分で払わなければならないだろう。
考えることさえ恐ろしい。
まったく、学業にバイト、恋愛をしてる暇なんてない。
「ついにって何さ。」
「大学とバイトで1日が終わっちゃうあんたは知らないだろうけど、4年の桐生誠が高坂舞に本気だってのは結構、有名な話。
1ヶ月くらい前かな、それまでは来る者拒まず、去る者追わずで色んな女を渡り歩いていた男が突然、一切止めて、おまけに髪は黒く戻して大学に真面目に通いだした。
それだけでも周りはザワザワしてたのに、奴に告白して断られた女たちが、奴に本命ができたって言い触らし出して、あの時はかなり騒ぎになったんだけど覚えてる・・・その顔は気づいてもいなかったわね。
とにかく、その本命ってのがあんたなわけよ。」
「何それ、初耳だし。
っていうか私じゃないでしょ。」
「いやいや、気づいてないの、あんただけだし。
あいつ、わざわざ必要のない授業に出たりしてあんたの事見ててさ、その目付きがね、熱いの何のって。
一目瞭然よ。(まぁ、それだけじゃないけどね。この子に手を出そうとしたあいつのファンの子達を、どうやったのか大人しくさせちゃったんだから、厄介な相手に好かれちゃったのかもね)」
「どうしたら・・・」
「付き合ってみたら?
格好良いし、頭も良いみたい。
何より、あんたの事を本気で好きだし。」
「本気って、何で分かるの?」
「そりゃ、引く手あまたの男が女絶ちをする理由なんて他にないでしょ。
あっちは本気よ。
真剣に考えてあげなさいよ。」
新木美里、24歳。
大学でできた友人だ。
長身、細身でありながら出てるところは出てるナイスボディな美人だ。
ちなみに腰まで届くツヤツヤの黒髪に、キリッとした切れ長の眼、一部の男どもに『女王様』と言わしめていることを私は、知っている。
でも美里さんに聞いた過去は何とも言い難いもので、ストレートで大学に入ったものの、当時同棲していた彼を養うために1年で中退、その美貌を生かして夜の街へ働きに出たものの、その1年後に有り金と家財道具全てを持ち逃げされ、破局。
その後、契約社員として入った会社の社員と2年間交際するも、まさかの既婚者で妊娠中の妻が当時、住んでいたアパートまで押しかけてきて危うく殺されそうになったらしい。
全治2ヶ月の傷を背中に受けて入院。
手元には手術代と入院費を含めた慰謝料と示談金が残った。
そこで男なんてこりごり、なんて美里さんは思わない。
貰ったお金で大学に入りなおし、目指したのは逆光源氏?
美里さん曰く『ここで将来有望な男を見つけて私好みに育ててみせる』らしい。
目標に向かって日々精進する姿に獲物を狙う雌豹を私は見た。
そんな彼女の助言に耳を傾けて良いものか。
悩む。
確かに、あの時の彼を思い出すと騙しているようには見えなかった。
とはいえ恋愛未経験者ゆえの無防備さも自覚しているし、どうしてあんな人に好きと言ってもらえるのかも分からない。
でも生まれてこの方、私の事をあんなに熱心に見てくれた男の人なんていなかった。
そう、もしかしたらあの人との出会いは私の人生の中での唯一のラブチャンスになるかもしれないのだ。
しなくて後悔するくらいなら、やりきって後悔した方がいい。