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7 翼をもがれた鳥?

「あ、あの! すみません! 陸上部に入部したいのですが!」


 わたしは、グラウンドで部員たちに指示を出していた、くせっ毛で髪がピョンピョンとはねている、たれ目で温厚そうな顔つきの女子生徒に声をかけました。


「え? あなた、新入生?」


「はい! 前野絵里といいます! よろしくお願いいたします!」


「夢ノ貝学園には、たくさんの部活があるけれど、あちこち見学とかしなくてもいいの?」


「わたし、陸上部以外には入る気ありませんので!」


「おお~! スゴイやる気! 頼もしい新人ちゃんが来てくれて、うれしいよ。わたしは、女子陸上部の部長をつとめている、三年の花園ななぞの陽子ようこ。気安く陽子先輩って呼んでね」


 陽子先輩は、たれ目を細めて笑い、わたしと握手をしてくれました。


 何だか、ほんわかとしていて、優しそうな先輩です。こっちまで、ほわ~ってなりそうです。


「前野絵里だって? 聞いたことがあるな……」


 わたしと陽子先輩が話していると、すぐそばにいたツリ目の男子生徒が、わたしをギロリとにらみました。


 え? な、何でしょう? わたし、何か悪いことをしましたか……?


 視線だけで人を殺せそうな鋭い眼光におびえ、わたしは、二、三歩後ずさりました。


「ち、ちょっと~。か、桂くんったら、新入部員をいきなり恐がらせたらダメだよ~」


 陽子先輩が、ツリ目の先輩に抗議しました。でも、陽子先輩も彼のことが恐いらしく、声が震えています。


「何を言っている、花園。オレはただ、どこかで聞いたことがある名前だなと思って、彼女の顔をちょっと見ていただけだ。人聞きの悪いことを言うな」


「ご、ごめん……」


 ツリ目の先輩に、威圧感に満ちた声で叱られた陽子先輩は、ビクビクしながらあやまりました。すると、ツリ目の先輩は、


 ギンッ!


 という効果音が出るほどの目力で、再びわたしをにらみ(恐い!)、こう言ったのです。


「前野絵里……。やはり、聞いたことがあるぞ。たしか、小学生の陸上競技大会において多くの種目で驚異的な活躍をし、『ハヤブサの絵里』と恐れられていた小学生と同じ名前だ」


 うっ……。そのあだ名、こんなところにまで伝わっていたんですか……。


 ハヤブサというのは、地球上で最も速く飛ぶとされる鳥のこと。他の選手の子たちが、わたしの足の速さをハヤブサにたとえて、そんなあだ名がついたのですが……。


 女の子なのにハヤブサの絵里とか、いくらポジティブに考えても可愛くないですよね?


「まあ……。そう言われてはいましたが……」


 あまりそのあだ名で呼ばれたくないわたしは、小声でごにょごにょと言いました。


「そんなすごい子がうちの部に入るんだ! やったぁ~!」


 陽子先輩が手をたたいて喜ぶと、ツリ目の先輩は冷ややかな目をしながらフンと鼻を鳴らしました。


「喜んでいる場合か。オレが聞いた話によると、そのハヤブサの絵里は去年参加した大会で、大ケガをして陸上を引退したはずだ」


「い、引退なんかしていません! たしかに、右ひざのけんが切れてしまう大ケガをしましたが、また走れるようになるために、毎日、筋力トレーニングをやっています! 今は練習に参加できないけれど……必ず復帰してみせます!」


 わたしが真剣な顔でそう言うと、陽子先輩がフォローを入れてくれました。


「じゃあさ、リハビリが終わるまでは見学をしながらストレッチとかしていようか?」


 そう言われて、わたしは喜びかけましたが、またもやツリ目の先輩がわたしをにらんで怒鳴りました。


「冗談じゃない! 関東地方の数ある陸上部の中でも強豪とうたわれる、わが夢ノ貝学園陸上部が、半ば引退状態のやつのリハビリの面倒なんて見ていられるか! そんなお荷物を入部させることなんて、この男子陸上部部長、かつら賢治けんじが許さないぞ!」


「だ、だから、引退していないって……」


「右ひざの腱が切れたというおまえのケガ、膝蓋腱断裂しつがいけんだんれつというのだろう? プロのスポーツ選手ですらそのケガをしたら長期のリハビリに苦しみ、引退の原因にもなるんだぞ。選手として復帰できるかどうか怪しいやつなんて、いらないんだよ」


「じ、女子陸上部部長のわたしをさしおいて、男子陸上部部長の桂くんが何でそんなことを言うかなぁ……」


 陽子先輩がぶつぶつと言いましたが、ツリ目の先輩――桂先輩は聞いていません。


「陸上部に入部するのはあきらめて、激しい運動をしない文化系の部活にでも入れ。ちなみに、夢ノ貝学園は、すべての新入生が四月中にどこかの部活に入らないといけないという規則があるから、さっさと決めるんだな」


「そ、そんなぁ!」


 あまりにもひどい桂先輩の言葉に、わたしは思わず悲痛な声を出しました。


「それはいくら何でもかわいそうだよ、桂くん。だって、うちの学園は、『生徒は原則、一つの部活に専念すること。兼部は基本的に認めない。部活を変更できるのは年に一度、四月だけ』っていう決まりがあるんだよ?」


 つまり、わたしが今月、陸上部に入れなかったら、次に入部できる機会が来るのは来年の四月……ということですか?


 半年間、陸上の練習ができなくて辛かったのに、さらにあと一年なんて……。


「いくらハヤブサと呼ばれていたエース選手でも、今のおまえは翼をもがれた鳥だ。もう一度飛ぼうなどと無謀なことは考えずに、別の生きかたを探せ。それがおまえのためだ」


 突き放すようにそう言うと、桂先輩は練習に行ってしまいました。


「え、ええと……。こ、今月中に何とか桂くんを説得してみるから……泣かないで? ね?」


 わたしがうつむいて黙っていると、泣いていると勘ちがいしたのか、陽子先輩がそう言って励ましてくれました。


 しかし、わたしは……。


「……きました……」


「へ?」


「……もえて…………燃えてきましたっ!!」


「うひゃぁっ!?」


 わたしがガバッと顔を上げ、グラウンドどころか学園中にひびきわたるようなボリューム全開の大声でさけぶと、陽子先輩は驚いて飛び退きました。


 遠くにいた桂先輩たち他の部員のみなさんも、ぎょっとなってこちらを見ています。


「翼をもがれた鳥ですって!? そこまでぼろくそに言われて、黙って引き下がってはいられません! わたし、絶対に陸上部に入ります! 桂先輩が来るなと言っても、これから毎日、陸上部の練習に顔を出しますから!」


 桂先輩は、負けず嫌いなわたしのハートに火をつけてしまいました!


 おまえは飛べなくなった鳥だ。


 もう青空をはばたけない。


 あきらめろ。


 そんなことを言われて、悔し涙を流すのは、ネガティブ・シンキングです!


 何くそ!


 見返してやる!


 絶対にもう一度はばたいてやる!


 その負けん気こそが、ポジティブ・シンキング!


「桂先輩が何と言おうと、わたしは自分の夢を見捨てません!」


 こうして、わたしは桂先輩に宣戦布告をしたのです!

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