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彼と初めて言葉を交わしたのは、大学1年の春先だった。
その日、使われる予定のない教室で1人昼食をとっていた時、彼はやって来た。
強張った顔をして私の前にやって来た彼は、身体の横においた拳を震わせて、ひどく緊張しているように見えた。
「高坂舞好きだ。
付き合ってくれ」
あまりに率直な告白に、私も思わず率直に答えた。
「誰?」
彼は驚いたような顔をした後、悲しげに微笑った。
「俺は4年の桐生誠。」
桐生・・・聞いた事があるような、ないような名前。
「私達、どこかでお会いしました?」
「話した事はないけど、あんたをずっと見てた。
俺と付き合ってくれ。」
「無理です。
ごめんなさい。」
どんな人かも分からないのに付き合えない。
それに、私に告白してくれたこの人はとても格好良いと思う。
160㎝ある私に比べて190㎝以上ありそう。
でも細身なので大きく見えてそう。
実際は180㎝くらいかな。
顔は一言で表すなら野性的。
ややつり上がった眼は目力がものすごい。
おまけに黒髪も含めて全身が黒ずくめで。
「黒豹みたい。」
「は?」
しまった。
心の声が漏れました。
「俺は真剣に舞と付き合いたい。
無理な理由を教えてくれ。」
いきなり名前で呼びますか。
馴れ馴れしいな。
理由、見れば分かるでしょ。
外見が不釣り合いなんだよ。
不細工とは言わない。
顔は普通だと思う。
親から貰ったこの顔に文句を言ったこともない。
鏡はほとんど見ないけどね。
身長の割に体重は軽い方だから全体に肉はついてない。
おかげで胸は限りなくAAに近いAだと、ほぼ毎日着替える度に言い聞かせているけどね。
肉がつけば膨らむかとも思ったけど、腹肉がタプタプになっただけで終ったときは・・・
私は、この胸に期待しない。
もう二度と。
モテそうなこの人と普通な私。
一緒にいて楽しいかな。
美しい者を愛でる趣味はないんだ、私。
「私は、あなたの事を知りません。
せめて友達から始めませんか?」
断りの常套句。
申し訳ないけどイケメンさんに私の平穏な大学生活を乱されたくはない。
「嫌だ。
お前と友達になんてなれるわけないだろう。」
空気読めよ。
そんな『何言ってんの?ありえん』みたいな怪訝な顔で私を見るな。
初対面でいきなり告白の方がおかしくないですかね?
「もうすぐ授業ですし、今日のところはこれで。」
「返事をくれるまで、ずっとついていくぞ。」
怖いよ。
何なんだ、この人。
「・・・考えさせて下さい。」
「明日、返事をくれ」
早いよ。
出来る限り先延ばしにして、有耶無耶にしたかったよ。
「分かりました。」
どうして、こんなことに。教室に1人でいなかったら逃げられたかな。
いや、食堂にいても、かまわず衆人環視の下、告白されていた気がする。
あの人なら、やりかねない。
あぁ、平穏な大学生活、戻ってきて。