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11 日本をもっと知りたいデス!

 フィリア王国は、ヨーロッパのとある地方にある王国です。テレビの旅行番組などで、水と緑が豊かなとても美しい国としてよく紹介されているので、わたしも知っています。


 でも、その王国の王女様が、この春から日本に留学中だったとはおどろきです!


 しかも、夢ノ貝学園高等部の一年生だったなんて!


「どこかで見たことがある人だなとは思っていましたが、テレビで何度も見ていました!」


「ワタシ、日本の文化を勉強するために来日しマシタ。デモ、学校の授業を受けている時以外は大きな館に閉じこめラレテ、ものすごーーーっく窮屈で退屈で死にそうデシタ!」


 エイミーさん……いいえ、王女様は、ぷくーっとほっぺたをふくらませて言いました。


「あの館は、姫様に快適にすごしていただくため、日本人の金持ちの豪邸を買い取ったのです。別に閉じこめていたのではなく、姫様が誘拐でもされたらいけないと心配して……」


 そう語る執事さんの目は真剣で、心の底から王女様のことをお慕いしていることがわたしにもよく分かりました。


 しかし、王女様は駄々っ子みたいに手足をジタバタさせ、こう言ったのです。


「あんなトコロ、二度と戻りたくないデス! ワタシは、このおぼろ荘に住みマス!」


 執事さんはハァ~とため息をつきました。


「わがままを言わないでください。日本の政治家や大企業の社長を招いてパーティーを開催している最中なのですから、早く館に戻りましょう」


 ああ、なるほど。王女様がシンデレラみたいなかっこうをしていたのは、パーティーの途中で館からぬけ出して来たからなんですね。


「あの人たち、政治とお金の話しかしないカラ、ちょー退屈デス! ワタシは日本にビッグなドリームを持ってやって来たのに、これでは日本に留学している意味がアリマセン!」


「ビッグなドリーム……大きな夢って、何ですか?」


 わたしがそうたずねると、王女様はよくぞ聞いてくれたとばかりに満面の笑顔になり、胸を張ってこう言いました。


「ワタシの夢は、フィリア王国の王位をつぎ、世界の国々と仲良くして平和な世界をつくることデス! 日本人には、争いを好まず、おたがいに思いやりを持って仲良くする『和の心』があると聞きマシタ! ワタシは、その『和の心』を学び、世界から争いごとをなくす王様になりたいのデス!」


 す、す、すごい……っ!!


 夢が「世界平和」だなんて、とんでもなくビッグなドリームです!


 王女様の言いたいことが分かりました。日本の人々と触れ合うことによって、日本人の「和の心」とはどんなものか知りたいのに、館に閉じこめられていたら何も学習できないと言いたいんですね。たしかに、その通りです!


 王女様の熱い夢を聞いた執事さんは、しばらくの間、くわっと目を大きく開き、わなわなと体を震わせていましたが、突然、


「う……うわぁぁぁぁぁーーーっ!!」


 と、さけび、ひざをついて泣き出したのです。


「ひ、姫様には、そのような深いお考えがあったのですね! そんなことにも気づけなかったわたしは家来失格です! お許しを! お許しを! お許しをーーーっ!」


 ダン! ダン! ダーーーン!


 執事さんは、目から涙、鼻から鼻水、口からよだれを出し(き、汚い……)、何度も床に頭を激しくたたきつけ、王女様にあやまりました。


 王女様に対する忠誠心があついのでしょうが、あまりにもオーバーなので、謝罪されている王女様が若干引いています。もちろん、おぼろ荘のわたしたちはドン引きです。


「こ、こら! そんなことをしたら、また床に穴が開いてしまうよ! やめておくれ!」


 ようやく腰の痛みがひいてきた静子さんが怒りましたが、執事さんは興奮していて、まったく聞いていません。


「やめナサイ! 土下座ナンテ、めったなことではしないものナンデスヨ。もっと、日本の文化について学びナサイ。お勉強が足りマセンネ」


 王女様が、ついさっき静子さんに教えられた知識を執事さんにドヤ顔で語り、エヘンと胸をそらしました。


「……分かりました。姫様の夢のため、微力ながらこのわたしも協力させていただきます」


 ようやく泣き終えた執事さんが、騎士のように片ひざをついてひざまずき、王女様にそう言いました。王女様はパァァと明るい顔になり、喜びました。


「じゃあ、おぼろ荘に住んでもイインデスカ?」


「はい。ただし、ボディーガードとして、わたしもおぼろ荘に住むことにします。それでよろしいのならば……」


「オーケー! オーケーだよ! 住人が増えるのは大歓迎さ!」


 王女様が答えるよりも早く、静子さんがガッツポーズをしながら言いました。


「ちょっと、ちょっと、静子さん! 一国のプリンセスをこんなおんぼろ荘に住ませちゃったりして、本当に大丈夫なの?」


 心配性なかぐやお姉ちゃんが不安そうな顔をして言うと、静子さんは「おんぼろ荘じゃなくって、おぼろ荘だよ!」とツバを飛ばしながら怒鳴った後、


「本人が住みたいと言っているのに、断る理由はないさ。『来る者は拒まず』があたしのモットーなんだ」


 と言い、ワッハッハッと笑いました。


「まーたそんなのん気なことを言ってぇ……。王女様が、静子さんが作った料理で腹痛や食中毒になったら、国際問題に発展するかもよ?」


「まったく、失礼な子だねぇ。あたしが、いくら料理が下手だからって、体を壊すようなものをつくったおぼえはないよ!」


「……オレ、この間、生焼けのハンバーグを食べて腹を壊しました」


 青葉先輩がぼそりとそう言うと、静子さんは「うっ……」と言葉をつまらせました。


 う、う~む……。たしかに、王女様に生焼けや丸こげのハンバーグなんか食べさせるわけにはいきませんよね。


 この一週間、静子さんの料理の腕を見てきましたが、だいたいの料理が、真っ黒に焦がすか、生焼けか、あるいは調味料をまちがえて摩訶不思議な味になるか……。失敗ばかりです。


「王女様が、ばあちゃんの料理を食べたら、『日本の料理は激マズデ~ス!』ってなって、世界中で日本料理が評判を落としちゃうかもしれないね」


 孫娘の椿ちゃんにまでそう言われてしまう始末。とうとういじけてしまった静子さんは、


「だってぇ、じいさんが生きていた時は、じいさんが何でも作ってくれたんだもーん」


 と、子どもみたいな言いわけをしました。


「でも……。せっかく日本の文化を学びに来たのですから、日本にはたくさんのおいしい料理があることを王女様に知ってもらいたいです……」


 日本のいいところを学んで、それを世界平和に役立てる。


 王女様の夢は、とっても大きくて、ポジティブ精神にあふれた夢です。


 わたしは、そんな王女様の夢を応援したい。日本のことをもっと好きになってほしい。


 そのためには、どうしたらいいか……。


 あっ……そうだ! わたしが……!


「わたしが、おぼろ荘の食事をつくります!」


「え? 絵里ちゃんがかい?」


「ああ。それはいいかもな。前野さんがつくってくれた料理、すごいうまかったから」


 静子さんが驚き、青葉先輩が名案だとうなずいてくれました。


 あ、青葉先輩にほめられると、うれし恥ずかしで顔が赤くなってしまいます……。


「絵里は、料理の達人なのデスカ?」


「達人というほどではありませんが、母から和洋中の料理をたくさん教わりました。一番得意なのは和食料理です」


「和食料理!? ワーオ! それはスバラシイ! ぜひ食べたいデス!」


 王女様がバンザイをしながら大喜びすると、執事さんがわたしに言いました。


「では、あなたをエイミー王女様の料理番に任命します。くれぐれも無礼のないように」


「何を堅苦しいことを言ってイマスカ! おぼろ荘の住人はみんな家族デス! みなさん、フレンドリーにいきましょう!」


「ありがとうございます、王女様」


「絵里、『王女様』は禁止デス。家族なんですカラ、名前で呼んでク~ダサイ♪」


 え……。い、いいのかなぁ~。一国の王女様を名前で気安く呼んじゃって……。


 わたしがそう悩んでいると、


「本人がそうしろって言っているんだし、いいんじゃない?」


 静子さんに似てざっくばらんな性格の椿ちゃんがわたしに言いました。


「……分かりました。エイミーさん、今日からよろしくお願いしますね」


「ハイ! 執事のセバスチャンコのことも、よろしくデス!」


「セバスチャン……コ? セバスチャンではなく、セバスチャンコさんなのですか?」


「何か、ちゃんこ鍋みたいな名前だねぇ」


 し、静子さん、失礼ですよ! 外国のかたの名前なんだから、ちゃんこ鍋と関係あるわけないじゃないですか!


 と、思っていたら……。


「セバスチャンコの『チャンコ』は、ちゃんこ鍋の『ちゃんこ』です」


 と、セバスチャンコさん本人が、さらりと一言。


 ま、マジですか……。


「わたしの元の名前はセバスチャンだったのですが、日本文化にあこがれる姫様を見習い、家来であるわたしも日本文化になじむため、自分の名前をセバスチャンコに改名したのです。ちゃんこ鍋は、日本の強い男たちが好んで食べる料理だと聞きましたので」


 日本の強い男たち……。お相撲さんのことですね。


 セバスチャンコさんは、エイミーさんのために、自分の名前まで変えてしまったのですか。


 そう思うと、セバスチャンコというギャグみたいな名前も、お姫様を慕う執事の忠誠心からきた素敵な名前だとポジティブに考えられるようになりました。


「セバスチャンコさんは、エイミーさんのことが大好きなんですね!」


 わたしが感動してそう言うと、セバスチャンコさんは、


「す……! すすすすすすすす好き!? そ、そんな、わ、わたしは、姫様に対して、そのようなやましい気持ちはぁぁぁっ! ○☆□☽×△★~っ!(途中からフィリア王国の言葉になって意味不明)」


 と、パニックになり、頭からぶおーーーっ! と煙をふき出しました。


 あ……。わたし、余計なことを言ってしまったみたいですね。


 セバスチャンコさんは、エイミーさんのことを家来として、そして、一人の男として慕っているのでした。


「お、落ち着け、セバスチャンコよ! ひ、姫様の前で取り乱してはダメだぁぁぁ!!」


 そうさけびながら、セバスチャンコさんは、


 ダン! ダン! ダーーーン!


 と、またもや頭を床にたたきつけ始めました。キツツキが木を激しくつつくみたいに、超高速の頭突きです。取り乱しまくりです。


「おい、こら! セバスチャンチャンコ! おぼろ荘を壊すなと何度言ったら分かるんだい! やめんかーーーっ!!」


 ぶち切れた静子さんがそう怒鳴ると、大きく開けた口から白い何かが勢いよく飛び出し、セバスチャンコさんの頭におそいかかりました。


 セバスチャンコさんの頭に噛みついたのは、静子さんの入れ歯!


「で、出たぁぁぁ! 必殺、ばあちゃんの入れ歯飛ばしぃぃぃ! しかも、高度なテクニックが必要な噛みつきアタックだぁーーーっ!」


 こぶしをマイクにして実況中継をする椿ちゃん。


 入れ歯飛ばし→実況中継の流れは、二人のお約束なのでしょうか……?


「じ、地味に痛い……」


 入れ歯に頭を噛まれたセバスチャンコさんは、ようやく冷静さを取り戻しました。


「みなさん、ごめんナサイ。セバスチャンコは、普段はとても優秀な執事なのデスガ、たまにさっきみたいにハッスルしちゃうのデス。病気じゃないかって心配してマス」


 エイミーさんがそう言ってあやまりました。


 あらら? もしや、エイミーさんは、セバスチャンコさんの気持ちに気づいていない?


 う~ん……。これはちょっとセバスチャンコさんがかわいそうかも?


 たしかにオーバーすぎるリアクションだとは思いますが、エイミーさんを想うあまり暴走してしまうセバスチャンコさんの気持ち、わたしは分かります。


 わたしも、青葉先輩のことを想って胸がドキドキしている時は、頭の中がショートしてしまいそうになるほど、テンパってしまいますから。


 おぼろ荘で暮らしている間に、セバスチャンコさんの気持ちが少しでも報われるといいなぁ~とわたしは思いました。



 ……でも、お姫様と執事って、結婚できるのでしょうか?

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