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16 ねらわれたプリンセス

 わたしと青葉……じゃなかった、光先輩は、おぼろ荘に一緒に帰りました。


 おぼろ荘の前に着いた時には、とっぷりと暮れて、あたりは暗くなっていました。


「……あれ? どなたかお客さんでしょうか?」


 三人の男性が、おぼろ荘をこそこそとのぞきこんでいるのを見つけ、わたしは言いました。


 全員、黒いサングラスをして、何やらひそひそ話をしています。


「お客さんにしては、何だか怪しいぞ。あの挙動不審な動き、どう考えても泥棒だよ」


「え? ど、泥棒!? では、泥棒はいけませんと注意してきます!」


「絵里ちゃん、ストップ。それは危険すぎるってば。言うこと聞くわけないし」


 怪しい男の人たちに近づいて声をかけようとしたわたしを冷静な光先輩は止めました。


「あそこの電柱に隠れて、様子を見てみよう」


 わたしは光先輩に手を取られ、二人で身を寄せ合うようにして近くの電柱の陰に隠れました。


 こ、この体勢、わたしと先輩の体が密着して恥ずかしい……。


 わたしはそんなのん気なことを考えていましたが、三人組の話し声が聞こえてきて、これはとんでもないことだとビックリしたのです。


「なあ、本当にこんなおんぼろアパートにフィリア王国のプリンセスがいるのか?」


「さっき、執事っぽい銀髪の男がいれたお茶を金髪の可愛い女の子が縁先に座って飲んでいただろ。たぶん、あの子だ。顔がテレビのニュースで見たエイミー王女とそっくりだ」


「王国のプリンセスがおんぼろ荘にいるっていうウワサはマジだったというわけか。なら、今夜にでも誘拐するぞ。姫様を誘拐したら、王国から身代金をがっぽりいただけるぜ」


 え、エイミーさんを誘拐するですって!?


 エイミーさんは、日本のことが大好きで、日本の文化を勉強するためにこの国にやって来たのに! 同じ日本人として、そんなひどいこと、絶対に許せません!


「泥棒ではなく、誘拐犯だったか……。こういう悪いやつらがいるから、エイミーさんが望む世界平和がなかなか実現しないんだ」


 光先輩も誘拐犯たちに怒りを覚え、そうつぶやきました。


「決行は深夜の一時だ。その時間にはおんぼろ荘の住人もみんな寝ているだろう。こっそり侵入して、王女をさらうぞ!」


 リーダー格らしき、頭がスキンヘッドの男がそう言うと、他の丸顔の男、長いあごヒゲを生やした男は「おう!」と返事をして、三人はおぼろ荘を去って行きました。


「ひ、光先輩。このことを早くみんなに知らせないと!」


「ああ。そうだな。急ごう」


 わたしと光先輩は、大あわてでおぼろ荘に入りました。



            ☆   ☆   ☆



「ひ、姫様を誘拐!? それは本当ですか、絵里さん、光さん」


 おぼろ荘のみんながちょうど食堂に集まっていたので、わたしが誘拐犯たちのことを話すと、一番おどろいて激怒したのは、エイミーさん命のセバスチャンコさんでした。


「フ……フフフ……フフフ……。姫様を誘拐しようと企むとは、命知らずなやつらめ。いいだろう、このセバスチャンコがその誘拐犯どもを……☆□○☽×∀△★してやる!」


 セバスチャンコさんは、殺し屋みたいな凶悪な微笑を浮かべ、そうわめきました。


 途中、フィリア王国の言葉になったため、意味が分かりませんでしたが、たぶん分かったとしてもここには書けないようなセリフだったでしょう。


「セバスチャンコ、乱暴はダメですヨ。アナタが本気を出しタラ、ライフル銃を持った人間二十人を素手でやっつけてしまうのですカラ」


「えっ? セバスチャンコさん、そんなに強いんですか!?」


 わたしがビックリしてそう言うと、セバスチャンコさんは謙遜して首をふりました。


「たいしたことはありません。大切な主人をお守りする執事たるもの、それぐらい当たり前です。わたしはまだまだ未熟で世界執事検定Cクラス。Aクラスになると、時速百キロで走るダンプカーを小指一本で止められます」


 そ、そんな検定があるんだ……。執事っていったい……。


 それより、猛スピードで爆走中のダンプカーを指で止められて、執事の仕事に何か役立つのでしょうか……?


「それにシテモ、困りましたネ。誘拐されるわけにはいきまセンガ、その誘拐犯の人たちに暴力はふるいたくありまセン。どうしまショウ……」


 自分がねらわれているというのに、エイミーさんは誘拐犯のケガの心配をしています。争いごとを嫌い、世界中の人たちと仲良くしたいと願っているエイミーさんらしいです。


 でも、あの三人組は、深夜一時にはエイミーさんを誘拐しに来るのですから、何とかしなければいけません。


「だったら、あたしに考えがあるよ」


 ニヤリと笑いながらそう言ったのは、静子さんでした。


「どうする気ですか、静子さん?」


「前に椿が言っていただろ? ここは忍者屋敷だって。そうさ、おぼろ荘には、初めて足を踏み入れた人間がビックリするような仕掛けが、たーくさんあるんだよ。そいつを利用して、誘拐犯たちを撃退しようじゃないか」


 仕掛け……というのは、廊下のうぐいす張りとかのことでしょうか?


「あのさぁ、静子さん。それは、ただアパートがぼろくなったせい……」


「かぐやちゃん、何か言ったかい?」


 静子さんにギロリとにらまれて、かぐやお姉ちゃんは「いえ、何でもありません!」と早口で答えました。


 生活能力がほぼゼロのお姉ちゃんは、わたしがおぼろ荘に来るまで、静子さんに毎朝起こしてもらい、他にも実の母親みたいに世話を焼いてもらっていました。だから、お姉ちゃんは静子さんには頭が上がらないのです。


 ちなみに、今はわたしがお姉ちゃんの身の回りのお世話をしているので、「これじゃあ、どっちが姉なのか分からないねぇ」と静子さんに言われています。


「そいつは面白そうだね。セバスチャンコさんがつくった庭も使えるかもしれないよ。あたしにいい考えがあるの。ふっひっひっ」


 静子さんの提案に真っ先に乗ったのは、いたずら大好きで意外と腹ぐろ……じゃなかった、頭の回転が早い椿ちゃんです。


「オレもその作戦に賛成だ。オレが踏みぬいた廊下の穴も使えそうだしな。絵里ちゃん、夕飯を食べたら、すぐにやつらを迎え撃つ準備をしよう」


「はい! 光先輩! ……あっ、でも、先輩は明日、朝早くに隣町の音楽コンクールの会場に行かないといけないのに、夜遅くまで起きていても大丈夫なんですか?」


「静子さんが言っていたように、おぼろ荘の住人はみんな家族だ。家族がピンチなのに、自分だけ知らんふりなんてしていられないよ」


「光先輩……。そうですね! 力を合わせてエイミーさんを守りましょう!」


「光、ありがとうございマス! 仲間のピンチを見捨てナイ、協力し合うその心が日本人の和の心なのデスネ!」


 感激したエイミーさんが、光先輩の両手をギュッとにぎってお礼を言いました。


 むむっ! 光先輩、ちょっと顔が赤くなっていませんか?


 わたしが、ジト目で光先輩とエイミーさんをにらんでいると、


「そういえば、絵里ちゃんと青葉先輩って、いつの間に名前で呼び合うようになったの?」


 わたしと先輩の呼び名の変化に気づいた椿ちゃんがそう言いました。


「え、ええと~……。き、今日から……です」


 わたしが少し照れながら答えると、椿ちゃんは「へえ~。よかったじゃん」と意味ありげにニヤニヤ笑いました。


 な、何ですか? 何を笑っているんです?


 もしかして、椿ちゃんは、わたしの光先輩に対する気持ちに気づいている……?


「でも、そうすると、名字で呼び合っているのは、あたしと青葉先輩だけですよね」


「まあ、そうなるな」


「それは、何だか仲間外れにされているみたいで、ちょっとさびしいなぁ。でも、あたしまで光先輩って呼んじゃうと、絵里ちゃんに悪いしぃ~」


 チラチラと、わざとらしくわたしを見る椿ちゃん。


 う、うう……。やっぱり、勘のいい椿ちゃんには何もかも見ぬかれているのでしょうか?


「あっ、そうだ。あたしたちは、ニックネームで呼び合いません?」


「え? そ、それは……」


 嫌な予感がした光先輩が、眉間にしわを寄せます。


「名前が光だから~。ひかる……。ピカピカ……。ピカ……ピカチュ……」


「オレは、十万ボルトなんて出せないぞ!」


 光先輩、年下の女の子に完全に遊ばれています。


 椿ちゃんは、真面目な光先輩をからかって、ものすごく楽しそうな笑顔。


「そんなに怒らないでくださいよぉ。じゃあ、ひかるん先輩はどうです?」


「ひ、ひかるん……。もう好きにしてくれ……。だったら、オレは君のことをつばっちゃんって呼ぶぞ?」


「ええ~? つばっちゃんですかぁ? 何か可愛くないなぁ~。絵里ちゃんの『前のめりちゃん』といい、ひかるん先輩って、ネーミングセンスがダメダメですね」


「君にだけは言われたくないよ……」


 光先輩はそう言い、ハァ~とため息をつくのでした。


 む、むむむ……。さっきのエイミーさんの時もそうだったけれど、光先輩がわたし以外の女の子と仲良くしているのを見ると、胸のあたりが何だかモヤモヤします。


 わたし、けっこうヤキモチ焼きなのでしょうか?

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