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13 フレンドリーに呼び合いマショウ!

 陸上部の練習が終わった後、わたしは夢ノ貝学園の近くにあるスーパーで夕飯の買い物をして、おぼろ荘に帰りました。


「絵里~! おかえりナサ~イ! 今日の夕飯は何デスカ~?」


 おぼろ荘の門の前で、オボロちゃんを肩にのせたエイミーさんがいつものようにわたしの帰りを待ってくれていました。


 エイミーさんは、わたしがつくる料理をすっかり気に入ってくれて、陸上部のお手伝いで帰りが遅いわたしのことを毎日今か今かと待っているのです。


 それにしても、一般庶民にすぎないわたしの帰りを王女様が忠犬ハチ公みたいに待っているなんて……。こんなこと、フィリア王国の王様が知ったら、わたし、暗殺とかされないでしょうか? ち、ちょっと恐いです……。


「今夜は、タケノコや春野菜で天ぷらを……。ところで、エイミーさん。そのかっこうは?」


 エイミーさんが、普段着のワンピースの上にかっぽう着を着ているのを見て、わたしはそう聞きました。


「この可愛らしいエプロンみたいなのデスカ? ワタシが今夜は絵里の料理の手伝いをしたいって言っタラ、椿が着せてくれマシタ!」


「手芸部で作ったの。絵里ちゃん用のかっぽう着もあるから、今日はこれを着て料理してね」


 わたしとエイミーさんの話し声を聞きつけておぼろ荘から出て来た椿ちゃんが、かっぽう着をわたしの胸に押しつけました。


 自分でおしゃれな服をつくれるスタイリストを目ざす椿ちゃんは、手芸部に入部しました。そして、自分の作品でわたしとエイミーさんを毎日着せ替え人形にしているのです……。


 ちなみに、高等部のエイミーさんは、「茶道で日本のわさび(・・・)を学びマス!」という理由で、茶道部に入りました。


「絵里さん、お帰りなさい。どうですか、わたしが手入れした庭の出来は」


 おぼろ荘の庭の手入れをしてくれていたセバスチャンコさんが、自信満々といった様子で、わたしに言いました。


「……え、ええと~。何だか、ものすっごく見ちがえましたね……」


 セバスチャンコさんが庭の手入れを始めてから五日目……。


 ジャングルみたいに草木ぼうぼうだったのが、赤や黄色、ピンクなどのバラで彩られた庭に変わっていました。


 それだけならまだよかったのですが……。


 泥沼のようだった池が、ハスの花浮かぶ噴水に。



 玄関の横に置いてあったタヌキの置物が、ドレスを着たエイミーさんの銅像に。


 しかも、白馬やヒツジ、ヤギ、ロバ、ニワトリ、白鳥、フラミンゴなどの動物たちが放し飼いにされていました。


 おぼろ荘はオバケ屋敷みたいな建物のままなので、プチ「宮殿の庭」のようになってしまったおぼろ荘の庭と見比べると、とんでもないギャップがあります。


「さすがに、動物たちはいらないよねぇ。昨日、青葉先輩が馬に蹴られそうになってたよ」


「その後、転んでシマッテ、手から落とした楽譜をヤギに食べラレテ、鳥たちに頭をつつかれてマシタ」


 こ、こんな時にも青葉先輩の不幸体質が……。


「そうですか……。せっかくフィリア王国の宮殿の庭から取り寄せた動物たちなのですが……。では、国に返しましょう。三日後にはゾウやライオンも到着する予定でしたが、やめておきます」


 ゾウやライオンなんかが庭にいたら、青葉先輩の命が確実に危険にさらされます……!


「で、でも、これだけ派手で目立つ庭になったら、おぼろ荘も有名になるかもしれません。もしかしたら、新しい住人もやって来るかも……」


 セバスチャンコさんが少し落ちこんでいるみたいだったので、わたしがあわててポジティブ・シンキングでフォローを入れました。


「ありがとうございます、絵里さん……」


「いやぁ~。これは目立つというより、悪目立ちする……ふご、ご……!」


 思ったことを素直に口に出しすぎですよ、椿ちゃん!


 わたしはアハハとごまかし笑いをしながら、椿ちゃんの口を手でふさぐのでした。



            ☆   ☆   ☆



「オーウ! 天ぷら、ちょーおいしいデース! このサクサク感、クセになりマス!」


 料理を手伝ってくれたエイミーさんは、今日もモリモリとご飯を食べています。


 エイミーさんみたいに「おいしい、おいしい」と喜んで笑顔で食事をしてくれると、料理をつくる側としてはたいへんうれしいです。エイミーさんの幸せそうな笑顔を見て、わたしも思わず笑顔になってしまいます。


「そういえば、前野さん。かぐやさんから聞いたけれど、明日、病院に行くんだって?」


 食事中、なぜかわたしのことをチラチラと見て、何か言いたげにしていた青葉先輩が、みんながご飯を食べ終わったころにそう言いました。


「はい。かぐやお姉ちゃんと一緒に、前に住んでいた街の病院に行って来ます」


「足の調子でも悪くなったのか?」


 心配そうにたずねる青葉先輩。


 先輩、わたしのこと、気にかけてくれているんだ……。


「いいえ。リハビリも順調なので、一度、検査をしてもらうんです」


 気づかってくれる先輩の優しい気持ちがうれしく、わたしは少し赤面して言いました。


「そうか。よかった……」


 青葉先輩がホッとした様子でそう言うと、エイミーさんがいきなり、


「ぜんぜんよくないデス!」


 と、なぜか怒りだしました。


「なんで、絵里と光は、『青葉先輩』、『前野さん』って、他人行儀な呼び方をしてマスカ! おぼろ荘の住人はみんな家族デス! もっとフレンドリーに呼び合いマショウ!」


 き、急にそんなことを言われても……。


「光せ~んぱい♪」


 とか、恥ずかしくて言えないですよ!


 本音を言ったら、そう呼んでみたいけれど!


 でも、やっぱり、恥ずかしいです!


 青葉先輩のほうも、「い、いや、けれど……。女の子を下の名前で呼ぶなんて……」と、恥ずかしそうにぶつぶつ言いながら、戸惑っています。


 先輩は、わたしよりも付き合いが長い椿ちゃんのことも、日永さんと呼んでいるのですから、恋人でもないわたしのことを下の名前で呼ぶのには抵抗があるのでしょう。


 でも、恋人になれたら……。


 はっ! わたしは、いったい何を考えて……!?


「あれ? わたしのことは、『かぐやさん』って呼んでるじゃない。静子さんのことも」


「二人は、『女の子』にふくまれていないんじゃないの?」


 椿ちゃんがさらりとそう言うと、かぐやお姉ちゃんと静子さんは、


「何だって!? 失礼なっ!!」


 と、激怒して、青葉先輩をギロリとにらみました。


「ご、ごちそうさまでした! オレ、ヴァイオリンの手入れをしてくる!」


 二人の剣幕に恐れをなした青葉先輩は、逃げるようにして食堂を去りました。


 そういえば、ヴァイオリンのコンテスト、明後日の日曜日なんですよね。


 先輩は今でも視聴覚室でヴァイオリンの猛練習を毎日しています。


 思ったように演奏ができなくて苦しんでいるみたいだけれど、大丈夫なのかな……。


 わたしは、自分の足の心配を忘れて、青葉先輩のことを考えるのでした。

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