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3 残念美人なお姉ちゃん

 青葉先輩は、わたしを二階のかぐやお姉ちゃんの部屋、二○一号室まで案内してくれると、


「体にハトのフンをだいぶかけられたから、部屋でちょっとシャワー浴びてくる」


 と、言い残し、自分の部屋である二○二号室に入りました。




「かぐやお姉ちゃーん! わたしでーす! 絵里でーす!」


 わたしは、ドアをノックして、いつもの大声でそう言いました。しかし、なぜか反応がありません。二日酔いでダウン中ってメールには書いてあったけれど、大丈夫でしょうか?


「お姉ちゃーーーん! 開けてくださーーーい!」


 少し心配になったわたしは、さらに声をはりあげて言いました。すると、


「う……ううう……うううぅぅぅ……」


 という、まるでケモノのうなり声のようなものが部屋の中から聞こえてきました。


「ひっ……。も、もしかして、オバケ!?」


 わたしは、さっきのオバケの話を思い出し、二、三歩後ずさって身構えます。


 お、お姉ちゃんは、オバケに食べられちゃったのでしょうか!?


 わたしがそんな妄想をしておびえていると、カチリという内側からカギが開く音がして、


「ど、どうぞぉぉぉ~……」


 という、今にもかき消えそうな弱々しい声がしたのです。


 わたしは、ごくりとツバを飲みこみ、勇気を出してドアを開けました。部屋の中には……。


「きゃーーーっ! お、お姉ちゃ~ん! 大丈夫ですかーーー!?」


 うつぶせに大の字でぶったおれているかぐやお姉ちゃんがいたのです!


「み、水ぅ~。水を……水をちょうだ~い……。ぎ、ぎもぢわるい……」


「ま、待っていてくださいね! 台所はどこですか?」


「あ……あっち……」


 わたしは台所に行き、コップに水を入れると、それをかぐやお姉ちゃんに飲ませました。


「んっく……んっく……。ぷはぁ~! 生き返るぅ~!」


「かぐやお姉ちゃん。どうしてこんなになるまでお酒を飲んだんですか?」


 わたしがちょっと注意するような口調でそうたずねると、かぐやお姉ちゃんは「だ、だって~」とメソメソしながら答えました。


「去年の冬に応募した小説の新人賞、一次選考で落っこちちゃったんだも~ん。あの作品、すっごい自信があったのに~! うう……ぐすん……ぐすん。絵里ぃ、なぐさめて~!」


 小さな子どものように泣きべそをかいて抱きついてきたかぐやお姉ちゃんの頭をわたしは「よしよし」と言いながらなでてあげました。


 かぐやお姉ちゃんは、売れっ子作家をめざす小説家のたまごなんです。


 毎月のように小説を一作書き、どこかの出版社が公募している小説新人賞に送っているのですが、今のところ一度だけ最終選考に残っただけで、後は一次選考にたまに残るぐらい。なかなか芽が出ないのです。


 お姉ちゃんは、とっても美人で長い黒髪がキレイな女性なんですが……。ご覧の通り、ものすごい甘えん坊で子どもっぽい人なんですよねぇ。


 まあ、そこがかぐやお姉ちゃんの可愛らしい部分ではあるんですけれど。


「大丈夫ですよ、かぐやお姉ちゃん。お姉ちゃんは毎月、新しい作品を書き上げて、応募しているんですよね? 月に一度、新作を完成させられるなんて、すごいことだと思います! いつかきっと、その才能がどこかの出版社の目にとまりますよ!」


「駄作を大量生産しているだけよぉ~! うわ~ん!」


「そんなことを言ったら、お姉ちゃんが今までに生み出してきた物語たちがかわいそうですよ。あきらめたらダメです。おお、よし、よし。よし、よし」


 わたしは、一時間ほど、ポジティブな言葉でかぐやお姉ちゃんをなぐさめ続けるのでした。



            ☆   ☆   ☆



「絵里、ごめんね。着いた早々、泣きついちゃったりして……」


 ようやく落ち着いたかぐやお姉ちゃんが、あらかじめ引っ越し業者に運んでおいてもらったわたしの荷物を荷ほどきするのを手伝いながら、わたしにあやまりました。


「あやまらなくていいから、お酒はほどほどにしてください。体に悪いですよ」


「はい……」


 かぐやお姉ちゃんは、申しわけなさそうにうなずくと、


「あ。そういえば……」


 そうつぶやき、わたしの右足を心配そうに見つめました。


「足のケガ、もう大丈夫なの? 何なら、お姉ちゃんがぜんぶ荷ほどきしてあげるよ」


「そんなに心配しないでください。普通に生活できる程度には治っていますから」


「そ、そう……」


 かぐやお姉ちゃんは、まだ不安そうな顔をしています。そして、


「……足のリハビリが終わったら、また陸上をやるの?」


 と、恐るおそるといった感じで、わたしにたずねました。


 本当はやってほしくない。大事な妹に、二度と大ケガをさせたくない。


 かぐやお姉ちゃんの瞳がそう語っているのが分かりました。でも、わたしは、


「陸上選手になってオリンピックに出場するのが、わたしの夢ですから」


 お姉ちゃんに心の中であやまりながら、ハッキリと答えるのでした。


「そっか……」


 かぐやお姉ちゃんは、それ以上は何も言わず、うつむきました。


 ごめんね、お姉ちゃん。


 わたし、まだあきらめていないんだ。自分の夢を――。



            ☆   ☆   ☆



 小さいころからかけっこなど走るのが大好きだったわたしは、地元の小学生の陸上クラブに所属していました。


 最初は指導熱心なコーチにほめられるのがうれしくて、無邪気に練習をしていたわたしが、「陸上選手になりたい」と強く思うようになったのは、過去のオリンピック選手たちの活躍をコーチにDVDの録画映像で見せてもらってからです。


 オリンピックの大舞台で必死に走る選手たちの汗は、わたしにはキラキラと輝いて見えて、とてもまぶしかったのです。


「わたしも、オリンピックに出場して、この人たちみたいに輝いてみたい!」


 それから、わたしは練習の量を増やして実力をのばし、地元の陸上クラブでは期待のエースとまで呼ばれるようになっていきました。


 でも、厳しい練習に嫌気をさして辞めていく子が増え、選手の数が足りないせいで、うちの陸上クラブは夏の陸上競技大会に出場することすら危ぶまれていたのです。


「コーチ。わたし、短距離走以外の種目にも出ます。そうしたら、大会に出られますよね」


「その気持ちはうれしいが、前野は少しがんばりすぎだ。オーバーワークのせいで、ケガをしたら大変だぞ」


 オーバーワークとは、働きすぎ、練習のやりすぎということです。コーチは、わたしが他の子の倍以上のトレーニングをしていることに不安を感じていたのでした。


「けれど、このままでは今までの努力がムダになってしまいます。わたし、そんなの嫌です」


 結果が出せなかったら、過去の努力なんて無意味になってしまうんだ。そこですべてが終わってしまうんだ。だから……負けられないんだ!


 頭が固かったあのころのわたしは、そんなことを考えて、負けないためにトレーニングを必死にしていました。


 走り始めたり、ジャンプしたりした時、右ひざに痛みを感じるようになっても、わたしは親やコーチにそのことを言わず、無理をしてトレーニングを続けました。


 その結果、陸上競技大会では、わたしは、八十メートル・ハードル、走り幅跳びでそれぞれ一位をとることができました。


 でも、運命の短距離走で……。


 今までオーバーワークのトレーニングにたえてきたわたしの右ひざが、ついに悲鳴を上げました。右ひざのけんが、完全に切れてしまったのです。


 そのケガは、スポーツ選手の選手生命を奪ってしまう可能性がある大ケガでした。お医者さんからは、二度と競技に復帰できないことも覚悟してくれと言われました。


「わたしがこれまでがんばってきたことは……何もかもムダだったんだね……」


 わたしは、陸上選手になるという夢が閉ざされたと思い、目の前が真っ暗になりました。


 そんな時、わたしを励ましてくれたのは、考古学者のお父さんだったのです。


「絵里、よく聞きなさい。どんなに苦しくても、夢が自分から遠ざかってしまっても、自分だけは自分の夢を見捨てたらダメだ。


 父さんだって、遺跡を必死に調査して大きな発見をすることができなかったら、自分のこれまでの努力は何だったんだろうと悲しくなる時がある。でも、そこでネガティブになって、今までの自分のがんばりを全否定してしまったら、夢は本当にそこで終わってしまうんだ。


 本当につかみたい夢なら、何度挫折しても、人間はチャレンジし続ける力を持っている。夢に向かって走って、失敗して、前のめりになって倒れそうになってでも最後には夢をつかもうというポジティブさがあれば、人間は何だってできるんだよ」


「お父さん……。それ、本当ですか?」


「ああ。父さんは必ず南アメリカの遺跡で大発見をしてみせるぞ! だから、絵里も自分の夢を見捨てるな。そんなの、今までがんばってきたおまえがかわいそうじゃないか」


「……分かりました! わたし、もっとポジティブな生きかたをしてみます!」


 失敗を恐れたり、努力が報われないのを恐れたり……そんなネガティブな感情に突き動かされてがんばるのではなく、自分の叶えたい夢のためにポジティブにがんばる。


 わたしのモットーが、「常にポジティブに生きる!」ことになった瞬間でした。


 だから……わたしは、陸上選手になるという夢をまだ捨ててはいないのです!

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