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12 桂先輩のお姉さん

 セバスチャンコさんは、エイミーさんの隣の部屋の二○四号室に入ることになりました。


「姫様と同じ部屋で暮らすのは、おそれ多いので」


 とのことでしたが、一日で部屋が二つもうまり、静子さんは上機嫌でした。


 また、セバスチャンコさんは、


「おぼろ荘の庭の手入れなら、わたしがやりましょう。フィリア王国の宮殿の庭もわたしが手入れをしていましたから、お任せください」


 と、静子さんに言ったのです。


 宮殿の庭の手入れをしていた人が、おぼろ荘の庭を美しい庭に変えてくれるなんて、これはポジティブ・シンキングしなくても、すごいことです!


 エイミーさんとセバスチャンコさんがおぼろ荘の住人となってくれたその日の夕食は豪華にしようと考えて、わたしは巻き寿司をたくさんつくりました。


 かんぴょう巻、かっぱ巻、鉄火巻、ネギトロ巻、納豆巻など、いろんなバリエーションの巻き寿司を思いつくかぎりつくり、エイミーさんは大喜びで食べてくれました。


「ホワ!? これがウワサに聞くナットーというやつデスネ! ウワサ通り、ちょーネバネバしてマス! でも、このネバネバ、嫌いじゃアリマセン!」


 心配していた納豆のネバネバもエイミーさんは気に入ってくれて(セバスチャンコさんは微妙そうな顔をしていました)、大はしゃぎで巻き寿司をたらふく食べてくれたのです。


 こうして、王国のプリンセスとその執事を迎え、おぼろ荘の新しい生活が始まったのです。



            ☆   ☆   ☆



 さて、新しい生活といえば、わたしの学園生活のことですが、わたしは相変わらず陸上部のお手伝いを続けていました。


「あら、絵里ちゃん。今日も来てくれたのね」


 次の週の金曜日の放課後、わたしがトンボでグラウンドの地ならしをしていると、陽子先輩が声をかけてくれました。


「はい! わたし、陸上部に入ること、あきらめていませんので!」


「ごめんねぇ……。わたしは今すぐにでも絵里ちゃんを入部させてあげたいと思っているんだけれど……」


 陽子先輩はそう言うと、準備運動をサボっていた男子の部員たちを叱り飛ばしている桂先輩をチラリと見ました。


「何だ? オレに何か用か?」


 視線に気づいた桂先輩が、陽子先輩をギロリとにらみます。


「か、桂くん。そんなおっかない目でにらまないでよ~……」


 恐がりな陽子先輩が、わたしの背中に隠れながら抗議しました。


 よ、陽子先輩。後輩を盾にしないでください……。


「オレは別ににらんでいるわけじゃない。ただ目つきが悪いだけだ。おまえ、オレと一年生の時から同じ部活動をやっているんだから、そろそろ慣れろよ」


「な、慣れるわけがないよぉ。そんな凶悪な殺人犯みたいな目つき~」


「……おまえのその無礼な発言に対して、殺意がわきそうだ……」


 桂先輩はそう言ってため息をつくと、今度はわたしをにらみました。


 ギロッ!


 う、うわわ……。殺意がこもった目っていうのは、このことですよ!


 桂先輩は、わたしが先週からずっと陸上部の練習の手伝いをしていても、一度も口をきいてくれず、わたしのことを無視し続けてきました。


 でも、わたしが陸上部に顔を出すことにいい加減我慢がならなくなったのか、とうとうわたしに厳しい口調でこう言ったのです。


「前野絵里。もう、陸上部に来るな。あきらめて、別の部活に入れ。それがおまえのためだ」


「嫌です! 桂先輩に認められて、絶対に陸上部に入ってみせます!」


 ビビッている場合ではないので、わたしは勇気をふりしぼり、言い返しました。


「先輩は前にもそんなことを言っていましたが、夢をあきらめることが、どうしてわたしのためになるんですか!」


 わたしの必死な言葉に、桂先輩はなぜか苦しそうに顔をゆがめました。そして、わたしに背を向け、


「夢を追いかけて……必死に努力して……ダメだった時、どうするんだ? 夢が叶わなかったら、今までの努力なんて無意味じゃないか。挫折した後には、苦しみと後悔が待っているだけだ……」


 しぼり出すような声でそう言い、わたしと陽子先輩から離れて行ったのです。


「夢が叶わなかったら、今までの努力なんて無意味……」


 ケガをして大きな挫折を味わう前のわたしがいつも自分に言い聞かせていた言葉。


 結果が出せなかったら、努力なんて意味がない。


 まさか、同じようなネガティブな言葉を桂先輩の口から聞くとは考えていなかったわたしは、ぼう然と立ち尽くしました。


「……桂くんの一歳年上のお姉さんはね、うちの陸上部のエースだったんだ。絵里ちゃんと同じようにオリンピック選手を目ざしていた。でも、練習中に大ケガをしちゃって……」


 陽子先輩が悲しげに顔を伏せながらそう言ったので、わたしは「え?」とおどろきました。


「中学最後の大会に出場するためにがんばってリハビリをしていたんだけれど、結局、間に合わなくってさ……。桂くんのお姉さん、出場できないって分かった時、ずっと泣いてた」


「…………」


「お姉さんは、夢ノ貝学園の高等部に進学した後も陸上部に入って、今でも完全復帰を目ざしてがんばっているけれど、弟の桂くんは『もうやめろ』ってお姉さんに言っているらしいの。たぶん、お姉さんが復帰に失敗して、また涙を流す姿を見たくないんだと思う」


 そうか……。


 桂先輩は、わたしと自分のお姉さんが重なって見えて、あんな厳しいことを言ってまでしてわたしの陸上部入部を反対したんですね。


 わたしが、お姉さんみたいに努力が報われず、涙を流すことになったらかわいそうだと思って……。ただの意地悪じゃなかったんだ……。


「……でも、桂先輩のお姉さんは、夢をあきらめていないんですよね?」


「うん。たまにメールをもらうけれど、練習にも参加し始めて、がんばっているみたいよ」


「だったら、わたし、桂先輩にお姉さんの応援をしてあげてほしいです!」


 桂先輩のお姉さんも、家族である先輩に応援されたら、大きな励みになるはずです。


 お姉さんに二度と悲しい思いをしてほしくないという気持ちは分かるけれど、夢をあきらめてしまったら、お姉さんはもっと悲しむでしょう。


「桂先輩がわたしのがんばりを認めてくれたら、わたしと同じ夢を持つお姉さんのことを応援しようという気になるはずです。わたし自身のためだけでなく、桂先輩のお姉さんのためにも、陸上部に必ず入部してみせます!」


 お姉さんがケガで悲しい思いをした後も、桂先輩は陸上部を辞めずに部長としてがんばってきました。


 それは、桂先輩も陸上が好きであり、オリンピック選手を目ざすお姉さんのことが大好きだったからにちがいありません。


 わたしの「陸上が好き。夢をあきらめたくない」という真心が桂先輩の胸に届けば、先輩もわたしを陸上部の部員として認めてくれるはずです! そして、お姉さんのことも……。


「桂先輩! 来るなと言われても、わたしは来ますよ! わたしは、どんな逆境でもポジティブ! 前のめりで全力疾走の『前のめりちゃん』なんですから!」


 わたしが声を張り上げてそうさけぶと、遠くにいた桂先輩の耳にもわたしの言葉は届き、先輩は眉間にしわをよせてため息をつきました。りないやつだ、とあきれているみたいです。


 はい、その通りです。わたし、懲りない女ですから!

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