10 おぼろ荘の新しい住人
「どーも、みなサン。ワタシは、エイミーといいマ~ス♪」
塀によじ登っておぼろ荘をのぞいていた金髪美少女のエイミーさんは、人懐っこい笑顔で自己紹介をすると、塀からひらりと飛び降りました。
そして、まだ雑草が残っているおぼろ荘の庭に軽やかに着地…………しようとしましたが、失敗して尻餅をつきました。彼女は、運動にとても不向きな服装をしていたのです。
「この子、何でシンデレラみたいなドレスを着ているの? コスプレ?」
かぐやお姉ちゃんが、青葉先輩に水を飲ませている(唐辛子入りおにぎりのせいで、先輩は意識がもうろうとしています)最中のわたしに、小声でひそひそとそう言いました。
「う、うひゃぁぁぁ! お、お姫様みたい~! 可愛い~!」
将来はスタイリストになりたくて、可愛らしい服を自分でつくるのも大好きな椿ちゃんが、目をハートマークにして、大興奮しています。
エイミーさんは、たくさんの宝石が美しい輝きを放つティアラを頭にのせ、胸元には真珠のネックレスをつけ、豪華絢爛なピンクのドレスを着ており、まさに現代のシンデレラ! といった服装でした。
「あんた、お城から逃げて来たシンデレラさんかい?」
静子さんが、冗談半分にそう聞くと、
「まー、似たようなものデスネ~」
エイミーさんは、ちょっとうんざりした感じで肩をすくめ、ハァ~とため息をつきました。
「実は、ワタシ、大きな館に閉じこめられてイテ、逃げ出して来たのデス」
「え!? か、監禁されていたんですか!?」
たしかに、最近はいろいろと物騒な世の中ですから、キレイな外国の女の子を誘拐しようとする悪い人がいるかもしれません。
「それで、逃げている最中に、廃墟かと思うほどボロボロな建物を見つけマシテ、何だろーなーとのぞきこんだのデスヨ。ここは、オバケ屋敷デスカ?」
さすがは外国人さん! お世辞ばかりの日本人とはちがい、言うことがド直球です!
静子さんのひたいの青筋がピキピキ! 怒り爆発寸前! ……と思ったら、
「ハハハ。ここはおぼろ荘というアパートだよ」
と、唇のはしをひきつらせながら笑って言いました。
短気でケンカっ早い静子さんも、さすがに外国の女の子相手なので我慢したみたいです。
「ワーオ! ここはアパートなんデスカ!? だったら、ワタシもここに住めマスカ?」
「え? あ、あんた、さっき廃墟みたいとか言っていたのに、ここで住みたいのかい?」
「ハイ! 古くておんぼろで今にも朽ち果てそうなところが、日本文化のわさびっていう感じがシテ、ステキデス!」
ほ、ほめているのかけなしているのか……。
日本文化の「わさび」というのは、「わび・さび」のことを言いたいのでしょうか?
いちおう「わび・さび」について説明しておきますと、簡素で静寂なものに美を見出す日本独特の美意識のことです。
「そうかい! そうかい! おぼろ荘のよさが分かってくれる外国人がいるなんて、この世界もまだまだ捨てたものじゃないねぇ!」
すっかり上機嫌になった静子さんは、エイミーさんの白くて細い手をぎゅっとにぎり、
「さあさあ、みんな! おぼろ荘の新しい住人さんを歓迎しようじゃないか!」
と、わたしたちに言うのでした。
☆ ☆ ☆
「ここが、あたしが寝起きしている管理人部屋だよ。何か用事があったら、遠慮なくおいで。カギはいつでも開けているから。それで、あっちが食堂」
静子さんはルンルン気分でエイミーさんにおぼろ荘を案内していきます。
「オーウ! アパートの中も、暗くてジメジメしていて幽霊が出てきそうで、ステキデス! これぞ日本のわさびデスネ!」
だから、ほめているのかけなしているのか……。
それにしても、ボロボロなおぼろ荘を何とかピカピカにして住人を増やそうというのがおぼろ荘改造計画だったのに、「おんぼろ荘」な状態のこのアパートを気に入るエイミーさんのような人もいるんですね。
これは、ポジティブ・シンキングで「ラッキー!」と思っていいのでしょうか?
「食堂がどんな感じナノカ、見せてク~ダサイ」
「おんぼろ荘」に興味津々なエイミーさんは、軽くスキップをしながら廊下を歩いていきます。すると、
ぎしぃ……ぎししぃ……!
という、例のうめき声のような廊下がきしむ音がして、
「ホワッ!? な、ななな何デスカ!?」
ビックリしたエイミーさんは、ビクリと体を強張らせました。
あっ、まずい……。廊下を歩くたびにさっきみたいな不気味な音がすると分かったら、
「夜中に恐くておぼろ荘の中を歩けマセーン! やっぱり、ここでは住みたくないデス!」
と、エイミーさんが言い出すかもしれません。ど、どうしましょう……。
わたしがそう悩んでいると、ニヤリとほほ笑んだ椿ちゃんが口を開き、とんでもないことを言いました。
「敵が侵入した時に音が鳴る、うぐいす張りというしかけだよ。ここは昔、忍者屋敷だったんだ。現代の警報装置みたいなものね。そして、あれが侵入者を捕まえるための落とし穴!」
エイミーさんは、椿ちゃんが指差した、食堂の入口のわきにある穴(床がぬけて青葉先輩が落ちた穴です)を見ると、
「に、忍者屋敷!? すごい! 忍者って、本当にいたんデスネ! 感激デス!」
みごとにだまされ、大興奮! 「ワタシ、今日からここに住みマス!」と宣言したのです。
「い、いいんですか? そんなウソをついちゃって……」
わたしが椿ちゃんにひそひそと耳打ちして言うと、椿ちゃんはグヘヘと笑い、
「バレなきゃいいんすっよ~。ば・れ・な・きゃ♪」
と、極上の悪人面をして答えるのでした。
く……黒い!
椿ちゃんって、意外と腹ぐろ……げほ、げほ、さ、策士なんですね……。
「それじゃあ、エイミーちゃんは二階の二○三号室でいいかい?」
「ハイ!」
「おとなりは二○二号室の光くん、それからさらに隣は二○一号室のかぐやちゃんと絵里ちゃん。みんないい子たちだから仲良くね」
「りょーかいデス! みなサン、これからよろしくデス!」
エイミーさんはそう言うと、いきなりわたしたちの前でひれ伏し、床に頭をゴツン! とたたきつけました。
「ど、土下座!? エイミーさん、頭を上げてください! そんなことをされたら困ります!」
「アレレ? 土下座は日本人がお願いごとやゴメンナサイする時の礼儀作法じゃないんデスカ? ワタシ、何かまちがえちゃいマシタカ?」
エイミーさんはちょっと不安そうな顔をして、わたしたちを見上げました。
彼女は、日本の文化にとても興味を持っているけれど、まだ知識があやふやのようです。
「土下座なんて、よほどのことがなければしないよ。あたしたちは、今日から同じアパートで暮らす家族なんだから、そんな他人行儀なことはしなくていいんだ」
静子さんが穏やかな声でそう言うと、エイミーさんはきょとんした顔をしました。
「同じアパートで暮らしタラ、何で家族になるんデスカ?」
「それはね……」
静子さんは、江戸時代の庶民たちが長屋という今のアパートみたいなところで生活していた話をエイミーさんにしました。
長屋に住む人たちは店子と呼ばれていたそうです。そして、長屋の大家さんとは、
「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」
という、まるで家族のような間柄であり、みんなで助け合って生きていたのです。
「だから、おぼろ荘に住んだら、みんなはあたしの子。あんたたちは兄弟姉妹なんだよ」
「ワーオ! じゃあ、かぐやはワタシのお姉サン、絵里と椿は妹、ついでに光は弟になるんデスネ? 一緒に暮らしタラ家族ナンテ、スバラシイ! これぞ、日本人の和の心デス!」
エイミーさんは、静子さんの話を聞いてとても感動したようです。まるで小さな子どものように大はしゃぎして、わたしと椿ちゃんに抱きつきました。
☆ ☆ ☆
おぼろ荘に怪しい男が突然現れたのは、そんな時でした。
「ようやく見つけました」
ささやくような低い声。
おどろいたわたしたちが振り返ると、いつからいたのでしょう、黒のスーツを着た、身長百八十センチ以上はある若い男が廊下に立っていたのです。
銀髪と燃えるように赤い瞳を持つ彼は、「や、やべーデス……」とつぶやいて青ざめているエイミーさんに近づき、
「さあ、帰りましょう」
と、言いました。
外国人みたいですが、エイミーさんより流暢な日本語です。
「い、嫌デス! ワタシ、もうあんなところに閉じこめられたくないでゴザル!」
必死に首をふるエイミーさん。なぜか時代劇に出てくるお侍のような口調です。
「わがままを言わないでください」
銀髪の美しい男は、すっと手をのばし、エイミーさんの腕をつかもうとしました。
「ちょっと、あんた! アパートに勝手に上がりこんで、うちの住人をつれていかないでおくれ! さては、エイミーちゃんをさらって監禁していたという犯人だね?」
静子さんが、銀髪の男の前に立ちはだかり、ボクサーみたいにファイティングポーズをとりました。
あっ、静子さん。この間、腰を痛めたばかりなのに、無理しないほうが……。
「おぼろ荘の住人は、あたしが絶対に守る!」
静子さんは威勢よくそう啖呵を切り、右ストレートパンチをくりだしました。しかし、
ゴキッ!!
「ふんぎゃーーー!! こ、腰がぁ~!」
静子さんが腰をおさえて倒れると、わたし、椿ちゃん、かぐやお姉ちゃん、青葉先輩は「し、静子さ~ん!」とほぼ同時にさけび、静子さんにかけよりました(わたしはケガをしているので早歩きでしたが)。
「ひ、ひどいです! あんまりです! お年寄りをいじめるなんて! 残虐非道とはこのことです!」
「よくもあたしのばあちゃんをやってくれたね! 絶対に許さないよ!」
「わたしが今までに書いたどんな小説にも、こんな極悪人は出てこなかったわよ!」
「静子さんの仇だ! オレが相手になってやる! かかってこい!」
わたしたちが興奮して口々にそうののしると、銀髪の男性は、
「わたしは何もやっていないのですが……」
と、困り顔で言いました。そして、救いを求めるような目をしてエイミーさんを見たのです。けれど、腕を組んで仁王立ちをしたエイミーさんは、
「あやまりナサイ。これは命令デス」
と、一言。有無を言わせないといった感じで、さっきまでの無邪気で子どもっぽかったエイミーさんとはまるで別人のような威厳がありました。
「……申しわけ……ありませんでした……」
銀髪の男性は頭を下げ、静子さんに謝罪しました。
凶悪な誘拐犯だと思い、警戒していましたが、何だか礼儀正しそうな人です。
「あなたは、いったい何者ですか?」
少し冷静になったわたしがそう聞くと、彼はおどろくべきことを言ったのです。
「わたしは、フィリア王国の王女様にお仕えする執事でございます」
「王女? だれのことですか?」
「今、あなたがたの目の前にいらっしゃるおかたです」
「え――?」
わたしたちおぼろ荘の住人は、一斉に首をくるりと動かし、エイミーさんを見ました。
「も、もしかして……え、エイミーさんが……」
「ハイ。ワタシ、フィリア王国の王女デ、いちおう次期国王デス」
え……? え……?
「えええぇぇぇぇぇーーーっ!?」
わたしたちの悲鳴は、おぼろ荘どころか、ご近所中にひびきわたるのでした。




